ファインダー越しの景色は輝いて

響木刹那@大学生

プロローグ 入部希望しに来たんですけど

正直、生きる意味なんて無いと思う。

別に、なんのために生きているのか?だとか、生きる上で何をしなければいけないか?だとか、そういう哲学的なことを言うつもりはない。

ただ文字通りの意味。特別死にたいというわけでもないが、かと言って特別生きたいと思ってるわけでもない。

何度も言うが、死にたいとか言うわけではない。ただ生きる意味を見出せないだけ。

ただなんとなく毎日を生きて、終わりが来ることも忘れて明日があることを疑いもせず、変わり映えのない日常というものを、引かれたレールの上をおとなしく歩いていくかのように謳歌する。

ただそんな毎日を過ごしていれば、自分がこの世に生を授かっていることに疑問を持っても仕方のないことだと思う。

実際には、こんなくだらないことに思考を割くのは少数派だろうし、自分自身もっと有効な時間の使い方があるであろうと自覚している。

人に関わらず、全生命は生きること自体に本来意味はないのだろうと考える。動物は元々生き抜くために日々を生きる。自殺なんてそもそも頭の隅にも現れない、まさに未知なのだろう。

ならばきっとそれは人間にも言えることで、生きる意味なんて無くて仕方がない。むしろそういうものなのだ。

強いて理由を上げるならば、「この世に生きてるから生きる」。義務であるとも言えるのかもしれない。












高校二年の春。

もしそれが誕生日だったり、クリスマスによるサンタクロースの贈り物と言うのであれば理解できる。せめて入学時の入学祝い。何かを貰えるとしたらそのくらいの時期だろう。

だが、自分の誕生日は桜の花びらが風で舞うような季節にはないし、もちろんクリスマスに入学するなどという話でもない。高校二年に進学する時は、わざわざ祝われるほどのものでもないと思う。


「おい奏」

「…なに?」

「これ」


だいぶ雑に突き出されたそれは、デジタルカメラの他何物でもなかった。しかも一眼レフ。父が愛用していた代物だ。


「…なにこれ」

「見れば分かるだろ?デジイチ」

「いや、デジイチは知ってるって。見れば分かる」

「じゃあなんだ?不満か?」

「不満どうこうの以前の話でしょ?なんで父さんが使ってたデジイチを、今俺は差し出されてるのさ」

「やる」

「やる?」


なにを?いや、カメラを自分にくれると言いたいのだろう。…なぜ?


「いやぁ新機種が出るからよ、そっちに変えようと思って。じゃあそいつはどうするかって考えた時、お前に入学祝いなんてもの渡してなかったなって思い出してさ」

「今更でしょそれ。というかいいように使われてるように感じるんだけど?」


どうせ母を説得する手段の一つに自分の名前でも出したのだろう。息子にやるから新しいものを買いたい、などと。都合いいったらありゃしない。


「それで?いるのかいらないのか?」

「貰えるものは貰うけど…いいの?」

「じゃないと俺が新品手に入れられないじゃないか」

「自分の欲求に素直だな。そこは父親らしく息子への愛情でも見せてみなよ」

「お前のためを思って…!」

「そこまで白々しいと逆に冷めるからやめてくれ」











静條学園。

自分が通う高校だ。あいにく、この学園の規模など知ったことではないので、マンモス校だとか維持に嘆いてるかどうかなど知らない。

ただ、結構人気はあると聞いている。自由な校風、あまりにも抽象的かつ在り来たりな物言いだが、それほど縛られているといった印象はない。まぁ、注意されるべき点ではもちろん、大人たちからのお叱りが飛んでくるが。

私立という理由もあるのだろう。勝手な推測だが、公立より私立の方が割と自由なイメージがある。公立なんかでは、食堂でのお昼時イベントなんてそもそも食堂が無い時点で発生しようが無いし、文化祭も割とルールが細かいし、屋上が使えないとも良く聞く。そういった点では、この学校の規則というのは2次元チックのようだ。...2次元か。


自転車を走らせて春風を割きながら学校への道を行く。入学式並びに始業式を行い数日経った、デジイチを貰ったのはそんなある日のことだった。

学年が変わり高校2年、なんかいろいろと宙ぶらりんな時期ではあるが、それなりに真面目な毎日を送ってきた自分にとって、それほどこれから自分の身に襲いくるだろう大人たちの進路に関するあれやこれやに関しての不安はない。人見知りが上手く新たなコミュニティを築けるのかという不安しかない。


