第3話 ジジィの葬儀と慰めの独白
宿屋の夜は明けた。
血痕は拭き取られ、焦げ跡には布がかぶされ、机の上の「ヴェイル怪しい」のメモは暖炉で燃やされた。
気づけば全員で「なかったこと」にしていた。
「……では、これは自殺ということで」
アルマティアが芝居がかった声で言うと、誰も逆らわなかった。
その日の昼、簡素な葬儀が行われた。
賢者オルフェンの亡骸は土に埋められ、野花が添えられる。
そして——。
「うわあああああああああん!!!!」
勇者ヴェイルは墓前に突っ伏して泣き崩れた。
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、地面を叩く。
「オルフェン……! お前がいたから俺は……ここまで来られたんだ!
罠を見抜いてくれたのも! 毒矢を抜いてくれたのも! 全部お前だった!
もっと一緒にいたかった……! もっと説教してほしかったんだ……!
でも……俺が……殺し……あっ……」
空気が凍る。
仲間は顔を見合わせたが、誰も何も言わない。
ヴェイルは慌てて涙を拭い、声を張り上げた。
「い、いや! 俺がもっと止められてたら! こんな自殺、防げたのになぁぁぁぁ!!!」
セレスは強く頷き、
シェリスはかすかに震えながら同意し、
セラフィナは祈るように目を閉じ、
アルマティアは芝居がかった微笑みを浮かべた。
それでもヴェイルの涙は止まらなかった。
「『寝相が悪い!』って言ってほしかった!
『水筒の蓋が緩い!』って怒ってほしかった!
でも夜中に呼び出すのはやりすぎだろ!
パンを二つ食っただけで“闇に消えた”って何だよ!
歌声が音痴とか余計なお世話だろおおおおお!!!!」
仲間たちは何も言えなかった。
ただそれぞれ、悲しい表情を作り、草の匂いと土の湿り気の中で、時が過ぎるのを待っていた。
⸻
その夜、宿屋の食堂。
丸い木のテーブルを囲んで、仲間たちは勇者を慰めていた。
蝋燭の明かりが揺れ、微妙に張りつめた空気の中、それぞれが口を開いた。
セレスは勇者の手にそっと触れる。
「……泣き顔を見せるのは、私の前だけにして。ずっとそうだったでしょう?」
(幼馴染の私だけが、ヴェイルの弱さを知っている……)
「……っ」
シェリスは思わず身を乗り出した。
「わ、私は……どんな時もあなたのためにいるって決めてます。
だから……安心してください」
(“生け贄”なんて言えない。でも、勇者様に選ばれたのは私だけ……!)
二人の声がかぶり、空気がぴりついた。
セラフィナは両手を胸に組み、真剣な眼差しを向ける。
「闇に囚われないで。……私が祈り続ける限り、あなたは必ず救われます」
(勇者を導けるのは私しかいない。“光の伴侶”は唯一無二……)
「祈り? ……舞台に必要なのは光じゃなく、鮮烈な闇よ」
アルマティアが切り返すように笑った。
「ヴェイル……あなたの涙も血も、すべてが芸術を彩る。共演者は私よ」
(悲劇を芸術に変えられるのは私だけ……)
テーブルの下で足がぶつかり、カップがカタリと揺れる。
視線が交差し、逸らされ、またぶつかる。
隠そうとしても隠せない火花が散っていた。
ヴェイルは微笑み、均等に頷いて返す。
——その態度が火に油を注いでいるとも知らずに。
やがて一人、また一人と席を立ち、部屋を去っていく。
最後に残ったのは、蝋燭の炎と勇者の影だけ。
勇者ヴェイルは椅子に身を預け、低くつぶやいた。
「……俺は罪を犯した。オルフェンを殺した。
だが、この力を使って魔王を倒さねばならない。
その日が来たら——罪を償おう。
……だから今は——お前たち全員の力を利用する」
炎に照らされたその横顔は、涙を流した少年のようでもあり、
仲間を欺く魔性の男のようでもあった。
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