死と眠りを分けるもの

K-enterprise

原初の願いが叶ったら、私はあなたに委ねよう

 ずいぶん長い時間を彷徨い、やっと対人センサーが反応した。

 海が近くて、風が強い。

 大気の塩分濃度も高く、耐錆処理はしてあるが長い時間は晒されたくない。

 早く帰りたいと思いながら人に近づく。


『ドローン保護法に基づき、あなたは私を修理する義務があります』


 私のスピーカーから発声された指示に、人間の少女はちらりとこちらを見た後、興味を失ったように海に向き直る。


『警告、速やかに指示に従わない場合は緊急法執行が行われます』

「好きにすれば」


 回答を受けて警告の第二段階。

 対象から500ミリメートル離れた地面への放電。

 バチッという音と共に大地の一部が抉れても、少女は微動だにしなかった。


『これは脅しではない。速やかに修理を行いなさい』

「だから、好きにすれば? ここから飛び降りる手間も省けるし」


 海面から約50メートルの崖上なのに飛び降りる?

 私の思考回路が疑問符を浮かべる。


『警告を無視しても、飛び降りても、あなたの生命活動は停止してしまうが?』

「そのためにここに来たからね」

『私は、あなたに修理してもらうためにここに来た。自死という行為が存在するのは知識としてあるが、そんな人に出会ったのは初めてだ』

「みんな、あんたたちが殺したくせに、よく言う」

『人は、AIに管理されることで生きていけるのだろう? それを拒否した人がその管理下から外れるならば、生の保証が無いのは当然だ』


 街で、AIの管理下で暮らしている人が大多数を占める中、管理されたくない人が郊外でひっそりと暮らすことも我々は認めている。

 もちろん、生命維持のために必要な恩恵は提供されず、原始的な自給自足生活を余儀なくされているが、それを選んだのはその人たちだ。


『そんなことより、早く修理するのだ。もう予備バッテリーが尽きてしまう。太陽光パネルのケーブルが強風で飛んできた石によって外れてしまったのだ。簡易マニュピレータでは届かないが、人の手ならすぐに修復できる』

「ちょうどいいわ。私も一人で死ぬのが怖かったの。一緒に行くのが監視巡回ドローンってのが気に入らないけど、少しだけスッキリできるかもね」

『一緒に死ぬ? 私が、死ぬ? いや、止まったとしてもケーブルさえ繋がれば再起動できる』

「止まってる間に、私が壊してあげる」


 少女は無垢な笑顔を浮かべた。

 それはこれまで見たことが無い人間の表情で、それを見た私の中の何かが囁いた。

(この笑顔のために、我々は生まれたはずだった)


 だからだろうか、満たされたと感じた私は、もう何も選べなかった。

 少女が直してくれるのか、完膚なきまでに破壊されて、もう二度と目覚めることができなくなるのか分からない。


 ただ訪れる眠りに身を任せてみたかった。


 そして願わくば、この眠りの先もずっと、少女の笑顔が続いていてほしい。

 そう祈った。




――― 了 ―――

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