原夜市

 

ある瞬間、ベットで目が覚めた。 


 体を起き上げると、体中に刺すような痛みを感じる。肩まで掛けていた布団を外すと、そこには大量の蟻がウジャウジャと固まっていた。


 私の体中を這い回り、私の耳や鼻の穴にも入って来そうである。アリの大きさは数ミリ程で、小さな牙で私の肉を取ろうとしていた。


 急いでベットから離れ、自分の机の上にスプレー缶を持った。それを体中に吹きかけると、たちまち蟻はコロコロと落ちていく。庭へと続く引き窓をみると、少しばかりの隙間から、蟻達がゾロゾロ入ってくる。蟻はさっきよりも大きい。


 私はすぐに窓を閉じて、スプレーを部屋全体にばら撒いた。蟻はスプレーの圧力で潰れていく。そうでない蟻も、藻掻くようにして動かなくなった。


 けれど、部屋の扉は少しばかり開いて、廊下から蟻が入って来ている。さっきよりも一回り大きかった。


 私は直ぐにスプレーをかけた。蟻の体はひっくり返って、足先がピクピクと動いている。もう一度スプレーをすると、蟻は動かなくなった。 


 廊下に出ると、すぐ向こうの階段の隅に、グチャグチャと蟻がひしめいている。蟻はさっきよりも大きい。私はそこにスプレーをかけ続けた。蟻達がボテボテと落ちていく。またある蟻は壁にへばりついて、真っ黒な液を垂らしている。散乱した黒い塊には汁が漏れ出ていた。数十秒間かけ続けると、固まりにいた蟻は動かなくなった。


 すると、カサカサと音が鳴る。階段に面する窓から蟻達が入って来ていたのだ。さらに大きな蟻だった。不快な音を立てて、中に入ってくる。


 すぐに閉めようと、階段に乗り出すと、下の黒い塊を踏んでしまった。ベチョっとした感覚。足裏にこびり付いてくる。


 構わず私は駆け上がり、引き戸閉めた。次の蟻は入ってこれない様子で、窓の外側にへばりついている。ガチャガチャと窓にぶつかって来ている。手を覆うほどの大きな体をした蟻だ。それが何十匹も窓の外から入ろうとしていた。


 体を振り向けると、入ってきた蟻達は階段の手すりに止まっていた。私は勢い良くスプレーをかけ続ける。蟻は体をひっくり返って、床に倒れると、毛の生えた六本足をジタバタと振り回した。またスプレーをかけた時には、もう動かなくなった。


 しかし、一匹だけ痙攣しながらも生きている。その蟻は突然しゃべり始めた。「すみませ...お願いです、どうか...どうか...」そう必死に訴えていた。私は何度もスプレーをかけた。けれども、うめき声をあげながら、丸まった黒い目をこちらに向けて来ていた。


 私はその時、階段の上に木の板があることを思い出した。彼を潰すには丁度いい大きさだ。二階に上ると、横の壁に立てかけられている。スプレー缶を置いて、木の板を持った。


 階段を下ると、彼は階段の床でうずくまっている。エンエンと咽び泣いて、苦しそうにしていた。板をその蟻に向かって振り下ろすと、蟻は黒い液体を滲ませながら階段全体にドロドロと広がっていく。床中は真っ黒に汚れていた。何か拭くような物が欲しい。確か、ティッシュはベットのある部屋にあった。


 私は階段を降りて、部屋へ戻った。すると、引き戸越しから蟻達が何かを喋っている。蟻は更に大きかった。蟻達は、触角で小さなプラカードを器用に持ち上げ、『差別主義者』と殴り書きされた文字を揺らしている。彼らの顔は怒っているように見える。






私は馬鹿馬鹿しさのあまり、大笑いした。


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原夜市 @Ak49

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