「奏~」


そんな長閑な時間をつん裂くような聞き馴染みのある声が、不遇にも聞こえてしまった。


「…なんだ荒井、なんでここにいる?」

「学校に行くためという理由の他ないってことは、何よりもお前が分かってるはずだろ」

「分かってる上で聞くけど、なんでここにいる?」

「なんで分かってる上で聞く!?」


お前と会ったことを「良かった出来事」の枠に入れられないからに決まっているだろ。

…まぁ、それを口にしないくらいの思いやりはあるけど。


「今日から授業だな~」

「そうだな」

「なんかヤだよなぁ~」

「その発言は漠然とし過ぎだろう」


なんか嫌って素直に同意出来ないだろうが。分からないわけでもないけど。


「だってよ?クラス分けがあって、担任が発表されて、まぁその担任が中川ってのは置いとくとして」

「うんまぁ置いておきたいな」


中川という教師はあまり生徒に好かれていない。なんというか変人だ。上手く言い表せないけど変人だ。変人だからあまりこれ以降触れる気もない。


「中川、最初になんて言ったか覚えてる?」

「…お前らはもう受験生だ。高校三年生第零学期だ、だったか」

「そう!第零学期長すぎだろ!」

「そこじゃないな、ツッコミ所は」

「だってそうだろ?なんで1学期が一年あるんだよ?」

「そこに突っ込むお前が『なんで』だよ?」


荒井涼介。中学からの付き合いの悪友である。正直、さっきの担任のことを変人と言ってたが、それお前が言うか?と思ってしまうような、時々ズレている。


「まぁともかく、また一緒のクラスになったわけだし、よろしく頼むぜ?」

「よろしく頼まれても困る。…お前も文系だったんだな」

「何度か話したはずなんだけど?」

「忘れてたな、あまり興味がなくて」

「…さっきからちょいちょい言ってること酷くない?」


今更か。












「おっはよぉー」

「はよ」

「おぉ〜っす、種野」


クラスに入って声をかけてきたのも中学からの腐れ縁。よくもまあそんなに元気でいられるもんだ。


「ねぇねぇ茅瀬、そのカメラなに?」

「カメラ?あ、本当だ。そのカメラなんだよ?」

「お前一緒に来たってのに気づいていなかったのかよ」


首にかけてたのに?…そんな質問こいつには無駄か。


「それでそのカメラどうしたの?」

「親から貰った。新しいの買うから譲るって」

「そんなことで貰えるもの?そのタイプのカメラって高いんじゃないの?」

「まぁ高いだろうな。別に知ったことじゃないけど」


理由が理由でも、せっかく貰ったものなんだから、変に値段に萎縮してしまうとそれはそれで失礼かなと思ってしまう。都合いい解釈だろうけど。


「羨ましいなぁ〜」

「なんだ種野?お前もデジイチ欲しいのか?」

「いや?高そうなものだからいいなぁって」

「値段でものを判断するとはいやらしいたらこの上ないな」


こういう点ではしっかりしている(?)女子生徒が種野依緒里、「たねの」じゃなくて「たねや」の方の中学からの悪友その2だ。

俺からしてみればかなり貴重な女友達という立ち位置なわけだが、大して親友関係とやらには無頓着な自分であるので、なんか周りの男子から恨み込もった視線を向けられたって、なんかよく分からない怨念を綴った呪文を唱えられたって困る。

贔屓目に見ても種野が美少女と呼ばれる、いかにも2次元美少女な美少女であることは俺だって分かってるが、ただの腐れ縁である俺に一点集中した精神的な攻撃をしてくるのは理不尽だと思うんだ、うん。俺の不安の原因はそういうことだ。

別に自分から波風立てて刺激的な日常を欲してるわけでもない。別に波風なんか立ててるつもりはないというか実際立ててないのだけど。別にたくさん友達が欲しいわけじゃないけど、できるだけ穏便な日常がいいんだ俺は。

陸上部のエースなんてポジションすらまるでフィクションみたいだ。中学の時点で既に県大会なんかに出ちゃう運動に関してはエリートなやつ。既に周りからの期待は大きいようで、いつも周りに人がたくさんいる人気者なやつ。けどそんなプレッシャーを気にしない強さ(というか鈍感)を持っているようなやつ。

