空中戦の果てには(完結編)
小野ショウ
在る架空戦記
ドドドドドッ!
俺の愛機Fw190D11、通称ドーラ。そのコクピットまでエンジンの振動が機体フレームを伝わり響く。
「クッソ!もう限界か?まだいけるよな、ユーンカース!」エンジンのコンディションを確認する為に計器盤に目を走らせる。メーターの針はどれもレッドゾーンを指し示していた。
「もう少しだ、ユーンカース!後少しで良い!」
絶叫が喉を突き破りながらも操縦桿を巧みに操り、敵機の群れから獲物を選び1機ずつ確実に仕留めていく。
このユーンカース・ユモ213エンジンは本来、爆撃機用に設計された物だ。今はその頑強な作りに賭けるしかない!
しかしカウルフラップはすでに全開!それでもラジエーター液は沸騰しているのだろう、エンジンはオーバーヒート寸前だ。
「エンジンがヤバい!いったん離脱する!」
俺は僚機に無線を飛ばす。しかし酷いノイズに遮られる「このっ!妨害電波が!」
慌ててコクピットの中から周囲を見渡すと少し上空に敵機の群れの中、奮闘する機影が見えた。
Me109Kだ。
どうやら僚機も苦戦している様だな
「少しの間耐えてくれ、直ぐに戻る!」
ノイズに向って叫ぶが聞こえてはいないか····
俺はパワーブーストを作動させる。一時的にマフラーから黒煙が吹き出す!更に操縦桿を操り墜落を欺瞞する。
そしてスロットルレバーを操作してエンジン出力を下げ、雲海の中へ機体を降下させた。
敵機は追撃して来ない、策は上手く通ったようだ。
雲を抜けると森林が広がっている
ここは間違い無くドイツだが既にアメリカ軍の占領下だ。
高度を1500まで下げ、操縦桿を引き水平飛行に入る。
緩やかなクルージング
限界まで上がっていた動力関係のメーターの針が少しずつ下がっていく。
その時、過去の記憶が甦る。撃墜され、気が付くと真っ暗な空を飛んでいた····
『あれは1体何だったのか?未だに答えは見つからない』眼下に広がる戦闘機の残骸、俺もその仲間になるのか?
そう思うと、何としても青空へ戻りたい!
その1念が届いたのか?俺は暗闇の中、1筋の光に導かれて青空へ戻って来た。再び戦いの空に身を投じた!
ふと、その時の事が頭を過ぎり不安になる。
眼下に広がる戦闘機の残骸、諦めていたら俺もその1つになっていたのか?慌ててコクピットから眼下の景色を確認する。
目に映るのは1面の緑。
俺はドイツに戻って来た、安堵のため息が口から溢れる····
そして眼下に広がる森林地帯を見ていると胸に熱い物が込み上げてくる。しかし感傷に浸っている暇は無かった。
雲間から1機の戦闘機が飛び出してきた!
俺はスロットルレバーに手を掛けるが、目を凝らすと僚機だった
「ふう、脅かすなよ」
だが、しかし
続いて2機の戦闘機が現れる
「P51!しつこい奴等め!」
直ぐにでも撃墜してやりたいが、俺のドーラはベストコンディションとは言い難い。
だが戦友を見捨てる事は出来無い!
低空性能はドーラの方が上だ、負けるものか!
