プロローグ 深く知りたくなった

「それじゃあ茅瀬くん、まずは何処へ行きたい?」


部室を出てすぐ、廊下を歩いていると前を歩いていた雨見さんが振り向かずに尋ねる。…歩くの速い。


「何処へって…」

「まぁ二年生である茅瀬くんに校内で知らないところはないか」

「まぁ、そうですね…多分ないです」


割とこの学園は広いから、もしかしたら知らない場所があるかもしれないという不安は、少なからずあったりする。仮にそのような場所があったとしても、今まで知らずとも特に支障なく学園生活を送ってこれているのだから、問題ない程度のものだろうけれど。


「じゃあ、視点を変えてみようか。写真部として知っておくべき場所。そういうところに案内するよ」

「あ、はい。…お願いします」


ありがたい話だ。さっきも言った通り広い学園だから、被写体として適した場所があるならあらかじめ知っておきたい。今までそういう目線で見たことがないのだから、もちろんそういう場所は知らないわけで、加えて綺麗な景色なるものがあるというなら是非とも、だ。


「…茅瀬くんって」

「はい?」


何処ぞのアナウンサーのように、首を何度か傾けてこちらを横目で見る。歩みを止めないまま。


「同学年にも敬語を使う人?」

「え?」


なにが来るかを特別想定していたわけではなかったが、そんな質問されるとは思っていなかった。言われてみればそうだ、という程度の認識しか自分でもしていなかったし。


「…別に全員ってわけではないよ。男子には敬語使ったりしないし。いや、面識ない人にいきなりタメ効くのは、個人的にどうかって思うからしないけど」


そこらへんの区別はちゃんとしなければと思う。親しき中にも礼儀ありという言葉があるぐらいなんだから、親しくない人にももちろん礼儀は持たないといけないだろう。


「敬語…というか別にさん付けするだけで、完全に敬語ではないと思うよ。たまにですます使っちゃうけど。現に今も砕けてるじゃないですか?」

「…今まさにですますになったけど?」

「…たまにだよ、たまに。別に意識してやってるわけじゃないから」


呼び捨てしている女子なんて、種野ぐらいだろうか?あいつとはそれなりに付き合いがあるから気兼ねなく呼べるけど、他の女子はそんなに。そもそも女子とのコミュニティが絶望的にないから、呼び捨て云々以前の話である。


「…呼び捨ての方がいい?」

「別に。どちらでもいいわよ。茅瀬くんがわたしのことを雨見って呼んだら、わたしも茅瀬って呼ばなきゃいけないかもしれないじゃない?」

「それは別に強制しないけど」

「そう?それは良かった」


いったいなにがだ?


「とにかく、好きに呼んでくれていいよ?わたしは茅瀬くんって呼ぶけど」

「…とりあえずさん付けでいいかな」

「そう」


過程は大事だと思うんだ。

というかこの会話の必要性って…?実際この人もどうでもいいみたいだし。


「…まずはここ」

「中庭…?」

「そう中庭」


校舎と校舎の間にあるから中庭と、別段説明する必要もない。中央に噴水がありそれを囲むように花壇や、自然に居座る草木が緑豊かに生えている。


「気にかけている人はあまり多くないかもしれないけど、環境委員がいろいろと手を加えてるから、季節ごとに色鮮やかな花が咲くのよ。写真部として欠かせないスポットね」

「なるほど」


写真を撮る上で、花などの植物を撮ることは外せない道のように思う。…別に大それた目標があるわけでもないから、それ相応に綺麗な一枚が撮れればという程度だけど。


「見るからに、チューリップやタンポポね。…タンポポは自然発生なのかしら」

「タンポポを植えるという発想があまりないけどね」


花に詳しいわけでもないので、タンポポの種とか売っているのか知らない。セイヨウタンポポにニホンタンポポが侵食されつつある現状、種があるなら是非とも植えて行きたい。面倒だからしないだろうけど。


