藁人形の代わりに木に刺さってたものなんですけど
春海水亭
おそらく、地獄に堕ちました
◆
『▓▓県▓▓市の公園で早朝、男性から「死体が埋まっている」との通報があり、▓▓署員が現場に急行したところ、木の根元近くの土中に埋められた男児の遺体が発見され――』
このニュースを聞いて、私は胸を撫で下ろした。
これで、一人の命が救われたのだ。
◆
「丑の刻参りってあるじゃないですか。白装束を着て、夜中に神社の御神木に呪いたい相手に見立てた藁人形を打ち付けるっていうヤツ。まあ、色々と細かいルールはあるらしいですけど、私は詳しくないので……あ、私のことは呪わないでくださいね」
そう言って、佐藤さんは力なく笑った。
佐藤さんは二十代の女性で、私の知人である。オカルトに多少詳しい私に相談があるとのことだった。最近体調が優れないようで、その顔はやつれていた。
「で、まあ……見て欲しいものっていうのがこれなんですよね」
そう言って、佐藤さんが取り出したものは熊のぬいぐるみだった。
胸の部分に小さな穴が空いており、そこから僅かに中の綿が見える。
そして、一度裂かれたのか、腹の部分には赤い糸で不格好に縫った後が見えた。
「私、散歩が趣味で日曜の……もう三時ぐらいには起きて、ちょっと遠くまで歩くんですよね。このぬいぐるみを見つけたのは、私の家から十キロぐらい離れた公園で、時間は五時ぐらいでしたかね。だから、私が一番最初に見つけたんだと思います。まあ、仮に私よりも早く見つけた人がいても放置しちゃうかな……って感じでしたけど」
佐藤さんは熊のぬいぐるみを持ち上げて、胸の穴の部分を指で示した。
持ち上げた時に、熊のぬいぐるみが硬いものが擦れあったかのようにチャラと奇妙な音を立てる。
「このぬいぐるみ、公園の木に刺さってたんですよ。この胸の部分を……五寸釘っていうんですか?長い釘で打たれて」
持った熊のぬいぐるみの後ろを見せると、確かに胸の穴は背中まで貫通していた。
「まあ、丑の刻参りっぽいですが……っぽい、ですがね……」
「……まあ、そうですよね。別に神社の御神木ってわけでもなければ、藁人形ってわけでもない。児童公園の木に打ち付けられた熊のぬいぐるみなんて、まあ子どものそういうごっこ遊びと考えたほうが納得がいきますよね。子どもってそういう残酷な遊び好きですから、ただ……」
佐藤さんは熊のぬいぐるみを縦に振った。
再び、熊のぬいぐるみの中からチャラ……という音が響く。
「わかりますよね。このぬいぐるみの外側には金具とかついてないですから、このぬいぐるみの中に綿以外の何かが入っているって……で、その……いや、私、子どもの頃にこれと同じようなぬいぐるみを持ってて、なくしたんですよ、やっぱり子どもの頃に……いや、なくしたのって十年以上前のことだからありえないんですけど、でも、誰かが私のぬいぐるみを拾って、私に呪いをかけてるんじゃないかって、最近、どうも体調が悪いですし。それで……最近、私物を無くすことがあって……ほら、呪いって呪いたい相手の髪の毛を藁人形に埋め込む、みたいなヤツあるじゃないですか。そのぬいぐるみの中に私の私物が入っているんじゃないかって思うと、怖くて怖くて……だから、とりあえず今日、相談しに来たわけで……そのお寺さんとか、神社とか、そういうのって、頼めばやってくれるんでしょうけど、別にそういうのを専門にやってくるわけじゃないじゃないですし、だったら、そういうのに詳しいあなたに相談出来たら……って思って」
私は熊のぬいぐるみを受取る。
確かに怖い話の蒐集を行っているが、特別呪いに詳しいというわけではないし、霊能力があるわけでもない。そういう知り合いもいない。
しかし、相談に乗ってしまった以上は放っておくわけにもいかないし、なにより私自身、インターネットで聞くような話に巻き込まれたという好奇心があった。
私はハサミを取り出し、熊のぬいぐるみの腹を裂いた。
「は……?」
熊のぬいぐるみの中には綿に紛れて、歯が詰まっていた。
いずれも乳歯だ。犬歯も臼歯もある。どこか黄ばんでいる。
それが合計で二十本、一人分の歯が一つのぬいぐるみの中に納められていた。
全て同じ人間のものなのだろうか。
そして、佐藤さんを呪ったものなのだろうか。
佐藤さんの顔は青ざめていた。
誰のものかわからない乳歯は、当然、自分のものであるかもわからない。
自分を呪うために、自分の乳歯をかき集めた――常識的に考えて不可能な話だ。
だが、佐藤さんは最近体調が悪いことと呪いを結びつけてしまった。
そして、呪いというものが本当に存在するかどうかはともかく、ぬいぐるみの中に仕込まれた乳歯は……呪具というのに相応しい物品だ。
「……あ、やっぱり、あの……え……歯……私……」
「落ち着いて下さい、佐藤さん」
「あ、やっぱり私、呪われて……」
「別に佐藤さんが呪われているわけではありません」