俺は機首を敵機の方へ向けてスロットルレバーに手を掛ける「後少しもってくれ、ユーンカース」
俺の愛機Fw190D11に搭載されたエンジンは信頼性と耐久性に優れ、性能は折り紙付き。
エンジンの特性がそのまま機体性能につながる訳では無いが、Fw190Dシリーズは高性能である事に間違いはない。
俺はこの機体を任された事を誇り、ここまで闘ってきた!先程とは異なる熱い思いが胸を焦がす。
「行くぞ!」
俺はスロットルレバーを操作して、エンジン出力を最大にした。機体はどんどん飛行速度を上げていく····。
1945年5月 ドイツ西部にて
「よーし、そのまま」左の主翼に立ち上がっている整備兵の誘導で俺とドーラは掩体壕へと近づいて行く。
「エンジン停止!」
掩体壕の入り口にドーラを駐機させる。
ここから先は整備班の出番だ。俺にも何か出来る事が有るのかも知れないが、先ずは戦闘で疲弊した身体を休めるのを優先する。
「少尉!」
ドーラから降りた俺に整備兵が近づき、クリップボードを差し出す。
俺は挟まっているチェックシートに気が付いた事を書き込み整備兵に返した
「ずいぶんと大変な目に遭ったようですね」
整備兵はそう言うと踵を返し、掩体壕に納まったドーラへ向って行く。
壕の奥には撃墜された戦闘機から回収した部品が雑然と積まれている。
どれもスクラップと見間違う、更に生々しいオイルの臭いで、むせ返るようだ。
だが修理に必要な部品供給が途絶えて既に1ヶ月は経つ。スクラップでも貴重品に変わりはない。
更に燃料と弾薬も枯渇寸前
後何回出撃出来るのか判ら無い状況だ。
『さて俺はどうするかな』
休む前に食事を摂りたい、食堂へ行くか。
脚が鉛の様に重たい。地上に降りると俺の居場所は大空なんだと痛感する。
やがて陽が沈む····空を見上げるといくつかの星が輝いていた『あの星は誰だろう』俺より先に逝った戦友達の顔が浮かんでは消える。
「よう!何をしているんだ?」
声をかけられ我にかえる。
「お前こそどうしたんだ」
歩み寄る戦友に尋ねる。
「食事はまだだろ、一緒にどうだ」
戦友は屈託の無い笑顔で応えた。俺も自然と笑顔になる。
「そうだな、行くか」
俺と戦友は並んで歩きだす。
「それにしても今日は危なかった、さすがの俺も死を覚悟したよ」
戦友はそう言うと右手を差し出した。
俺は立ち止まり、同様に右手で戦友と固い握手を交わす。
「毎回助けに行けるか判らないけどな」
戦友の瞳に眼差しを向ける。
「なに言ってんだエース、次も頼むぜ」
戦友は穏やかに微笑んで軽口を叩く。
エースか、俺は一瞬とまどったがここで否定すれば部隊の士気にかかわる
「判った、最善を尽くすよ!」
俺の宣言に応えて戦友が肩を軽く叩く
そして俺の肩に手を添えたまま、いつに無いシリアスな表情で語った
「パイロットも俺とお前だけになっちまった」
俺は黙ってうなずく。
「先に逝っちまった奴等は今頃どうしているかな?空から見ているのだろうか」
戦友の言葉に俺は1拍おいて気持ちを落ち着けてから。
「そうだな、だとしたら俺達はとんだ罰当たりだな」そう、安息の場で未だに殺し合いをしている。俺達は許されるのだろうか?
「何を言うんだ、俺達は生き残って先に逝っちまった奴等を弔ってやらないと」
戦友の語りはいつになく重たい。
俺は戦友を見詰めて
「そうだな悪かったよ、何としても生き残ろう!」力強く応えた、そうだな生き残る為の戦いだ!もう国の為とか総統閣下の為じゃない。
「その為には」戦友はそこ迄言って黙り込む。
「その為には?」俺は思わずオウム返しになる。
戦友は微笑みながら
「腹が減っては戦はできぬ、早いところ食堂へ行こう!」そう言って俺の背中を叩いた
「確かに!」俺も笑顔で応えた。
食堂の有るテントに入ると珈琲のいい香りが漂って来た。
「こいつは代用コーヒーじゃ無いぞ?」
鼻の効く戦友が真っ先に気が付く。
「そうだな、どう言う訳だ?」
困惑する俺達に向って老料理長が言った
「こいつは取っておきだ、ワシからのちょっとしたプレゼントだよ」
俺達が席に着くと、淹れたての珈琲が運ばれて来た。
「本物の珈琲なんて久しぶりだな」
戦友はその香りに酔いしれる。
「全くだ、ありがとう!料理長」
俺が料理長に1礼すると
「ワシ等の為に命を張っているんだ、気にしないでくれ」思わず胸が熱くなる応えが返ってきた。
そして。
「そう言えば新しいパイロットが明日の朝着任する話しは聞いているか?」
俺と戦友は料理長の言葉に顔を見合わせる
「その様子だと知らされて無いな?」
料理長は続けた。
「どんな奴なんだ?」戦友が尋ねる。
「ワシも話しを聞いただけだ、詳しくはないぞ」料理長は肩をすくめる。
俺には1つ気になる事があった、思い切って料理長に尋ねてみた。
「着任はともかく、俺達の交代要員なのか?」
パイロットが増えればローテーションが組める。その分、俺達の負担が少なくなるだろう。
しかし料理長の話しは俺の期待に反して
「予備機が有るだろう?そいつに乗せるようだぞ」
「Bf109 G10か、エンジンが不調と聞いているが?」俺はすぐに反論する。
「そう言えば、さっき工房を覗いたらダイムラー・ベンツの整備をしていたぞ」戦友の証言。
「エンジンを?」俺は驚きを隠せなかった、部品はどこから調達したのだろうか····?