「人はそれなりに多くいるけど、そういう花々よりは純粋に立地を好いてる方が多数かしらね。まぁ、写真部としてはそっちの方が都合いいけど」

「立地、ね…」


ふと窓から中庭の景色を見て、見なきゃよかったとよく思う。何をいちゃいちゃイチャイチャしてるんだ。校内だぞ。自重しろ。と、言う度胸はないので心の中で呟く。


「…じゃあ次行こうか?」

「お願いします」


また歩き出したその後を追いかけた。









「…屋上」

「……で?」


現在地の名称を言われても困る。どう見ても屋上以外の場所ではないだろう。裏庭でも校庭でもないことぐらい分かる。


「景色が綺麗なのよ。沈みかけの夕日とか。ここら辺は古びれてるから、自然の景色とかもいいわよ」

「田舎だから、って言い方で良かったでしょ今のは」


見渡す限り何もない、は言い過ぎだが、少なくとも高層ビルが立ち並ぶような地域ではないので、どちらかと言わずとも平面だ。自然豊かと良く言えば、global warming 的に大切な風景だろう。


「夜はね、星が綺麗なのよ。特に空気が澄んでる冬は」

「へぇ〜いいねそれ。星空鑑賞とか趣味なんだよね、したことないけど」

「それは趣味とは言わないんじゃないかしら」


実経験のあるものじゃないと趣味にしてはいけないなんてルールは少なくとも俺の中にはない。現に星を見るのは好きだ、写真ぐらいでしかないけど。見に行きたいとは思ってるんだからいいだろう?


「まぁ趣味だってならいつか見れるといいわね」

「あぁ。一緒に見よっか」

「………」

「……なに?」


…なんだその目は?如何わしいものを見るような視線を向けるのはやめていただきたい。


「それってデートのお誘い?」

「…い、いやそうじゃなくて。純粋に同じ写真部としていろいろ教えてもらいたいって思っただけで…」

「そんなに否定する必要もないんじゃないかしら?」

「…すみません」


どうすれば良かったって言うんだ…。









「写真部の活動の中には、部活動の活動記録としての撮影も義務付けられてるの。各大会の撮影はもちろん、普段の活動も撮影していかなければならないわ。まぁいつも撮ってろとは言わないけどね。もしかしたら盗撮に間違われてしまうかもしれないし」