なんで俺といるのだろう?とよく思ったりするが、それを聞くのは俺の中にほんの少し残ってるプライドの欠片が断固として認めないので、おそらくこの先聞くことはないだろう。第一、己は行かずとも来るものは拒まずのスタンスでいるので、わざわざ拒否反応につながりかねないことはしない。拗れるのは本当に面倒だからな。


「それ、新しい趣味にするの?」

「新しいもなにもこれといった趣味を持った覚えはないんだが?」

「あぁ〜そういえばそうかもねぇ。あんたが何かに熱中してるのって見たことないわ」

「お前の発言の全てに適当という文字が付きまとうのはどうにかならないのか?…まぁ確かに。熱中したものなんて思い浮かばないな。何やったって途中で面倒になっちまう」

「飽き性?」

「だろうな。熱し切る前に冷め切ってしまうんだよ」

「元も子もないしどうしようもないね」


何にだって興味が薄いのは自覚している。何かに手を出すと、「今この時間はもっと有意義な他のことに使えるんじゃないか?」と常に考えてしまう。我ながら勿体無い性格をしてるなぁとは思うが、自分の意識でどうにかなるものではないと16年間生きてきて理解したのでどうしようもない。別段それほど困ってもないし。


「やっぱり趣味を持つのはいいぜ?」

「…荒井、いたのか?」

「お前がそうやって意識して俺を無下に扱うせいで、俺の読者への第一印象が影薄い人になっちまうだろ!?」

「そういうメタな発言するからそういう扱いになるんだろ。それとそういうメタな発言ばかりするとアンチ酷くなるからやめろよ」

「…ともかく2人とも?よくわからないけど、それ以上はやめな?」

「…だな」

「…まるで正論だ」


うんうん、これ以上はやめよう。俺らというか俺らの親作者の心が不安定になる。


「…ともかく、趣味は持たないと勿体無いぜ?」

「何それダジャレ?」

「は?『もたない』と『もったいない』はちゃんと掛かってないだろ?」

「そこはダジャレということを否定するか流すかしろよ。絶対ツッコミどころはそこじゃねぇからこっちがリアクションに困るから」

「勝手に困るなよ、自業自得だぞ?」

「え?これを自業自得って言っちゃう?主にお前の決定的感覚のズレで俺が火傷したみたいになったのにこれを自業自得って言っちゃう?」


いや確かに自業自得か?こいつに追求するから駄目なんだ。俺が受け流さないといけなかったんだ。


「おはよう」

「あ、水無瀬。おっはよー」

「朝から爽やかなやつだなお前は」

「全くだ。全身から爽やかオーラが滲み出てる」

「朝一番の挨拶がそれかってことはいいとして、爽やかオーラなんて出てないから。プラーナなんて出てないから」

「誰も生命エネルギーのことなんて言った覚えないぞ?」


水無瀬 迅みなせ しゅん。『じん』じゃなくて『しゅん』。よく間違われることを気にしているようだ。


「やっぱり『じん』の方がカッコいいよね…」


…気にするベクトルは違うが。


「なに奏?カメラ始めたの?」

「朝から面白味のない問いばかりだな。いい加減聞き飽きた」

「そんなことオレに言われても困るんだけど…」


完全なやつあたりだな。


こんな馬鹿なこと言っても丁寧に返してくれるのは(どこかの誰かと違って)、さすが爽やか系イケメン。

サッカー部所属のキーパーソンらしい。詳しく知らないが。というか何故こんなにも自分の周りには、なんかそういう俗に言う人気のある面子ばかり集まるんだ?もっといい場所があるだろうに。…こんな愚痴言い始めるとキリがないので今日はこの辺りで。

ともかくそんな経歴の上、クラス委員やみんなが受けつけたがらないような仕事まで、爽やかに引き受ける。それは当然人気も出るだろう。まさかこの世界3次元で、リアルに女子たちがワーキャーワーキャー言ってるのを初めて見た。本当にこいつは…以下略。