料理長は「そう言えば、一昨日整備班の何人かが物資調達に遠征するので、食糧の調達を頼んでおいたが」
「もしかして、この珈琲か?」戦友はカップの縁をコンコンと指で叩く。
「ああ、そうだな。整備班が命懸けで持ち帰った物だ」
料理長は応える。
「東か?」俺は直感的に尋ねた。
「そこ迄は聞いてないが、おそらくはそうだろう」料理長は応えた。
『ベルリンの周辺地域ならば、まだ部品の生産を続けている地下工場が在るのかも知れない』
俺と戦友は顔を見合わせ、同じ事を考えていた。
「そうなると、新しいパイロットはベルリン防空戦に就いていたのかも知れないな」俺が戦友に尋ねる。
「腕前は期待しても良さそうだ」戦友が応える。
「それならば新しい機体は何としても仕上げて貰わないと」そう言って俺は珈琲を喉に流し込み席を立つ。
「おいおい、勿体無いなぁ」戦友もそう言いながら珈琲を飲み干すと席を立った。
「2人とも何処へ行くんだ?」料理長が尋ねてきた。
「整備を手伝ってくる」俺が応えると「食事はどうするんだ?」料理長が尋ねる。
「機体の整備が終わってからだ」戦友が1言。
「急がなくても戦争は逃げやしないぞ」
料理長の言う事も判るが、明日の朝にはパイロットがやって来るのかも知れない。
そう考えると、のんびりとはしていられない!俺達にも出来る事が有るだろう、事は1刻を争うのだから。
Bf109 G10 のエンジン、ダイムラー・ベンツの整備が終わり機首に設置。
動作確認を終えると整備班から歓声が上がった微力ながら手伝った俺達も嬉しくなる。
「よーし!皆んな良くやった。少し遅くなったが、食堂で飯でも食って出撃に備えよう!」整備班長が皆を纏めて食堂へと向かった。
俺と戦友は掩体壕に残り、新たな命を吹き込まれた機体を眺めていた。
「コイツに乗るパイロットは幸せ者だな」
戦友がポツリとつぶやく。
「全くだ、これ程祝福を受けた機体は見た事が無い」俺もガラにも無く応えた。
「ハッハッハ!」戦友が俺の肩に腕を回して笑う。その時、俺の腹が鳴った。
「行くか?」戦友が親指を立てて、くいっと食堂の方に向けた。
「そうだな」
俺と戦友は掩体壕の灯りを落とし、発電機のスイッチを切った。
月明かりの下、滑走路を食堂へと歩く。
「なぁ、戦争が終わったらどうする?」
戦友の放った言葉に胸が跳ね上がる。
「お前はどうするんだ?」何処かで戦争が続く事を望む自分がいた。だから戦友の問いには応えなかった。
「そうだな、民間のパイロットなんて良さそうだ」戦友の語りは続く「戦後復興には人も金も必要不可欠だ。腕の立つパイロットは引く手数多だろうな」
確かに戦友の言う事には説得力がある。
「俺は····操縦桿を握るのはもういいかな」
民間機のパイロットも悪くは無いが、戦争の記憶は消えそうに無い。
「おいおい、空を忘れるのか?」
戦友の言葉に再び胸が跳ね上がる。今日は心臓に悪い日だ。
「そう言う訳では····」言葉に詰まる。
「まぁ、いいさ。オマエの人生だからな」
戦友は心惜しげに語る。
食堂に着く。
大きなテントに近づくと、中では随分賑やかにやっているようだ。
「珈琲の他にも何か有るのかな?」戦友はそう言うと中に入って行った。
俺も続く。
テントの中では整備班員にワインが振る舞われていた「おいおい、どうなってんだ」あ然とする戦友。
「とりあえず、空いている所に座ろう」
俺は戦友を手招きして隅にある席に着く。
何処からか国歌が聞こえる。ラジオの様だが、まだ放送を続けている所がある事に違和感を感じる。
