第4話 勇者の責務

翌朝、一行は街道を進み、小さな農村にたどり着いた。

そこは麦畑と林に囲まれた静かな村だったが——様子がおかしい。


「煙……!」

セレスが指差す先、村の奥から黒煙が立ちのぼっていた。

次の瞬間、悲鳴が響き渡る。


「助けてくれええ!!!」

子供を抱えた村人が駆け出してくる。背後には牙を剥いた魔狼の群れ。


「くそっ、もう来やがったか!」

セレスが剣を抜き、シェリスが短剣を構える。

セラフィナは祈りを紡ぎ、アルマティアは詠唱を始めた。


背後で村人たちが叫ぶ。

「勇者様……助けてくれ!」

抱きかかえられた子供の泣き声が、勇者の背中を押した。


ヴェイルは剣を握りしめ、村人たちを守るように前へ立ちはだかる。

ざわめく声と怯えた瞳が、一斉に彼の背に注がれていた。




魔狼が群れをなして襲いかかる。

セレスが盾を突き出し、突進を受け止めてはじき飛ばす。剣を振り抜き、鮮やかに一体を斬り伏せた。

「ヴェイル! 私が守るから攻めに集中しろ!」


シェリスは素早く身を翻し、魔狼の目の前に石を投げて注意を逸らす。

敵が怯んだ瞬間、背後に回り込み、短剣を突き立てた。

「はぁ、はぁ……だ、大丈夫です! 勇者様には触れさせません!」


セラフィナは祈りの声を高め、村人たちを包む光の結界を展開する。

魔狼の爪が結界に弾かれ、火花を散らした。

「恐れることはありません……! 勇者と共にある限り、闇は退けられます!」


アルマティアは炎の槍を呼び出し、群れを串刺しにする。

燃え盛る炎に照らされる姿は、まるで舞台の女優のようだった。

「勇者の剣と私の炎、これぞ至高の共演……」


そして——。

ヴェイルが剣を振り抜いた。

刃から黒い靄が噴き出し、魔狼の群れを一瞬で呑み込む。

肉も骨も影のように崩れ落ち、地面に黒い焦げ跡が残った。


「なっ……!? その力は……闇の……闇の力だあああ!!!」

生き残ったオークの絶叫が、村人たちの耳に届いた。


「闇の力……?」「まさか勇者様が……」

ざわ……ざわ……。不安が広がっていく。




「ち、違う!!」

セレスが真っ先に叫ぶ。

「これは勇者の新しい必殺技だ! 闇なんかじゃない!」

(ヴェイルを守れるのは私だけ……!)


「そ、そうです! 影を操れるなんて……かっこいいじゃないですか!」

シェリスも慌てて声を上げる。

(勇者様と私の秘密……! 他の人には絶対に言えない……!)


「光が強ければ影も濃くなる……これは神の奇跡です!」

セラフィナは必死に祈る。

(導けるのは私だけ……!)


アルマティアは艶やかに微笑む。

「……美しい一幕ね。光と影が織りなす演出にすぎないわ」

(理解できるのは私だけ……)


ざわめきは次第に収まりかけた。

だが——。


ヴェイルが剣を地面に突き立て、低く呟いた。

「……闇の囁きが……俺に力を与えるのだ……」


しん……。

空気が凍りつく。


「やっぱり闇じゃねぇか!!!」

村人の悲鳴が上がる。


「ちょっ!?」「何言ってるの!?」「ヴェイル様!」「余計なことを……!」

仲間たちが一斉に前へ出て、必死に取り繕う。


「い、今のは冗談です! ね、ヴェイル!」

「ははは! 勇者様はお茶目なんです!」

「闇なんてありません! ありますけどありません!」

「ただの演出よ。皆さんも心を揺さぶられたでしょう?」


村人たちは顔を見合わせ、「……そういうものなのか……?」と不安げにささやきながらも、次第に口を閉じていった。


ヴェイルは微笑を浮かべ、心の中で囁いた。

(……俺を庇う理由はそれぞれ違う。けれど全員が“自分だけが特別”と思っている。

 滑稽だな。だが利用できる……魔王を倒すまでは、な)

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仲間殺しの勇者、ハーレムでうやむやに〜あの世で異世界スローライフ配信でもしてろジジィ〜 蝦夷なきうさぎ @bumpsan2003

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