第1章 alienation/restart
第1話 なんでだろう
出会いと別れは対の関係にあると言う。
つまりそれは、出会いがあるだけ、別れも同じように存在するということ。
別れは悲しいものだ。それはどれだけ年をとっても、どれだけの別れを繰り返したとしても、変わることはない。
けど出会いはどうだろうか?
出会ったその瞬間は、この世界にこんな人がいるんだと、一つ情報を得たに過ぎない。共に過ごす時を重ねることで、相手を知り相手を理解するようになる。けど、その過程の中で別れを意識していることは、ほとんどない。
学生なら、卒業という段階があるから、必然と別れを実感する。けど、何カ月も前から、親しい友達と離れると知っていても、そのことを本当に分かってはいない。
もうお別れか。
そんな風に呟くのは、きっと心の何処かでは、まだまだ続くと思ってたからだろう。確実に別れると分かっていても、それを簡単に認めたくないのだと思う。
幼い頃、物心なんてものがまだちゃんとなかった頃なんて、一層出会いの貴重さなんて分からないだろう。
俗に言う幼馴染という存在がいた。その子と遊んでいた時なんて、あまりに小さいからあまり鮮明に覚えていない。
けれど楽しかったのは覚えてる。
一緒に走り回って、一緒に甘いものを食べたり、遊園地や水族館やそういう場所にも一緒に行った。
今となってはどれも些細な出来事の数々だろうけど、そんな出来事がとても楽しかった。
だから別れというのが、子供ながらに寂しかった。
よく泣いたのを覚えている。悲しくて哀しくて、いつも一緒にいたという事実が変わってしまう。その変化が、自分にとって大きなものなんだって、きっと分かってたんだと思う。
「………」
そんなことを思い出したのが、2年生へと上級してクラスが変わったその日。
基本、小さい頃に分かれた幼馴染という存在とは、自分が歩いていく人生の道のりの中で遭遇することは滅多にないと思う。あくまで、滅多にない、だけど。
「アキくん……だよね?」
認識していたのは、この学年になりこのクラスになったその日。
見たことないのに見たことがあるような、そんな不思議な人。どこか懐かしみを感じる人。…かつて一緒にいたあの子にそっくりな人。
「……ミキ、なのか?」
名前を知って、希望的観測は確信に変わる。同一人物、幼馴染、再会…。柄にもなく運命的なものを感じる瞬間だった。
そして今、第2学年が始まった2日後、彼女が声をかけてきた。
「やっぱりアキくんなのね!?そうなのね!?」
「あ、あぁ…そういうお前もミキなんだな?」
「覚えててくれてたの?」
「そりゃ覚えてるよ」
「良かった…。実は忘れられてたらどうしようって思ってたんだ、えへへ」
そんな風に微笑を零して嬉しそうな顔をする。
……あぁ、変わってない。
「というかアキくんも静條だったんだ?」
「あぁ。…ミキ、も静條だったんだな」
久々に呼ぶそのあだ名に不慣れを感じながら、当然のことを聞き返す。
「いつからこっちに戻ってきたんだ?」
「それこそ去年から。お父さんの仕事でこっちに来ることになって、こっちの高校を受験することになってね。まさかアキくんがいるなんて思わなかったけどね」
あの頃よく見たはずなのに、数年ぶりに見たというだけで、こんなにもその優しい笑みが尊いのか。
嫌なほどに痛感する。この数年でミキは変わった。もちろん良い方向にだけど、純粋に良いとは言えない複雑な心の模様が広がっている。
「……本当に、久しぶり…だね」
「………あぁ」
あまりにも予想だにしなかった彼女との再会。前もって知っていればもっとまともに話せていたのか?こういう時、自分の口下手が嫌になる。
しみじみと今を噛み締める。同意の返事を返すのが精一杯というのは、自分でも情け無いと思うけど、変に焦って変なことを口走るよりはマシだと思う。そう思わないと辛いし。
「…これからよろしく、アキくん」
「あぁ…ミ…キ…」
その固有名詞を口にすることが照れ臭くなって、顔を見ることが出来ない。