「ベルリンはまだ抵抗を続けているのか?」
戦友が俺に耳打ちした。
「まさか、完全包囲されてかなり厳しい状況のはずだ」俺は応える。
「では、あのラジオは何処が流しているんだ」
戦友が再び耳打ちする。
「それは····」俺は顎を指でなぞりながら考える。しかし明確な答えは出ない。「悪いが判ら無い」そう言うと、料理を運んで来た給仕が、俺達の食事をテーブルに並べながら「地下鉄の路線から、ベルリン郊外へ逃れた者が居るんですよ」
戦友は「それは確かなのか?」給仕へ尋ねる。
俺も半信半疑だが、つじつまは合っている。
「間違いありません。この基地の整備班が実際に接触しています」給仕は語る。
「明日の朝に着任するパイロットか?」俺は給仕に確かめた。
「そうです!良くご存知ですね」給仕はそう言うと、ごゆっくりと言い残し調理場へ戻った。
「何と言うか、謎は深まるばかりだな」戦友は運ばれて来た珈琲をすすりながら1言。
俺も珈琲をすすりながら考える。給仕の言う事が確かならば、ベルリン管区軍は郊外へ逃れたと言う事になりはしないか?
戦友は「お前の考えている事は、だいたい判る。司令部が首都から逃れた可能性は否定出来ない」パンにラードを塗りながら語る。
「だとしたら、ソ連軍と戦っているのは何処の部隊なんだ?」俺は思った事をストレートにぶつけてみた。
「国へ帰れない奴らじゃ無いのか?」戦友はそう語るとパンを口に運んだ。
「外国人部隊か····」俺もパンを食べる。
黙々とパンを食べる2人。
「ところで」戦友の1言が静寂を破る「俺達にワインが無いのは何故だ?」
「いつ出撃命令が下るか判ら無いからな」
俺は淡々と語ると、パンを珈琲で腹に流し込む。
「でもさ、1口くらいは良いんじゃないか?」
戦友の言う事も判らなくは無い。だが1口飲んだらコップ1杯、コップが空になればもう1杯。火を見るより明らかだ。
「この戦争も、直に終わる。それまでの辛抱だ」少し意地の悪い言い訳だったかな?
「おいおい、チェっ!仕方がないか」
戦友も珈琲を飲み干す。
「料理長!ごちそうさま!」
俺と戦友は食堂を出ると、基地司令官の元へ向かった。
その道中。
俺は気になっていた事を戦友に尋ねた。
「こんな話を聞いた事はないか?」
「ん?どんな話だ?」
戦友は地上部隊がアメリカ軍と戦った時に手に入れたクラッカーを食べながら答えた。
「辺り1面暗闇に包まれていて、大地には撃墜されたと思われる戦闘機の残骸が····」
俺がそこ迄話すと、戦友は1言
「空の墓場だな」
「知っているのか!」
俺は慌てて聞き返す。
「飛行機乗りの間では良く知られた話しだ」
戦友は続ける
「なんでも、空で死んだ者が行き着く果てだとか。それがどうかしたのか?」
「俺は、そこから戻って来た」
戦友の目を見ながら応えた。
「そう言えば、お前と初めて会ったのはプラハだったな」戦友は記憶を辿る様に話しを続けた。
「俺達が敵に囲まれて、苦戦していた時だ」
「お前が何処からとも無く現れて····」
戦友の歩みが止まる。
「おいおい、まさかとは思うが。本当に墓場から戻って来たのか?」
戦友は驚きを隠せない様子。
「この期に及んで嘘をついてどうなる?」
俺は真摯に応えた。
「だけど、いや!確かにお前は嘘をつく様な者ではない、でも····」
戦友は軽く混乱している。
『この話しは俺の胸にしまって置いた方が良かったかな』
後悔先に立たず。もうどうにでもなれ!
