2:見たんですね
翌日、
「……見たんですね」
「ええ。三時ちょうどに窓を開けたら、向かいの屋上に……白い服の人影が立ってました。顔は見えなかったけど、こっちを見ていた。目が合ったような気がして……」
陽琉は黙って聞いていた。彼女の表情は、昨夜よりもさらに沈んでいた。
「私も、最初は信じてなかったんです。でも、友達が消えてから、調べるようになって……。このマンション、過去にも何人か“失踪”してるんです。警察は事件性なしって言ってるけど、みんな、最後に“サヨナラさん”を見たって書き残してる」
「書き残してる……?」
陽琉はスマホを取り出し、ある掲示板のスクリーンショットを見せた。そこには、失踪者の名前とともに、最後に残されたメッセージが並んでいた。
「“サヨナラ”って、ただそれだけ。まるで、誰かに別れを告げるように」
柊斗は背筋が冷たくなるのを感じた。昨夜の“それ”は、確かに何かを伝えようとしていた。言葉ではなく、存在そのもので。
「でも、どうすればいいんですか?見たら終わりなんですか?」
陽琉はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと答えた。
「……見た人の中で、戻ってきた人はいません。でも、見た後すぐに引っ越した人は、無事だったみたいです。だから、まだ間に合うかもしれません」
「引っ越す……」
柊斗は考え込んだ。仕事の都合もある。すぐに部屋を出るのは現実的ではない。だが、何かが迫っている感覚は確かにあった。
「それに、見たことを“話す”と、より強く引き寄せられるって説もあるんです。だから、私もあまり詳しく話さないようにしてたんです。でも、もう……」
陽琉の声が震えていた。彼女もすでに“見て”しまっているのだろう。
「じゃあ、俺たちはどうすれば……」
その問いに、陽琉は答えなかった。ただ、静かに首を振った。
話し合いはそれ以上進まず、柊斗は自分の部屋に戻った。PCを開いて、何か手がかりがないかと検索を始めた。だが、情報は断片的で、確証のあるものは何もなかった。
深夜、柊斗は再び窓の前に立った。鍵はかけたまま。外には静かな夜景が広がっている。だが、昨夜とは違う。空気が、重い。視線を感じる。窓の向こうから、誰かが“待っている”ような気がした。
翌朝、陽琉は柊斗の部屋を訪ねた。インターホンを押しても応答はない。管理人に頼んで鍵を開けてもらうと、部屋の中は静まり返っていた。荷物はそのまま。ベッドも使われた形跡がある。
だが、PCの画面には、ひとつの文章だけが残されていた。
「サヨナラ」
それは、まるで“誰か”に向けた別れの言葉のようだった。陽琉は震える手で画面を閉じた。
柊斗は、いなくなっていた。
(続く)
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