漆黒

女子高生

第1話


自分がこんな恋に堕ちるなんて、思ってもいなかった


先生に出逢うまでは。




「なあ、それどうしたの」

担任が私の左腕を指差し、そう言った。



「家の猫に引っかかれまして。」

間髪入れずに私は答える。

常套句じょうとうくである。



(...長袖を着ているはずなんだけど。)

見えないはずの傷に気づかれた焦りで少し肝が冷えた。


 

「嘘つけ。顔でバレバレだっつーの」

「病んでる奴の顔してる。」

彼は無神経にもけろっとしてそう言い張った。



(実際に私が病んでいたとして、そんな奴にかける言葉じゃないでしょ。)

「自分で傷つけたって言ったらどうしますか?」

なるべく穏やかに、半ば諦めつつ私が尋ねると、先生は少し空を見上げて考える仕草をした。



「そうだなあ、それがおまえに必要だって言うなら俺は止めないな」

「ま、親に連絡は行くけど。」

先生は私の目を見てそう答えると、パッと私の腕を掴んだ。

見せてみろよ。なんて簡単に言って服の袖をまくる。

今度は完璧に諦めて私はされるがままになった。



「・・・見るんじゃなかった、」

彼は腕の傷と少し睨めっこしてからそう言い、私の腕から目を背けた。




(なんなんだろうこの人・・・。)





その日、親にはなにも言われはしなかった。

学校から連絡を受けた様子もない。






廊下で先生の姿を見かけた。

いつものように呑気な顔をして歩いている。

小走りで駆け寄って、私は彼に声を掛けた。

「先生、どういうつもりですか。」

「親に連絡は?」



「だってまだおまえの口から聞いてない。」

「自分でやった、って。」

至極当然のことを言うように答えるものだから私は困惑した。

この人はなにを言っているんだろう。



「そんなの自分でやったに決まってるじゃないですか。」

思わず突っ込んでしまった。



「あ、やっぱり?」

満足げに頷く先生を見て、私は自傷の存在がよく分からなくなった。




(私、一応病んでるんだけどなあ)




それから先生はよく私の話を聞いてくれるようになった。

主に家庭内暴力について。

私は泣きながら話すのに、先生は暗い顔一つせず全てを軽く聞き流してくれる。

そんな彼に悩みの種を打ち明けるのはなんだかこそばゆくて、心地が良かった。




ずっと彼と話していたいと思った。


彼に話しかけるのが大好きだった。


でもずっと話していられるわけでもない。


だから彼に話しかけるのが大嫌いだった。




「ねえせんせい、お話聞いて」

自分でも気色悪くなるような甘ったるい声を出す。

今や私の世界には先生しかいないのだ。

親に殴られ体も心もボロボロ。

体の傷、心の傷が何層にも折り重なっては私を今にも潰してしまいそうだった。

でも私は気にしない。

先生が話を聞いてくれるから。

私の傷を癒してくれるから。



卒業間近になった。

なのに私は、私を本気で心配する先生の顔を多分、見たことがない。



(私の知らない先生がいるまま離れ離れは嫌だなあ、)



私は足りない頭で必死に考えた。


そしてたどり着いた。


校舎の屋上に。


先生には事前に手紙を書いた。


校庭で待ってます、って。


ねえ先生、


私のこと、ちゃんと見て。


絶対忘れないで。


フェンスを越え、校庭を見下ろすと先生と目が合った。


先生は目を見開き、硬直していた。


そう、その顔が見たかった。


ねえ先生、


本当は私生きたかったの。


明るい未来が私を待ってるって思ってた。


でも本当のハッピーエンドはきっとこれ。


先生の記憶にいつまでも遺り続ける、


なんて素敵なの。


身体が宙に浮いた。


目線は先生と合わせたまま、


私はきっと笑ってた。


先生は地獄を見たような顔を。


いつもと正反対な私たち。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



あれは暑い夏の日のことだった。

そんな季節だというのに、長袖を着ている奴がいた。

奴は時折、顔を少ししかめては左腕を摩っている。

___俺は察しが良かった。




彼女の自傷行為の傷を見つけてから、随分と懐かれたものだ。

親に殴られるのだと、彼女はいつも赤子のように泣きじゃくりながら俺に話し掛けてくる。

もちろん教師として、そんな奴は放っておけない。




俺は表情を作るのが昔から下手だった。

人の話を聞いて、面白いと思ってもうまく笑えない。

同じように、人に同情しても顔にはなれなかった。




だから彼女の話を聞いていて、いつも不安だった。

俺はうまく彼女の気持ちに寄り添えているだろうか、

俺の彼女を心配する気持ちはちゃんと伝わっているだろうか、





卒業式の一週間前、彼女からの手紙が机の上に置いてあった。

『校庭で待ってます。』

正直、告白されるかと思った。

彼女は俺を見掛けるといつでも駆け寄ってくるし、奴の話も今まで死ぬほど聞いてきた。



でも校庭に彼女はいなかった。



なんだ、揶揄からかわれたのか。

なんて思うと、困った時の癖がでた。

空を見上げる癖が。



一瞬、息が止まった。

自分の目を疑ったが、屋上のフェンスの外側に立っていたのは___彼女だった。



声を発する間もなく、彼女の身体は宙を舞い、そのまま鈍い音を立てて地面に墜落した。



恐ろしい光景を見た。


奴は笑っていた。


今までに見たことのないほど幸せそうな笑顔だった。


俺の目を見つめ、笑いながら・・・。




俺はどんな表情かおをしていただろうか、











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