第11話

 ここまで無事に戻ってこれたことに安心して初めて、美奈は十年後の「私」のことに心配が思い至ったようだ。


 「・・・あ・私は、」

 私は一瞬、言葉を詰まらせた。でも、すぐに

 「私はだいじょぶよ」

 美奈に笑ってみせた。

 「ちゃんと、考えてあるの」


 「よかった。亜紀、本当にありがとう!!」

 美奈は最後に私の手をぎゅっと握ると、ぱっときびすを返して走り去っていった。

 駆けてゆく美奈の後姿を見送りながら、私の心はつぶやいた。

 ・・・ウソだ。

 もとの時代に確実に帰れる方法なんて、ない。

 私は片道切符しか持たずに、この時代に来たの。

 ただ・自分のやったことに終止符を打つために・・・!



 初詣に参じようと歩く人々で、街は新年が明けた賑わいを見せていた。

 私も、まばらに歩く人々を眺めながら、のんびり歩を進めていた。

 すべてが十年前の景色。なんて懐かしいのだろう。

 今ごろ十年前の私は、暗い自分の部屋に一人でうずくまっているのだ。

 まさか・美奈がとっくに家に帰っているとは知らずに。

 そして・十年後の私が、のんびりこの道を歩いているなんて、露ほども思わずに。


 前を行く家族連れの子供が、小さな犬を連れていた。

 犬は、夢中で道端の紙くずや軒下のくぼみを嗅ぎ回りながら、勝手気ままに進んでゆく。

 子供がそれを追いかける――

 突然、すぐ近くの交差点から、車がこちらへ曲がってくるのが見えた。

 暗い通りにいきなりヘッドライトが光る。

 子犬を追いかけるのに夢中だった子供は、いきなり通りの真中で立ちすくんだ。

 「あぶなっ・・・!!」

 車のブレーキの音が、狭い通り一杯に響く


 瞬間、私は子供を抱いて道のそちら側に転がっていた。

 「きゃああ!!」

 「事故だッ」

 「救急車、早く・・・!!」


 転がった反動で頭をどこかに激しく打ち付けたのか、私の意識は朦朧としていた。

 ずきん・ずきんと、側頭部が激しく痛む・・・立ち上がれない。

 「子供は無事だぞ!!」

 「あの人が助けて・・・」

 人々の声が、近く・遠く響いていた。

 耳鳴りみたいに・潮騒みたいに・・・私は耐えられなくなって目を閉じた

 体の下に冷たいコンクリートを感じながら、私の意識は途絶えた。


~つづく~

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白い壁 asumi @asumi25

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