きっと彼女のことだから真っ直ぐにこっちを見ているのだろう。
恐る恐る顔を上げ彼女に向くと、案の定透き通った目で僕を見ている。
…駄目だ、その目は卑怯だ。
「なぁ、華河」
「…なに?」
僕の隣に座る茅瀬が僕を呼んだ。
「澤城と知り合いなの?というか、久しぶりの再会っぽかったけど」
茅瀬奏。去年はクラスが違ったが中学が一緒だったため、それなりに話すクラスメイト以上友達以下の関係。
変に癖がなくて、誰とでも等距離で接する。言ってしまえばパッとしないということだが、これくらいの距離が逆に楽でもある。
「あぁ。小さい頃…小学校に上がる前くらいだったかなぁ、ミキ…澤城が向こうに越してね」
「別にミキでいいって。今更隠したって意味ないし、もともと隠す意味ないし。…離れ離れだった幼馴染との再会、か。フィクションみたいな話」
フィクション。確かに。いまいち現実味がないという点で言えば、その通りかもしれない。もしかしたら、今夢でも見てるのではないか?と馬鹿らしい想像をしてしまう。馬鹿らしい想像であってほしい。
「久しぶりってわりには、ちゃんと喋ってたな。…いや、向こうがまくし立ててたって言うべきか?」
「そう、だね…。」
明るい。久々でも、なんの隔たりも無かったかのように僕に話しかけてきた。
それは、僕の心を暖かく満たすようで、その実、僕をキツく締め付けていた。自業自得で勝手に怖気ついてるだけなんだけど。
「…なんだ?嬉しくないのか?」
「嬉しいようなそうじゃないような…どっちなんだろうね…?」
「いや、そんな個人でしか把握出来ない事情を俺に質問されても困る」
嬉しい、はず。それはきっとそう。
けど、何もかも喜べるかと言うと、即決出来ない。
それは彼女と出会って分かってしまった。言葉にするのにも悲しくなるけど、自分の勝手な人間的格差が見えてしまった。天秤にかけたところで結果は目に見えていて、そういう虚無感。
彼女が多くの友達に囲まれていて、その中心にいるという事実が、僕の悲観的な憶測をより濃くしていた。
「…幼馴染だっていうなら、自然と話す機会も出来るだろ」
「え?」
「お前今、これからどうしようって顔してたぞ。幼馴染で向こうから声かけてくれたんだから、変に気を張る必要はないんじゃね」
「茅瀬…」
どうやら変に鋭いようだ。僕が分かりやすいだけなのかもしれないけど。
ただ…、
「人間関係を深くしたがらない君がそういうことを言うの?」
「…それは、余計な御世話ってやつだよ」
「ねぇねぇアキくん」
「…どうした?」
昼休みになった途端、ミキ…澤城さんが僕の机の前まで来た。
「ねぇ、ちょっと付き合ってくれないかな?」
「…どこに?」
「今日、購買でパンでも買って食べようと思っているんだけど、一緒に食べない?」
その誘いは突然だ。
「いや僕、弁当持ってきてるし」
「今日は天気もいいし、外で食べよっか?」
「まずは僕の話を聞いてほしい…」
そりゃあ確かに、この季節で晴天の日というのは、心地よい風が吹いて、自然を身に感じながら穏やかにご飯が食べれると思う。
けれど、そこに同伴者として君がいるとなると話が変わってきてしまう。
「ねぇいいでしょ?せっかくまた会えたんだからさ!一緒に食べよう…?」
「………」
…あぁ、本当にズルい。
僕を覗き込んで見上げるようで、そんな眼を向けられてしまったら、とっくに不利な立場にいる僕に逆らえるはずがないじゃないか。
いつもそう。小さい時からそうだ。無意識なのか計算なのか…後者だったら僕は、全身の鳥肌が立って収まらないだろう。見事に策に溺れてる。全く笑えない。
「…分かったよ、じゃあ購買に行こっか」
「うん!」
ほら、その満面の笑顔。ズルいんだってば。
「ごめんアキくん!買う人が多くて…」
「ううん、別にそんな待ってないから大丈夫だよ」
「そう?ありがとうっ」
…何が?
「それにしても気持ちいい日だよね〜!こんな日はやっぱり外で食べる方がいいよね〜」
「…そう、だね」
なんでそんなテンション高いんだろ。そんなに嬉しいことなのか?
