3:次は私かもしれない
柊斗は本当にいなくなった。 部屋には争った形跡もなく、荷物もそのまま。警察は「自発的な失踪」として処理したが、
陽琉は自室に戻ると、カーテンを見つめた。だが、心の奥底では、開けたい衝動が渦巻いていた。
彼女はサヨナラさんを見ていない。見たことがない。
窓は妹が消えたあの日から、ずっと閉じたまま、二重ロックの鍵には触れてもいない。
「サヨナラさんなんて、ただの
夜中の三時に窓を開けたら建物のとんがり屋根の上に人がいて、こっちを見ている。そんな妹の話は作り話だと思っていた。実際今でも半信半疑だ。
そんな話信じられるわけがない。
毎日の仕事のストレスを抱え、生きることに必死だった私にとって、妹の言い草を受け止めるのは苦痛だった。
仕事もしないで日がな一日窓の外を眺めているだけど、寄生虫が何言ってんの!ついつい、心ない言葉が出そうになる。
見た見ないの問答は、やがて手が出てもおかしくないような
――絶対いた!
――いるわけない。そんなとこに人が立ってるなんておかしい。わけわかんない
――でもいたの!!
――またそんなこと言ってるの?何の得があるの?その嘘は。なんなの、一体?
――お姉ちゃんのバカ。もう知らない。出てく、こんなとこ出てく
大喧嘩の後、本当に妹はいなくなった。
すべて私のせい。
最初はただの家出だと思った。ほとぼりが冷めたら帰ってくると思った。
仕事だってそんなに休めない。後回しにしていたら何日も時間が過ぎていた。
だから、ネットに書き込んだ。
「サヨナラさん」って名前も妹の書き置きをもとに考えた。どこかで聞いたことがあったものかもしれない。
書き込んだ後、新しく入居してきた人にもそうやって忠告した。「サヨナラさんにつれていかれるから注意して」
それも、本当になった。
人が次々消えていく。
お隣さんが消えたのは、ほかの人と同じように、あの話を信じたからだ。ならば、自分も信じれば、同じ場所に行けるのではないか。妹に会えるのではないか。
陽琉は、ネット掲示板に再びアクセスした。自分が書き込んだスレッドは、すでに削除されていた。だが、別のスレッドが立っていた。 「サヨナラさんを見た人、います?」 そこには、いくつかの返信があった。
――見た。夜三時、屋根の上に立ってた。翌日、弟がいなくなった
――嘘だと思ってた。でも、隣の部屋の人が消えた。警察は何もしてくれない
――いたけど、女の人かどうかわからないかった。髪短ったし
――サヨナラさんが書いたメモが机にあった。誰が置いたのか分からない。誰もいなくなってないけど(笑)
陽琉は震えながら返信を書いた。
「自分も見ました。隣に越してきた人が、見た次の日、消えました。次は私かもしれません。」
その夜、陽琉は目覚ましを三時にセットした。部屋の電気を消し、窓の前に立った。外は静かだった。風もない。街灯の光がぼんやりと差し込むだけ。時計の針が三時を指した瞬間、窓の外を見た。
「……サヨナラ。」
次の瞬間、陽琉の意識は暗転した。
陽琉は自分の部屋で目を覚ました。窓は閉まっていた。鍵もかかっている。だが、机の上には一枚の紙が置かれていた。そこには、こう書かれていた。
「見つけてくれてありがとう」
陽琉は震えながら、その紙を手に取った。
陽琉は理解した。“サヨナラさん”は、語られたので、生まれたのだ。
語られることで、語り部の願いを叶えるのだ。
だから、語らなければならない。語り続けないといけない。
妹と会うために、語り続けるしかないのだ。
<了>
註:ネットの一部で話題になっている噂「サヨナラさん」。その最初の記録とされる書き込みをもとに物語に再構成しました。登場する人物・団体・地名はすべて実在のものとは無関係です。名称も変更されています。
都市伝説「サヨナラさん」 犬神堂 @Inuzow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます