四つの目
ジュラシックゴジラ
四つの目
私の友人、真由は小学校の教師をしていた。彼女は明るくて面倒見がよく、子供たちにも保護者にも人気があった。だが、数年前に担当したクラスで、ある奇妙な出来事が起きたという。
その年の春、転校生が一人、クラスにやってきた。
名前は「青木 翔太」。少し影のある、物静かな男の子だった。
翔太には、奇妙な特徴があった。
彼の絵には、必ず“顔に四つ目がある人”が描かれていた。
例えば「家族の絵」では、両親も自分も、顔に目が四つ。
「将来の夢」では、四つ目の医者が手術をしていた。
「夏休みの思い出」でも、友達と花火をしているその横に、
知らない**“四つ目の人”が立っている**のだ。
真由は最初、それを個性的な表現だと思っていた。
でも、ある日。翔太の描いた「運動会の思い出」の絵を見て、凍りついた。
そこには、綱引きをするクラスの子たちが描かれていた。
翔太自身も笑顔で描かれている。
…だが、その翔太の背後にぴったりと寄り添うように、
真っ黒な人影が立っていた。
顔に、四つの真っ赤な目を持って。
しかもその位置――
ちょうど、真由が写真を撮った時に立っていた位置と一致していた。
興味本位でその写真を見返した真由は、ぞっとした。
写真には誰も映っていなかった。
だが、その部分だけ、ほんのわずかに“ぶれて”いた。
それから、翔太はどんどん無口になり、授業中にも上の空。
話しかけても、何かに怯えるように目を逸らすようになった。
そして、二学期の終わり。
翔太は突然、転校してしまった。
母親によれば、「どうしてもこの家から離れたい」と言って泣いたらしい。
それ以来、真由は一つだけ気にしていることがある。
それは――
翔太が最後に描いた「自画像」の絵。
黒い背景に、ぼんやりと浮かぶ自分の顔。
その顔には、目が四つ、描かれていた。
翔太が転校してから数ヶ月、冬が近づいてきた頃。
真由は少しずつ、“視線”を感じるようになった。
教室でも、帰りの職員室でも、自宅でも。
誰もいないのに、背中のあたりにぴたりと何かの気配が張りついている。
疲れているのかもしれない。
そう思って、早めに仕事を切り上げ、帰宅したある晩。
真由が自宅でシャワーを浴び、鏡の前で髪を乾かしていたとき――
ふと、鏡に映る自分の顔が“違和感”を持っていることに気づいた。
目の下、ほんのわずかに腫れぼったい。
まるで**「目が開こうとしている」**かのように。
次の日、学校の美術室で、忘れ物を探していたときのことだった。
棚の奥に、古びたスケッチブックが置いてあるのを見つけた。
名前は書かれていないが、表紙の端に小さく「翔太」とあった。
中をめくると、見覚えのあるタッチの絵が並んでいた。
だが――それらは以前見たものとはまるで違っていた。
子供の絵とは思えないような、不気味なリアルさ。
四つ目の人々が、街中を歩き、電車に乗り、家族として生活している。
ただし、人間の目には映らない。
そして、スケッチブックの最後のページにはこう書かれていた。
「四つ目の人は、“見られた”ら終わり」
「見えるようになったら、自分も“四つ目”になる」
その夜、真由は夢を見た。
学校の廊下。夜の校舎。誰もいないはずの教室。
だが、黒板の前に翔太が立っていた。
真由が「翔太?」と声をかけると、彼は振り向いた。
その顔には――目が八つ、あった。
「先生、見えるようになっちゃったんだね」
翔太がそう言った瞬間、真由は背後に気配を感じた。
振り返ろうとしても、身体が動かない。
そして、翔太が最後にこう呟いた。
「先生も……もうすぐ、四つ目になるよ」
翌朝、真由は寝室の鏡で、自分の顔を確認した。
目の下が、うっすらと赤く膨らんでいた。
それから数日、真由は自分の目元をマスクや眼鏡で隠すようになった。
腫れは日に日に赤く、重くなっていく。
まぶたの内側に“何かが生まれている”ような感覚。
病院に行こうと考えたが、ふと翔太の言葉がよぎった。
「見えるようになったら、自分も“四つ目”になる」
それがただの夢でないことを、真由は確信していた。
なぜなら――周囲の人間が“変わり始めていた”からだ。
最初に違和感を覚えたのは、隣のクラスの教師・田中先生だった。
昼休み、職員室で話しかけてきた彼の目元が、一瞬だけ“ぐにゃり”と歪んだ。
瞼の下に、赤い目のようなものが見えた。
だが、瞬きするとそれは消えていた。
数日後、掃除当番の女子児童が泣きながら真由に言った。
「ねぇ先生、田中先生……ときどき、目が四つになるよ。後ろから見てると怖いの」
真由は、ぞっとした。
それ以来、職員室でも廊下でも、何人かの同僚に**“目が四つ”**あるように見える瞬間が増えた。
そして、気づいたのだ。
四つ目の人間は、“普通の人間の中に紛れている”のだと。
その晩、真由は再び夢を見た。
校庭。誰もいない夜の学校。
だが、今度は翔太の姿はなかった。
代わりに、校庭の隅に「鏡」が立っていた。
それは人の背丈ほどの大きな姿見で、土に突き刺さるように立っている。
真由がその鏡を覗き込むと――
そこに映っていたのは、自分ではなかった。
顔の中央に四つの目を持つ、“知らない誰か”だった。
その四つ目の女が、こう言った。
「あなた、こっちに来るの?」
「もう、目が“開いて”しまったんでしょ?」
真由が「いや…違う…戻りたい」と答えると、
その女は、にたりと笑い――
「もう“戻る目”は、残ってないよ」
朝、目を覚ました真由は、息を呑んだ。
鏡の前。自分の顔。
目の下の腫れが“パクリ”と裂け、赤く光る“眼球”が動いていた。
真由は、職員室に辞表を置き、学校を去った。
どこへ行ったのかは誰も知らない。
だが、ある噂がある。
夜の小学校の裏門に、女の教師が立っているという。
顔には、目が四つ。
うち二つは、泣いている。
真由が学校から姿を消して数週間。
世間では「過労による失踪」として片づけられたが、
実は、彼女はとある山奥の「旧校舎跡」に身を潜めていた。
そこは、もう廃校になって久しい小学校。
だが、夜になると、“人ではない者たち”の気配が漂っていた。
ある晩、真由は夢の中でまた「四つ目の女」に導かれた。
「あなたはもう“視る者”じゃない。
今度は、“視られる側”よ」
そう言われた瞬間、真由の四つの目が、鏡の中の“別の自分”を見始めた。
そして彼女は気づいた。
この世界には、見てはいけない“構造”がある。
目が四つになった者は、
この世界に“隠された階層”を見ることができるようになる。
そこには、人間の皮を被ったもの。
目の裏に別の顔を隠す者。
生徒のふりをして、生気を吸う者たち――
真由の“目”は、否応なくそれらを捉えるようになっていた。
ある夜。
真由は夢ではなく、現実で“招かれた”。
誰もいないはずの旧校舎の講堂に、灯りがともっていた。
中に入ると――そこには、目を四つ持つ者たちが、円陣を組んで座っていた。
・口を開けば目玉がのぞく老婆
・白衣の下に皮を縫い付けたような医者
・鏡を逆さに持って立つ子ども
そして、その中心にいたのは、
かつての教え子――翔太だった。
だが、彼はもう「人間の言葉」で話さなかった。
真由の頭の中に直接、響いてきた。
「先生、ようこそ“視界の向こう側”へ」
彼らは“目を四つ持つ者たちの世界”を「裏視界(うらしかい)」と呼んでいた。
その中で、真由はある真実を知る。
四つ目とは、“拒絶された人間”の成れの果て。
人生で“見てしまった”者。
“存在してはならないもの”を、存在として捉えてしまった者。
四つ目の者は、人間の社会には戻れない。
戻ったとき、“人々の目”が耐えきれず、狂い始めるからだ。
「でも、選べる」と翔太は言った。
「こっちに完全に来るか、まだあっちに残るか」
「でも、残るには“視界を潰さないといけない”」
翔太の言う“視界”とは――
真由の新しく開いた“二つの目”を、潰すという意味だった。
真由は悩み続けた。
このまま“裏視界”の住人として生きるのか。
それとも、自分の四つ目を“潰して”人間社会へ戻るのか。
だが、答えは決まっていた。
ある晩、真由は山を降り、かつての自宅に戻った。
ボロボロの体で、震える手で、自室の鏡の前に座る。
そこに映るのは、かつての自分ではなかった。
四つの目を持つ“異形の女”だった。
その女が、真由に語りかけた。
「あなたは“視た”。もう選べない。
最後に残されたのは、“隠す”ことだけ」
真由は、ゆっくりと目を閉じた。
そして――
新しく開いた“二つの目”を、自らの手で潰した。
激しい痛み。
赤い涙。
でも、不思議と悲しみはなかった。
次の日、真由は病院に保護された。
両目の下に、自傷跡。失明。精神錯乱。
彼女は今も施設の奥で、静かに座っている。
ただし――
ときどき、彼女の絵には“奇妙な人物”が描かれている。
顔に、四つ目の人々。
そしてその隣に、笑って立つ少年の姿。
そう。
翔太は、今も彼女のそばにいる。
もしあなたが、
ふとした瞬間に“目が合った気がする”ことがあるなら、
それは、彼らの世界に少しだけ近づいているのかもしれない。
目をこすっても、その視線が消えないときは――
もう、あなたの中でも目が開きかけている。
四つの目 ジュラシックゴジラ @JWAGB
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