「うん?どうかした?」
「あ、いや、どうしてそんなにテンション高いのかなぁって…」
「どうしてって…アキくんと一緒に食べれるからに決まってるじゃん?」
なにその現実味のないセリフ。現実だけど。
よくそんなことをサラッと言えるもんだ。こっちが恥ずかしい。
「…そっか」
「なーにその返事?せっかくの再会で、しかもこんなに明るく振舞ってるというのに、その扱い方はないんじゃないかなぁ?」
「あぁ…えぇっと…ごめん。なんでか、こう…上手いこと喋れなくて」
だって君は、まるで一緒に今昼食を取るこの瞬間までずっといたように、当たり前のように僕らが喋っていたとでも言うように話しかけるんだ。
ただでさえ人見知りの僕だぞ?疎遠の仲にそういった距離を感じろっていう方が難しい。
「うーん……なんで?」
「なんでって、そりゃあ久しぶりに会ったんだよ?君だって言ってたじゃないか。…いくら昔仲良かったからって、すぐさまあの頃のように戻れって言われても、中々出来ないよ」
ある意味、初対面の人と仲良くなるより難しい。
過去を知ってるから。過去を知られてるから。
重ねてしまうんだ。重ねられてしまうんだ。
高校生にもなってあの頃と何も変わらないなんて、不老不死でもあるまいし。現に今だって、変わった君にあたふたしてしまっている。
「…確かに、いきなり馴れ馴れしくなるのも失礼だったかも」
いや別に、そんなことが言いたいんじゃない。悪いのは君じゃなくて、こんな僕だ。
「…でも」
「………え?」
眩しい太陽から目を逸らすように、無機質なテーブルへと項垂れていた僕の頬を、人肌に温かい手が優しく包む。その両手の主は、自分の正面に顔を向かして悪戯っぽく笑う。
「やめないよ?」
「………っと、話聞いてた?」
「うん、聞いてたよ」
「じゃあなんで?」
「だってアキくん、馴れ馴れしくするの嫌って言ってないでしょ?難しいって言っただけで」
「………」
言ってないさ。確かに言ってない。まさか心の中の弁明が間接的に仇になるとは…。
「私はね、取り戻したいの」
「取り戻す…?」
眩しい笑顔から一転、真面目な顔を君はする。
頬から伝わってくる君の温度に、触れた僅かな面積のそこだけ熱くなる。体温の足し算なんてあるはずないけど、実際そこだけ妙に熱い。
「そう、取り戻す。本来アキくんといたはずの時間を。アキくんと一緒にいたかった……その時間をね」
君の瞳の中に僕が見える。
そこに映る僕は、なんとも言えない間抜けな表情でこっちを見ていた。
君は何を言っている?
いや、意味は分かる。分かるけど、よく分からない。
なんで君はそんなに真っ直ぐな目で僕を見るのか。なんでこんな近い距離に君の目があるのか。なんで君はそんなに………。
「小学校三年生の時に私が転校して、それ以来会うことはなくて……けど、ずっと会いたいって思ってた。忘れることなんて出来なかったよ…」
寂しそうに君は言葉を紡ぐ。
僕の知らない彼女の記憶を思い出しているのだろう。
君と別れて、そして再び出会うまでの約七年間。僕の知らない君を思い描いているのだろう。
忘れなかったという言葉に、君のその顔にそぐわない感情が僅かに湧き上がる。全てを思い出そうにも、あまりにそれは古くて、七年という時間の流れは、僕を一層感傷的にするのに十分だった。
「アキくんは?」
その顔のままで聞いてくる。
確認しようと、1つの答えを訴えるよう。何処か不安げで、消えかけの蝋燭の火のようにその様は揺れている。
「…勿論、寂しいとは思ってたよ」
あの頃の僕を作っていた記憶の殆どに、君の姿がいるんだよ?そう簡単に忘れろという方が無理だ。
日常だとか非日常だとかそれ以前の問題で、君がいるというのが僕にとって当たり前で、それが変わるなんて思ってもなくて………けど、それは、
「けど………」
「アキくん…?」
「………いや、なんでもない。僕もこうやって再会出来て良かったよ」
「ほんと?良かった……!」
表に出せなかった本音を、妙に嫌な味のする唾と共に飲み込む。生々しいその不快な感覚が音にも現れて、それが君に聞こえてしまわないかと心配になる。
けれど君は、そんな僕に気づかずに、本当に嬉しそうな顔と声で噛み締めている。
その君の笑顔が、不思議なほどに鋭く突き刺さって、まるで分かっててやっているかのように、僕の中の黒い靄を抉る。
「……ごめん、ちょっとトイレ」
行ってらっしゃいと、送り出す君。
大した言葉じゃないことくらい分かってる。それどころか、彼女が僕にしてくれるその行動が、嫌でも悪くも無いんだってことだって分かってる。
じゃあ、なんでだろう。
「………弱い、な」
鏡の前で、作り笑いをしてみる。
これがさっきのと同じだったのかな?
………今みたいに、引きつったりしていたのかな。
僕、
ファインダー越しの景色は輝いて 響木刹那@大学生 @Setsuna_sona
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