「始めたというよりは、始めようかどうか悩んでるところ。折角譲ってくれたし、始めるべきとも思うけどな」

「じゃあ始めればいいじゃん?思い立ったが吉日ってよく言うじゃないか」

「まぁ、そうだな。けど今までの俺の軌跡からして、没頭出来るかどうかは微妙だな」

「諦めたらそこで試合終了ですよ?」

「…別にバスケはしないよ?」


ただこいつは、なんとなく察しがついてると思うが、


「ともかくカメラを手に入れたことをいいことに、いろいろイロイロな写真撮って、何故かそこから恋が生まれるなんてことならないようにね?」

「何その恋愛シミュレーション的物語の展開」


…オタクである。


「けど君がどれだけ健全だとしても、男である以上そういうのに興味があるでしょ?君がいつ道を踏み外すか分からないじゃないか」

「お前の俺を見る目が少なくとも好意的な評価が過半数じゃないことはよく分かった」

「大丈夫だよ。万が一そっちへ行ってしまったとしても、大抵は許されるし。むしろ好展開に…」

「それさっき言ったばかりだし許されるのはフィクションだけだしそもそも道を踏み外すことを前提に話を進めるな?」


しかも面倒なタイプのオタクだ。

俺もそういうのにある程度理解はあるが、こいつの話にはついていけないってことがたくさんある。

こいつの存在自体がご都合主義なんだ。別にオタクであることを隠してるわけでもないのに、女子から人気がある。男子からも慕われている。まるでオタクであるのに、その状況というのはオタクから一番かけ離れてる。…オタクに失礼な物言いだなこれ。


「…あ」

「なんだよ…?」


今まで空気……静かにしていた荒井が突然声を出す。

荒井は比較的俺側の人間なので、なんか妙に安心できる。本人はそんなことミリたりとも思ってないだろうけど。


「そういえばさ、それ持ってていいの?」

「…どういうこと?」


前触れもなく俺のデジイチを指差し、なんか変に不安げなことを言いやがる。


「カメラって普通写真部だけなんじゃねぇの?帰宅部のお前が勝手に持ち込んで、勝手に学園内ブラついて、勝手に写真撮り始めたりしたら、怒られるんじゃね?」

「……あ」


…こいつはこんななりして、案外まともなことを言ってくるから困る。もう少し空気を読んで指摘してくれると、今みたいに俺たちが沈黙に染まることなんてなかっただろうに。


「…なぁ、荒井」

「ん?」


まぁ言いたいことがたくさんあるのは今に限ったことじゃないし、そもそもそれを言及したところで……って、さっきから同じことばかり愚痴ってるような気がする。

ともかく、一先ず俺が言いたいことを、簡潔かつ要点を押さえて一言にしよう。


「いっぺん○ね」

「なんで!?」











生徒手帳によると、カメラの所持は写真部のみ認められる、のようなニュアンスが書かれていた。


「マジか…」


そんな言葉も飽きるほど呟いたが、それで何か俺の中で覚悟が決まることなどなく。というか別に、わざわざそんなに意気込んで大きな覚悟など必要ない話ではあるんだけど。

どうでもいい情報として、自分は帰宅部だ。なんらかの部活に属することはなく、フリーダムな毎日を送っている。別にやりたいことがあって部活に参加しないのじゃない。やりたいことがないからこそ、部活に参加しないのだ。やりきれないから。

趣味がないという話はしたが、趣味がなくていいとは思ってない。けど同時に自分が趣味を持てることを諦めてもいる。

昔から飽きやすいのだ、さっきも言ったが。

今という状況が続くことが何よりも嫌だ。常に新しいものを求めてしまう。今始めたばかりだとしても、ものの数分で次の刺激を欲しがる。結局そうやって何も進まないまま堕落した毎日を過ごすことが日課になっている。こんな自分に嫌気がさしているのも日課である。

集中力なのかどうかも分からないが、少なくともやるべきこととやりたいことの区別が、しっかりと自分の中で区別がついてるとは言えない。

そんな自分だからこそ、この境遇に少しばかり期待を持ってしまったりするのだ。


「入れば?」

「割と真剣に悩んでるのにその答えがそんなに軽いのはどうなんだ?」


こんな時、荒井にしか聞けない自分の友好関係の狭さが露呈されてしまうのが恥ずべきことだが、仕方ないことだ。種野も水無瀬も俗に言うリア充っていう部類に含まれる人種なのだから、こうやって放課後にくだらない会話ができる相手というのは、残念ながら荒井こいつしかいないのだ、残念ながら。


「だってそんなの俺知らないもん」

「身も蓋もないという言葉をここまで実感するのは初めてだ」

「第一お前の気持ちなんて俺が分かるわけないだろ?」

「身も蓋もないと以下略。というかその発言、全てのお悩み相談の意味を否定してるんだけど」

「だって事実じゃん」

「言っていい事実とそうじゃないのがあるってお馴染みの文句を、こんなことで使いたくなかったよ個人的に」


相談相手を間違えたと話を持ちかけて数秒で痛感する。

確かにこいつの言ってることは真理に近いものなのだろうが、それを認めてしまったら本当に孤独になってしまう。主にこいつが。


「じゃあ真面目に考えるわ」

「最初からそうしてくれない?」

「………入れば?」

「うん、何も変わってないなそれ」


真面目に考えるという行動が、特に意識してない時と変わらないとか、精神的振り幅が小さすぎるだろ。


「じゃあお前はどうしたいんだよ?というか何か尋ねる前に、まずは自分の意見を述べるべきだろ!」

「えぇ…まさかこのタイミングで逆ギレとして正論を振りかざされるとは思わなかった…」

「で、お前はどうしたいの?」

「…どうせならやってみたいと思ってる」

「じゃあ入れば?おし、解決」

「おいちょっと待て。お前実は面倒だったんだろそうなんだろ」

「面倒だろそりゃ」

「躊躇いなく白状しやがった…」


ここまで来ると、気持ちいいくらいにスッキリしているな。そういうサバサバした性格は時に助かる。…まだそんな状況に立ち会ったことはないけど。


「だって俺からすればくだらないことだもん、その悩み。写真部に入りたければ入ればいいじゃん?それで駄目だったら、やめればいいじゃん?なにもしないうちにごちゃごちゃ言ってるとか、それが一番くだらないって」

「………荒井」

「ん?」

「気持ち悪い」

「せっかく真剣に考えたのにその返答がその一言!?」


だってそんな性格じゃないじゃん。まともなこと言ってる荒井を俺は初めて見たよ。まともな荒井を俺は初めて見たよ。


「けどまぁ、確かにな。お前の言ってることは正しいよ、悔しいけど」

「…敢えて何故とは聞かない」

「そうだな…」


別に運命論なんか信じてはいないけど、これもなにかの巡り合わせだろうか?というかこんなに重厚感のある黒い塊があると、それを持て余すのは勿体無いような気がしてならない。父が新しいデジイチを購入することを認めてもらえないかもしれないし。…だったらだったでいいけど。

ともかく、本人の物欲を満たすための

こじつけに手放されたこのカメラを、ここで俺まで見放したらさすがに可哀想になる。…昨晩の出会いだけど。

というわけで、この首にぶら下げてるこいつに淡い期待なんかを寄せてみたりして、本当に些細な決意をしてみる。


「それじゃあ写真部に行ってみる」

「おぉ。じゃあ俺は帰るわ」

「あ、帰る?」

「帰るよ?」


…本当にこいつはハッキリしすぎている。











写真部とはそもそもなにをやる部活なのか?部活動紹介では、学年行事の記録はもちろん、いろいろな部活の普段の光景や大会での勇姿を全校生徒に伝えることを主な活動とする、と。なんとも由緒ある部活のようだ。予想していた感じとは一致してるみたいで、変に警戒する必要は無さそうだ。無いと信じたい。


「失礼しまーす」


3回ノックというマナーを守り、応答を待つ。実際は4回らしいが、日本の文化的に3回でもいいだろう、となにかに書いてあった。


「…すみません?」


ところが誰も出てこない。声すら聞こえない。…いないのか?

確かに写真部という部活が、大人しく部室に篭って作業をするようには思えない。どこか外に出て撮影でもしてるのだろうか。


「…鍵は開いてるんだよなぁ」


しかし、そうだとしたら防犯の意識がしっかりしていないように思う。さすがに鍵はかけないと駄目だろ。


「失礼しますね…」


いけないこととは分かっているが、ここで立ち往生していると、せっかく固まった俺の小っぽけな決意が揺らぎかねないので、中に入らせてもらうとする。中に入ったってどうしようもないのだけれど。

ドアノブを回し、何故か静かに部室にお邪魔する。余計怪しいなこれじゃ。


「おぉ…」


中に入って第一の感想は、いかにも写真部といった印象。中央に4つほどの長机が寄せてあり、その上にはカメラの専門雑誌や漫画雑誌。某少年向け週刊誌だ。

ホワイトボードには、今後の予定だろうか?詳細がいろいろと書いてある。そして一番目を惹くのは、写真の数々。ホワイトボードだけでなく壁一面に様々な写真が貼られている。満開の花、境界線に沈む夕日、部活に勤しむ生徒たち、人影のない校舎。上手い下手は俺なんかには分からないけど、どれも見入ってしまう。陳腐な言い方をすると、どれも綺麗だ。


「…すげぇなぁ」

「なにが?」

「うをっ!?」


途端耳元で、俺の独り言に返答する声が聞こえた。慌ててそっちへ振り向くと、そこには1人の男子生徒が俺の真後ろにいた。手にはコミックを持ち眠そうな目をしている。むしろ目を開きかけているレベルだ。もしかしてこいつ、ここで寝てたのか?