「でも……やっぱり、私のぬいぐるみですし……似たようなものだって、どこでも買えますし、歯だって……あの呪いで人の歯をいっぱい集めれば……私のじゃなくても効果がありそうな……」
「佐藤さんのものかもしれないから、自分が呪われていると思ったのでしょう。自分が呪われているから、佐藤さんのものでなくても呪いは通る……では道理が逆転しています」
まずい。
実際に佐藤さんに呪いがかけられているかどうか、それは関係ない。
佐藤さん自身が自分は呪われていると思っていること、それが問題なのだ。
プラシーボ効果――思い込みは肉体に影響する。自分が呪われていると思い込めば、あるいは呪われているほどに人に憎まれていると思えば、無事でいられるわけがない。
そして、佐藤さんが呪われていて、そしてそれが効果を発揮している場合は私の手に負えることではないので考えない。
道理を用意しなければならない――自分は呪われていない、あるいは無事に解呪に成功した、そう佐藤さんに思わせるような道理を。
私は佐藤さんにぬいぐるみを発見した木の場所を聞くと、なんとかすると約束し、その場は解散となった。佐藤さんに無地のおまもりを渡したが、たいして気休めにはならないだろう。
何故、公園の木だったのか。
ただのイタズラだったというのならば、それで良いが――乳歯、それも二十個も入っているとなれば、イタズラとは思えない。本当に相手を呪おうとしてのことだろう。だが、それならば神社の御神木――そうでなくても、効果のありそうな場所を選ぶべきだ。ならば、公園の木か――あるいは、公園自体になんらかのいわれがある。
私は祈るような気持ちで仮定する。そもそも私に出来るようなことなど殆どないのだから、そう思うしかない。
インターネットで、その公園について調査しつつ、私は現地に赴いた。
インターネットで調べた範囲だから、浅く狭くではあるが、特に殺人事件のようなものは起きていないようであるし、元が墓場であったとか、そういう話もないようだ。
何か、見つかってくれ――神でも仏でも思いつく限りのものに私は祈りながら、木の根元を掘り始めた。
そして、喜ぶべきではないが……私はあるものを発見したのであった。
◆
「ニュースで見たでしょうが、木の根元には子どもの死体が埋まっていました」
「子どもの……」
相も変わらぬ、体調の悪そうな佐藤さんに向かって私は滔々と語る。
「誰が埋めたかはわかりません、ただ検討はついています……そして、貴方が呪われているわけではないということも」
全ては仮定だ。
だが、さも真実に辿り着いたかのように話さなければならない。
「まず、結論から言います。父親か母親か、そのどちらかはわかりませんが……その子どもを埋め、そして呪っていたのはそのどちらかで、佐藤さんではありません」
「……何故、そんなことが言えるんですか?」
「歯が無かったんですよ」
私は子どもの痛々しい死体を思い出す。
親であるのならば、自分の子どもであったとわかるのだろうか――生前の面影をすっかりとなくした土色の死体には、生前か、死後か、いずれにせよ、全ての歯は抜かれ、一本たりとも残されてはいなかった。おそらく、ぬいぐるみに入っていたのはその子どもの歯だろう。
「藁人形に髪の毛を入れるとか、呪いたい相手の写真を貼るとか、名前を書くとか、そういうものは呪いたい相手と藁人形をより同一視させるために行うものです。であれば、佐藤さんが子供の頃になくしたぬいぐるみを後生大事に取っておいて、いつか呪う日に備えて乳歯を集めた……なんて答えよりも、おそらく、その子が遊んでいたであろうぬいぐるみに、その子の乳歯を入れた。その答えのほうが道理が通っているでしょう」
「確かに、そうですけど……」
佐藤さん自身の呪いは解けかかっている、だが表情に怪訝なものが滲んでいた。
「その子、死んでるんですよね……?だったら……」
これ以上、呪いようがないか。
あるいは、死体を用いて、生者に対して呪いをかけたのではないか、か。
佐藤さんが言おうとした言葉を制して、私は言葉を続ける。
「死んでも、まだ呪えるじゃないですか」
「え」
「死体を墓でない場所に埋葬し、その歯を抜き取り、そして呪いをかける……その子が何故、そこまで憎まれたのかはわかりませんし、理解する気もありませんが、その術者は安らかな死さえ与える気はない、つまり……」
「――」
「地獄に堕ちろ、そういうことです」
事実はどうであるのかはわからないが、これで呪いは佐藤さんから名も知らない子どもに移された。少なくとも呪いが自分に向けられたものではないことがわかったのか、佐藤さんも今では元気に過ごしている。
子どもが地獄に堕ちたのかは、誰も知らない。
【終わり】
藁人形の代わりに木に刺さってたものなんですけど 春海水亭 @teasugar3g
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