「…そこで俺を見る意味については、聞くべきですかね?」


なんでほぼ初対面の人に疑われないといけないんだ?いやむしろ面識ないからか?どっちにしろ、周りの俺のパブリックイメージが気になって仕方がない今日この頃。


「案外いるのよ、そういう目的で入ろうとする輩が。発見次第、速やかに排j…退部してもらってるけど」

「今排除って言いかけたよね?絶対言いかけたよね?高校生活を送る上でまず聞くことの無いだろう排除って言葉を言いかけたよね?」


拗らせてる人ぐらいしか言わないって。虫には駆除だし。


「…だから貴方も気をつけてね」


しかもスルー。


「久しぶりの同級生だから、いなくなるのは心苦しいわ」

「それ、心こもって言ってる?」

「言ってるわよ?えぇ言ってるわよ」


微塵たりとも信じられない。


「…そういえば、俺たちの他に2年ってあいつだけ?」

「堀井くん?…彼はいてもいなくても同じだから」

「…まぁ納得だ」


多分今日なったばかりの俺の方が、既に写真部らしいと思う。


「…実質、2人ってことか」

「そうね。おそらくこの2人で活動することも多くなると思うけど、よろしくね」

「こちらこそ」


割と友好的で良かった。人見知りとしては、喋ってくれないと痛々しい沈黙を広げ続けることになってしまう。


「お〜〜い!!」

「あれは…種野か」


こっちに向かって手を振り、周りを気にもしないで大声を出してくれる。注目されるからやめていただきたい。


「お知り合い?」

「あぁ。中学からの付き合い。俗に言う悪友ってやつかな」

「へぇ…」


…この人って本当ポーカーフェイスだな。あんまり感情が伝わってこない。淡々としてる。接しづらい。


「やぁやぁ茅瀬、早速部活に入ったんだ」

「おぉ、まずはやってみろって言われたしな」


あいつに言われたってのが癪だけど。


「趣味になるといいね。何かに打ち込めるっていいよ?」

「お前を見てると特にそう思うよ」


青春って言葉がよく似合う。普段はあんなにおちゃらけているのに、校庭で走ってる姿は、思わず見入ってしまう。ギャップってやつか。


「けど続くかな〜?あんまり期待しないで期待してるよ」

「感謝すべきか不服を言うべきか悩む言い方だな」


どっちにしろ、あんまりいい未来性はなさそうだ。こいつらしいが。


「ん?そっちの子は?」

「同じ写真部で、唯一と言っていいほどの2年生仲間だ」

「いやそれ意味分からないんだけど?」

「はじめまして。限りなく唯一の写真部2年生組の2-3、雨見結衣です」

「分かってるていで話を進められても困るんだけど…」


日本語としておかしいのは分かってるが、間違ったことは言ってない。


「あたしは種野依緒里。こいつと同じ2-7ね」

「よろしくお願いします」

「うんうん、よろしくね〜」


礼儀正しくお辞儀する雨見さんと、手をヒラヒラさせて軽く返す種野。対極だ。


「それじゃあ、あたしそろそろ練習に戻るね〜」

「あぁ。頑張れ」

「そっちこそ、変な写真撮って問題にならない程度に頑張りなよ?」

「…お前ら全員俺をなんだと思ってる」


揃いも揃って俺を犯罪者予備軍扱いか。


「あはは。じゃあまたね。…雨見さん、不束な悪友ですがよろしくお願いね?」

「誰が不束だ」

「えぇ、任せてください」

「任されないで?」


お前ら実は知り合いだろ?


「茅瀬〜今度はあたしも撮ってよね〜!」

「…気が向いたらな!」


走り去っていく背中に、苛立ちを精一杯込めてそう返す。

あいつは簡単に自分の世界にしてしまう。そういうところは憧れでも、やっぱり苦手だ。まるで自分がつまらない人間のように思えてくる。…実際つまらない人間だけど。


「面白い友達ね」

「友達じゃなくて悪友…ってどうでもいいな。…面白い?」

「えぇ。羨ましいわ」

「あれを羨ましいって言われても、俺としては素直に同意出来ないんだけど。振り回されてばかりだし、案外苦労するよ?」


行動力があると言えば、それっぽく好印象なものだが、それに巻き込んでほしくない機会があるのも事実。むしろそっちの方が多数。

目立ちたくないって言ったって、


「どうせなら目立たないと損だって!」


って。いや、お前の持論で展開されても。


「あら?振り回されてばかりなんていいじゃない。…何にも振り回されないよりは」

「え…?」


最後の彼女の呟き。その時見せた表情というのは、いつもみたいな無表情なんかじゃなくて、どこか悲しげで寂しげだった。


「…さて、特別紹介しておく場所は一通り回ったかしらね。他に行きたい場所とかある?」

「………」

「…茅瀬くん?」

「…あ、いや、大丈夫。今日はありがとうございました」


いかん、ついボーっとしていた。


「これくらい大したことないわよ。何か困ったことがあったら言って。分かる範囲で教えられることは教えるから」

「うん、ありがとう。助かる」

「どういたしまして」


……深くは聞かない方がいいんだと思う。いくら雨見さんが丁寧な人柄だとしても、そこまで聞けるほど親しいわけでもない。


「それじゃあわたしはここで失礼するわ。また明日」

「また明日」


軽く手を振ってその場を立ち去る彼女の後ろ姿を、いろいろと思い返しながら目で追う。

彼女の過去に何があったかなんて、ただの推測だし、そもそも推測したところでそれ以上に興味があるわけでもない。

結局のところ、赤の他人でしかない自分たちが、お互いに干渉するのにも限度がある。


「……雨見結衣、か」


人間の知的好奇心というのは、時に厄介なもので、本人の意思そっちのけで止めようなく溢れてくる。

誰にも興味を持つわけじゃない。むしろ他人だと、そう思って触れないのがいつもの自分だ。

じゃあなんでだろう?あの顔を見た瞬間に、彼女のことが深く知りたくなった。


「………」


恋…ではないだろう。そもそも、人を好きになるということが今一分からない。だから単純に知りたい。あんな風に見せられたら誰だって気になる。あいにくと難聴じゃないから。


「……また…明日」


不覚にも、その哀愁漂うその表情に魅入られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る