「あんた写真部じゃあねぇよな?写真部であんたみたいな顔を見た覚え無いし。いや?俺が忘れてるだけか?もしかしてあんた写真部?」

「大丈夫、写真部じゃないから」

「だよな。んじゃあ、どうやって中に入ったよ?」

「どうやってもなにも、普通に鍵空いてたんだけど」

「あれ?鍵かけたはずだよな…いや?かけてなかったのか?」

「その詳細知らないよ俺?」


遭って数分でこいつのことが凄い心配になる。単に寝ぼけてるだけか?ならなにも困らない。既に面喰らってるけど。


「あぁ…で、なにかよう?写真部部室にあんた今いるわけだけど、迷ってきたわけじゃないだろ?いや?もしかして迷った?」

「迷ってないから安心してくれ」

「ならいいや。…用件は?」

「写真部に入部希望しに来たんですけど…」

「へぇ入部希望者ねぇ…」


物珍しい目で俺を見てくる。確かに新1年生が仮入部を申請するならば、特別変なことはない。だが自分は2年生だ。どちらと言えば、マイノリティな客だろう。


「とりあえず中に入れよ」

「もう入ってるよ」

「部長とかが帰ってくるまで待ってくれない?俺が勝手に決めていいわけじゃないし」

「…なら、お言葉に甘えて」


近くの椅子に腰掛けてその部長とやらを待たせてもらうとする。

…というか誰?


「…名前は?」

「ある」

「…普通名前の有る無しを聞かないでしょ?名無しとかどんな複雑な環境下に置かれてるんだよ」

「あぁ、そういうことか。2-4、堀井一弘ほりい かずひろ。そういうあんたは?名前ある?」

「その質問に無いって答える人に会ってみたいわ。…2-7の茅瀬奏」

「あ、そう」

「………」

「………」


黙って漫画読み始めちゃったよ。こっちのこと無視決め込んじゃったよ。確かに初対面で会話を弾ませろという方が至難ではあるけど、ここまであからさまに無い者扱いされるとは思わなかったよ。


「そういえばさ?」

「ん?」


ふと思った素朴な疑問をぶつけてみる。


「どうしてここにいるの?」

「…それは、『何故生きているのか?』ということか?それとも『何故人間なのか?』とか『何故写真部であるのか?』ということ…」

「ごめんそんな深い意味を込めたつもりはなかったんだ」


初対面にいきなり哲学語らせる人見知りって、あまりに稀有な人種だろ。


「他の写真部の皆さんは撮影しに行ってるんだろ?じゃあ何故堀井はここにいるの?」

「…漫画読むため?」

「その発言は写真部として正当性が皆無なんだけど?それを本気で言ってるなら、なんで写真部に入ったんだよ?」

「…漫画読めるから?」

「俺が言うのもなんだけど、写真部をなんだと思ってるんだよ」


それはどちらかと言うと、漫画研究会とかの類の活動じゃないの?少なくとも写真部の活動目的に漫画鑑賞は不相応だ。


「もしかしてカメラも持ってない?」

「さすがにそれは写真部としてどうかと思うぞ?」


それをお前の口から聞くとは思わなかったけど、それなら良かった。


「ほら」

「……これは?」

「俺のカメラ」


彼の手の中から机の上に差し出されたのは、馴染みのある姿。カメラに興味のある者、いや無い人も一度は見たことがあるだろう有名なフォルム。誰でも簡単に使うことが出来て、誰でも簡単に手に入れることが出来る……。


「…使い捨てカメラ?」

「使い捨てカメラ」

「…なぜ?」

「だって安いじゃん」

「いや安いけど、何枚も撮ってたら結果デジタル買った方が安いじゃん」

「大丈夫、全然撮らないから」

「その大丈夫は写真部としてなにも大丈夫じゃない…」


写真部は使い捨て駄目なんてルールが存在することもないだろうけど、使い捨てを使う方が珍しいと思う。

彼がここにいる理由がますます分からなくなってる。本当に部活やる気は無いみたいだが、部活に入ってるという実績だけ残すつもりか?


