ハナミズキの降る庭で[1分で読める創作小説]
深山心春
第1話
「とにかく疲れてしまったんです」
縁側の縁に座ってその人はぽつりとそう言った、無造作にまとめたヘアスタイル、目の下の隈は濃く、疲労が色濃く取り巻いていた。頬杖をつくようにして首元は見えない。
「旦那さんからはなにを……?」
僕が尋ねると、力なく笑う。
「モラハラにDV、定番ね」
「定番ですね」
そう返すと、彼女は可笑しそうにそうですよね、と笑った。
「おまけに親友とも喧嘩してしまって……羨ましかったのかもしれませんね。家族とも円満な彼女が。たったひとりの親友でした」
「それはお気の毒でしたね……。悪い時には悪いことが重なるのも世の常です」
「あなた、まだ13歳位に見えるのに、なんだか達観してるわね」
その言葉に僕は苦笑する。
はらはらとハナミズキの花びらが舞い落ちてくる。日本家屋の縁側に、はらはらと白いハナミズキの花びらが舞い落ちる。
「結婚した頃はこんなことになるなんて思わなかったな」
「警察や行政に助けを求めなかったのですね」
「うん……もう疲れてしまって。もういいやと思ったの」
彼女は頬杖を外して、ひらひらと舞うハナミズキを受け止めようとするように両手を大きく開いた。しかし、ハナミズキは地面に落ちることなく、音も立てずにその姿を消してゆく。
「母が敬虔なクリスチャンなの」
「それでは」
「ええ、きっと怒ってると思うわ」
彼女は面窶れした表情に、苦笑を浮かべる。それでもどこか晴れ晴れとした表情を浮かべた。
「ありがとう、話を、聞いてくれて」
「これも仕事ですから」
「それでも。私にはもう誰もいなかったの。辛いと言える人さえも。弱音を吐き出させてくれてありがとう」
僕は静かに頭を下げた。そして問う。
「来世、もし生まれ変わるとしたらなにになりたいですか?」
彼女は困ったように、えーっと笑った。
「とりあえず人間はごめんだわ。ミジンコとかアメーバーになりたい」
「それは残念です」
「くれぐれも希望は人間外で、ミジンコって記録しておいて」
「わかりました」
彼女は後ろ手にして、今まででいちばんスッキリしたような笑みを浮かべた。
「ありがとう。可愛い地獄の番人さん。地獄ってもっとこわいところかと思っていたの」
彼女の首筋にはロープのあと。僕はそれを少し痛ましく見やると、にっこりと微笑んだ。彼女の姿が薄れてゆく。僕はちょうど千冊目の書き付けに「自死。来世はミジンコを希望」と書き付けた。これを閻魔大王様に渡すのが僕のお役目。
ハナミズキが空を舞う。ああ、またひとり、客人がいらしたようだ、と僕は書きつけ帳を横に置いたのだった。
ハナミズキの降る庭で[1分で読める創作小説] 深山心春 @tumtum33
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