「ふーっ!」
戦友は大きく息を吐き、落ち着きを取り戻した様だが····。
戦友の目は俺を捉えて離さない
暫くして、彼は右手を差出してきた。
俺も右手を向ける。そして、固い握手を交わした。
「お前が何者だろうが、大切な友である事は変わらない」戦友はそう言うと、軽く微笑んだ。
滑走路の脇にある管制棟、その1棟に明かりが灯っている。
「司令官を待たせちまったかな?」
戦友は明かりの付いた棟の扉を軽くノックした。
中からは
「入れ!」司令官の声だ。
俺と戦友は司令官に今日1日の出来事を報告。
その後司令官より、新しく着任するパイロットに関する詳細な連絡を受けた。やはりベルリン防空に応っていた様だ。
更に新しく着任するパイロットが搭乗するBf109 G10に回す燃料と弾薬が不足している点を相談する。3人で話し合った結果、各機体の補給を調整すれば後数回の戦闘は可能との結論に至った。
司令官は「後少しの辛抱だ、各員の奮闘に期待する」と最後に付け加えた。何かを知っている様な口振りだが、質問しても答えは返って来ないだろうな。
俺達は司令官に敬礼をしてその場を離れた。
「司令官の話しぶりから察するに、次の出撃は明日の昼頃だな」戦友が語った。
「ああ、それまで充分な睡眠を取っておこう」
俺が応えると。
「朝には目を覚ましてくれよ?パイロットを迎えなければならない」そうだった!戦友が指摘しなければ、忘れてしまうところだな。
「明日は9日か、司令官の話しぶりだと戦争終結が近い様だな」俺は、話題を変えた。
「そうだな、だが敵はほぼ毎日やって来る。1体全体どうなっているんだ?」戦友はボヤく。
確かに不可解だ、こんな小さな基地に戦略的価値が有るとも思えない。
俺が考え込んでいると。
「もしかしたら、他の部隊は抵抗を止めているのか?」戦友が少し気になる発言をした。
「だとしたら、俺達の戦う理由が覆る」
俺はストレートに応えた。
「そうなんだよな、もしかしてドイツを守る戦いは終わっているのかも」戦友の更に問題が有る発言。
「待ってくれ、戦争は既に終結しているとでも言うのか?」俺は戦友に尋ねる。これでは抵抗を続ける俺達の立場が危うくなる!それだけは受け入れ難い。
「そうなんだよな、もしも戦争が終わっているとしたら····」戦友はそこ迄語ると黙り込む。
「戦争が終わっているのならば、何らかの形で戦闘停止の指令があるはず。お前は何処かでそれを受けたのか?」俺は思わず声を荒げる。
「まぁ、少し落ち着け!明日になれば判る事だろ?」戦友の1言で、俺は我に返る。
「済まない、確かに明日着任するパイロットに尋ねれば状況は把握出来る」そう、全ては明日だ。
「しかしなぁ、敵の動きも不可解だ」
戦友はそこで話しを切る。このまま続けても堂々巡りになるだけだ。
そして丁度のタイミングで宿舎に着く。
「明日は7時頃に起きれば良いだろう」
戦友は腕時計を見る。
「判った、良い夢を」
俺は自室の前で別れを告げる。
「悪夢でなければ何でも良いさ」
戦友はそう言って、夜空を見上げる。そして軽く手を振り自室へ入った。
俺は、戦友を見届けると夜空を見上げた。
満天の星空に圧倒されそうだ····
翌朝。何やら外が騒がしい?俺は時計に目をやる。
まだ5時だ。
もう少し眠って····ではなく、慌ててベッドから身を起こす。
耳を傾けると何処からか戦車の走行音が聞こえる。かなり近いぞ?これが航空機ならばエンジンの駆動音で機種の判別が付くが、戦車となれば門外漢だ。
急いで身だしなみを整えると、外へ出た。
基地の正面ゲートに人だかりが出来ている。滑走路を横切りゲートへ向かうと、戦車の車列が基地へと入って来るところだ。
先頭はパンター、そしてヘッツアーが2両、更にトラックが続く。後ろには人の列、避難民か?パッと見て5、60人は居るぞ。
各車両がゲートを通過、そして最後のトラックが通過すると、ゲートは閉められた。
基地の外へ残された避難民達は中に入れてくれと懇願するも、ゲートが開く事はない。こればかりは仕方がないか····この基地は軍事拠点であって、難民施設では無い。