「そういう茅瀬は持ってるのか?」

「あぁ昨日手に入れた」

「なるほど、そういうわけね」


いかにもな理由だと自覚しているけど、なんかそういう微妙な目をされると少々不愉快だ。別にいいだろ、いかにもな理由で入部を希望したって。むしろこんな時期に入部する理由ってそれくらいしかないでしょ。


「俺よりいいカメラ持ってるんなら問題なんてないだろ。もうすぐみんな帰ってくるだろうから、もうちょっと待っててくれよ」

「あぁ、ありがたく待たせてもらう」


そう言って席にてくつろごうとした時だった。謎の大声が俺の耳を襲ったのは。


「起きたまえ!!」

「っ!?」

「…ほら、来た」


勢いよくドアを開けて中に入ってきた男が1名。眼鏡かけて『いかにも』な部長的人だった。


「…部長、毎度毎度静かに入ってきてくれませんかね?」

「それは君が起きないからだろう。……起きてる!?」

「それ今更」


両手を広げて、半身を後ろに引いて、『いかにも』な驚きの表現の仕方。オーバーリアクションすぎる。


「珍しいな!堀井君が起きているなんて」

「お客さんが来たんでね、仕方なく」

「本人の前で仕方なくとか言うなよ」

「客……本当だ!?」

「…この人いちいちこんなリアクションするの?」

「見りゃ分かるだろ?」


あんまり分かりたくなかったから聞いたのだが、どうやらこの気怠さを否定してくれることはないようだ。


「これはこれは失礼した!私は井ノ上雄一いのうえゆういちだ!君の名前は?」

「…茅瀬奏、2年です」

「そうか茅瀬君か!そうかそうか!それで何用かね?」

「…入部させていただきたいと思いまして」

「本当か!」

「……本当です」


耳が痛い、五月蝿いんだよこの人。ボリューム調整を完全に間違えてる。正直迷いかけてる、この空間に耐えられるかという心配で。


「そうかそうか!歓迎するぞ茅瀬君!ようこそ写真部へ!」

「……はい」


あっさりと入れたことはいいとして、なんでこう面倒なキャラが部長なんだ…。決して口にはしないけど。癖のある人ばかりだ、俺の周りは。


「……部長」

「ん?どうしたんだい、雨見くん?そんなところで立ち尽くして?」

「それは部長が部室の入り口で、話を進めるからですよ」

「おぉこれは失礼した!すっかり忘れていた、すまないすまない」

「…それも部長の無駄な声の大きさと無駄な動きの大きさによる無駄な存在感の大きさによる被害だと思います」

「…無駄が大きいのは気のせいかな?」

「気のせいでしょう」


井ノ上部長の後ろから現れた1人の女子生徒は、明らかに罵倒を部長にぶつけてる。それを意図的(いや気づいてないだけだろうけど)にスルーしている部長は、ある意味尊敬する。なりたいと思わないけど、決して。


「わたしは、雨見結衣あまみゆいです。よろしく、茅瀬くん」

「あ、あぁ…よろしく…」


そんな部長を冷遇しているかのような目を一旦止めて、こちらに振り向き深いお辞儀と共に自己紹介を済ます。その変わり身の速さに、なんかよくわからない恐ろしさを感じる。


「そうだ!雨見君、茅瀬君の指導係をよろしくお願いする」

「…写真部において、指導係の必要性が一切わからないのですが?」

「茅瀬君はカメラ初心者だろう?雨見君とカメラのメーカーも同じみたいだし、教えやすいと思うぞ?」

「…了解しました」


気持ちは分かる。こういう人に正しいこと言われると妙に嫌なんだ。俺の近くにもそんな奴がいるし。


「それでは茅瀬くん、校内を歩きながら説明させてもらうので、行きましょうか?」

「あぁ……」


ここでいいんじゃないのか?と思ったがなんとなく止めておいた。そう、なんとなく…だ。


ともかく、無事に写真部に入部することは出来たようだ。これからの学園生活に、ちょっとした期待(とそれを上回る不安)を抱いて、彼女の後ろ姿を追うように、新しい居場所を後にした。


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