あとがき

 作中に登場する「核の時代」に関する説明は、創作上の父の言葉ではあるが、作者自身の理解と一致している。冷戦については「核保有国は『攻め込まれれば核で反撃するぞ』と脅しをかけ、核を持たない国を傘下に収めて守る約束をした」と表現した。また、冷戦後の国際情勢については「傘下にない国を侵略したり、国同士を戦わせたり、内戦に介入したり、逆に見て見ぬふりをしたり、様々な方法で世界を動かした」と記した。二〇〇一年九月一一日の同時多発テロについても「憤慨は宗教と結びつくこともあり、核保有国はテロの標的になり、多くの罪なき人々が犠牲となった」と描いた。核そのものへの憎しみだけでなく、核保有国への憎しみまで言及した点については、平和を愛する読者に不快を与えたかもしれない。

 しかし作者にとって「平和を愛する」とは「戦争に行きたくない」と言えることだ。作中には「平和を愛するとは、核の時代が始まった日に犠牲となった人々に涙することだ」との記述があるが、これは作者と同じ視点を共有していなければ難解かもしれない。かつてジョン・レノン氏は「戦争に行きたくない」というテーマを歌にし、大きな反響を呼んだ。平和を愛するとは、誰でも理解でき、誰でも口にできるものでなければならない。なぜなら、できるだけ多くの人に異口同音で「平和を愛している」と言ってほしいからだ。

 本作では外国人差別にも言及している。差別する側は「外国人」という単一の線引きをし、その内側にいる人々を均質とみなす。口先では「働いてくれる人もいる」と言いながら、実際には日本人と融和できない一定層と勤労外国人を同一視している。だからこそ、差別と戦うことを「境界の内側すべてを一様に救う」ことだけに限定すべきではない。

 被差別者を救済するために、大きな力で境界ごと引き上げる取り組みも必要だ。しかし同時に、一人ひとりと向き合い、その姿を知ることも差別と戦う手段である。その積み重ねがやがて「共生のノウハウ」となり、おそらくは無償で共有され、平和の基盤を築くだろう。日本人との融和が難しい外国人であっても、彼らが歩み寄るには大きな勇気が必要であり、その背後には私たちに理解しがたい苦悩が存在している。

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未来の砂 狐火一眼太(きつねびいちがんた) @oshiri-falcon

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