パンターの戦車長が戦車から降りて、俺の方へ歩いて来る。何か用があるのか?俺には心当たりが無いぞ。
迷彩服に身を包んだ戦車長は俺の前に立つと姿勢を正し、ピシッと敬礼をする。俺も姿勢を正し敬礼を返した。
「貴官はこの基地のパイロットであるか?」
戦車長の言葉使いは少し堅苦しいが、本来軍隊と言う所はこう言う物だ。
「そうであります!貴官の部隊を歓迎いたします!」俺も戦車長に合わせる。
戦車長は右手を差出す。俺はその手を取り、固い握手を交わした。
「司令官にお会いしたい」
戦車長の表情が少し緩み、俺に尋ねる。
「あちらの管制棟になります。ご案内します」
俺が明かりの付いている部屋を指差すと。
「貴官の手を煩わせる程の事ではありません」
戦車長は、そう言って敬礼をすると管制棟へと向かった。俺は敬礼で見送る。
「何をしているんだ?」
戦友がやって来て俺に尋ねる。
「彼を司令官の元に案内していたんだ」
俺は管制棟へ向かう戦車長に目をやる。
「あの迷彩服····国防軍では無いな?」
戦友はくわえタバコに火を着けながら、戦車長を見ている。
「即席編成の部隊の様だからな」
俺は空いている掩体壕に納まった戦車を指差す。
「あれは戦車か?随分と小さな車体だな」
戦友は、おそらくヘッツアーの事を言っているのだろう。確かに小さな車体だが、主砲は75mm L/48。主力のⅣ号戦車と同じ物だ。
「少し見て来るか」
戦友は掩体壕に向かって歩きだした。
『そう言えば、新しいパイロットはどうなっているんだ?』俺はトラックから降りてきた兵士達に話しを聞くべく、彼等が休息を取っている食堂へと脚を運んだ。
テントの中は、ちょっとした賑わいを見せている。食事中の兵士達は皆20歳にも満たないと思われる少年少女、兵士と呼ぶには余りにも若い。
まさか新しいパイロットも?俺の中に暗雲が立ち込めた。
だが、この程度で滅入っては居られない!相手が誰で有ろうと、歓迎しなければ。
俺は手近な席に座っている少年にパイロットの件について尋ねた。
「それなら、彼ですよ」少年が指差す先には、テーブルに突っ伏して眠る1人の兵士。迷彩服に身を包み、髪は乱れて歳の頃は10代と思われる小柄な少年だ。まぁ、メッサーシュミットのコクピットは狭いので小柄なのは良しとしよう。
問題は身だしなみだ。
迷彩服が所々破けているのは仕方がないとしても、髪は整えておくべき。それがパイロットの空に対する礼儀だと思うぞ。
俺は足取り険しく少年の元へ。
そして眠っている身体を揺さぶり起こす。
「はいっ!」少年は驚きの声を上げ、目を覚ます。そして俺の姿を見ると目を見開き慌てて立ち上がり、敬礼。
「僕、いや。自分は····」
「自己紹介は後でかまわん!」俺は間髪入れずに突っ込み、さらに続ける「その頭はなんだ!パイロットたる者、身だしなみには気を付けろ!」
少年は両手で髪をまとめ始める。しかし上手くまとまらない。
「仕方がないな、後で整髪剤を支給する。俺に付いてこい!」少年は落ち込んでいるぞ?こんな者がエリートであるパイロットで良いのか!
「あの、どこへ····」少年は、か細い声で尋ねてきた。
「新しい機体まで案内する!飛行時間と機体名を答えよ!」少し厳しく当り過ぎかな?しかし空に上がれば互いに命を預ける事になる、厳しいくらいが丁度いいだろう。
Bf 109 G10が収まる掩体壕に到着。
「これは····K4?」少年が俺を見上げる。
その時「違うな、G10だ」背後から、戦友の声が聞こえた。
俺と少年は後ろを振り返る。戦友が微笑みながら近づいて右手を差し出すと、少年の表情が緩み戦友と固い握手を交わした。
『こう言う場面ではアイツの方が上手だな』
戦友と初めて出会った時も、いきなりハグされた。そして戸惑う俺に、ありがとう!と笑顔で1言····俺の警戒心が解けて、意気投合したんだよな。
戦友は少年をコクピットに座らせて、何やら説明をしている。『俺の出る幕はないか』
「悪い、先に食事を済ませてくる」俺は、その場を離れた。
食堂にて。
今朝も淹れたての珈琲が出て来る。さっきまで居た学徒動員兵にも振る舞われていたぞ、1体どれ程の珈琲豆が手に入ったんだ?
それに引き換えパンにラードは相変わらずだな、こちらの方を何とかして欲しかった····。
まぁ、食べる物が有るだけマシか。
様々な思いが頭を巡るが、こうして食事が出来る事に感謝しないと。
そんな事を考えながらパンを口に押し込んでいると、給仕がトレイを持って俺のテーブルへやって来た。
「今朝は特別ですよ!」彼は元気に声を張って、ソーセージとサラダをテーブルに載せた。
「これは····!」何とも言えない良い香りが漂う、俺は給仕と料理長を交合に見る。その時、出撃を知らせるサイレンが鳴り響く!「それは戻ってから食べる!」1言告げて食堂を飛び出した。
愛機の納まる掩体壕に着くと、整備兵が給油中だ。「すまない、急いでくれ!」俺は給油を急かし、ドーラのコクピットに入る。
計器盤を見ると燃料計の針がジリジリと上がっている『まだか、まだか!』気ばかりが早る。
「少尉!」声のする方を見ると伝令兵と目が合った「管制塔が西方より接近する複数の敵影を確認!1つは大型、爆撃機です!」B 17か!あるいはランカスターか?どちらにせよ厄介な相手だ!
伝令兵は続ける。
「先にメッサーシュミットが出ます、少尉はその後になります!」妥当な判断だ、しかし。
先程の少年兵は大丈夫なのか?パイロット適正は未知数だ。不安ばかりが頭を過ぎる····
「メッサーシュミットは2機なのだな?」俺は伝令兵に確認する。
「そうです、2機出撃します!」伝令兵は敬礼をすると、足早に去って行った。
俺はコクピットから出ると歩を進め、掩体壕の入口で2機のメッサーシュミットの離陸を見送る。戦友は俺に気が付き、手で出撃サインを送ってきたが、少年兵は離陸に精いっぱいで俺には目もくれず空へ。
『余裕が無いのか?増々不安になってきたぞ』
しかし、空に上がると性格が豹変するパイロットもいる。少年兵はその手のタイプかも知れない····勝手な思い込みだが、今はそれに賭けるしかないか。
その時、エンジンの駆動音が聞こえた。
『これは戦車だ、しかし敵地上部隊の接近は聞いてないぞ』
何やら嫌な予感がする。俺は戦車のエンジン音が鳴り響く掩体壕へ急いだ。
たどり着くと、整備兵の誘導でパンター戦車が壕から出て来る所だ。キューポラには先ほど管制棟への案内をした迷彩服の軍曹が納まっている。
「敵地上部隊が接近しているのか!」俺はエンジン音に、かき消されないよう大声で話しかける。
「接近の報は受けておりません!」軍曹も大声で答えた。
「では、何故出撃をするのか!」壕の中に目をやると、食堂で見かけた学徒動員兵達がパンツァーファウストを手に待機している。
「我々は逃げ延びる為に此処へ来たのではありません!」そう答える軍曹の目は決死の覚悟を帯びている。
まったく、どいつもこいつも!
「そんなに死に急ぐのならば、戦車部隊だけで出撃せよ!動員兵はこの場で待機を!」
「貴官は自分の上官ではありません!その命令には従えません!」軍曹は目の色を変えずに答えた。
『この状況でよく言う!どんな修羅場をくぐって来たのかは知らないが、』「狂っていやがる!」俺は軍曹を睨みつける。
「少尉!離陸の準備が出来ました!」俺を呼ぶ声が聞こえる。
「いいか!動員兵を1人でも殺したら俺が許さないぞ!」俺は軍曹に叫ぶ。
軍曹は敬礼で答え、車列を発進させた。
『クッソ!俺も急いで離陸しないと!』
ドーラのコクピットに入り、キャノピーを閉める。整備兵の誘導で滑走路へ出ると、ゆっくりとエンジン出力を上げて離陸。高度6000まで機体を上昇させると水平飛行に移る。
敵機が接近している西方へ機首を向けると、すぐに大きな機影が目に映る。
『あれはB 17 爆撃機だ、単機でこちらに接近している?メッサーシュミットは護衛戦闘機に足止めを喰らっているのか!』俺が何とかしないと!
B 17の正面から突撃する!衝突ギリギリで回避、その瞬間の1秒程に機関砲を単連射。
「外した!」まだ、これからだ。
ドーラを旋回させて後方に着く。後部銃座からの射撃を避けながら側面へ、「あれは何だ?」機体側面に大きな十字が記してある。
側面銃座の射撃範囲外まで距離を取り、基地司令官に無線で状況を知らせて指示を待つ····
「全機に告ぐ!戦闘を中断、帰還せよ!速やかに帰還せよ!」司令官の声で戦闘停止の命令が下った『どう言う事だ!B 17をこのまま見逃せと?』それに戦友と少年兵はどうなったのか····
仕方がない、司令官の命令は絶対だ。
「了解!これより帰還する····」後ろ髪を引かれる思いだが、私情で行動すれば厳罰に処される。それはエリートたるパイロットにとって、資格剥奪を意味する。
俺はドーラを加速させ、基地へと戻った。
滑走路に着陸すると、伝令兵が駆け寄り何かを叫んでいる。キャノピーを開き何事かと尋ねる。
「全ての戦闘行動を停止!武装放棄の命令が出ています。コクピットから出て、この場で待機してください」
····!
来るべき時が来たか、俺はドーラから降りると機体に寄りかかり空を見上げる。先ほどのB 17が基地を横切り飛び去って行く····
しばらくして、多数の紙片が舞い降りてきた。
足元の1枚を拾おうとしたが、確認するまでも無い。
戦争は終わったんだ。
俺は食堂へと向かい、中に入る。学徒動員兵達の姿がフラッシュバックしたが、料理長と給仕しか居ない。目を閉じて、こめかみに手を当てる。
「無事だったのか!さあ、そこに座れ」
料理長に促されテーブルに着くと、すぐに料理が運ばれて来た。
「今朝のソーセージとサラダは傷んでしまうので、スープにしました」給仕がスープとパンをテーブルに置く「ごゆっくり」そう言い残し給仕は調理場へ戻る。
スープの香りが鼻をくすぐり、俺は思わず生唾を飲み込む。
それにしても。
先ほどから外が騒がしい、まぁ俺には関係ないか。黙々とスープを口に運ぶ。
食事を済ませて外に出ると、基地内にアメリカ陸軍の姿が見える。そう言えば軍曹の戦車部隊はどうなった?この様子だと全滅したか、あるいは武装解除されたか。
滑走路を見ると俺のドーラそして2機のメッサーシュミットが駐機している。
『戦友と少年兵は無事に戻れたか····』
それよりも。
ドーラのコクピットにアメリカ兵が納まり、その様子を宣伝部隊と思われる兵士がカメラで撮っている。
俺の身体が熱くなるっ「おい!そこの間抜け面!ドーラから降りろ!」駆け出した俺は2人のアメリカ兵に取り押さえられた。
「離せ!」暴れる俺は更に集まったアメリカ兵に囲まれる「どいつもこいつもニヤけた顔をしやがって!」叫ぶ俺にライフルが突き付けられた。
「クッソー!」叫び声は空に響く。
日は西へ傾き、雲はオレンジ色に染まる。
俺と戦友そして少年兵は掩体壕の前にしゃがみ込み、武装解除の様子を眺めていた····
戦友はアメリカ兵から渡されたクラッカーを食べている。
「美味いのか、それ?」俺の問いに戦友はクラッカーの箱を差し出す。1枚手に取り口へ運ぶ「それなりに美味いな····」ボリボリと喰らう。「僕にも····」少年兵も1枚取り食べる「それなりに、ですね」
ふと、基地のゲートを見ると1台のトラックが入って来た。トラックは食堂の前に止まると、荷台から武装解除された学徒動員兵達が降りてくる。
「あいつら生きてたのか!」思わず声が上がった。
「ん?何処だ?」戦友の問いに、食堂前を指差す。
「何だ?あのガキ共がどうしたって?」戦友は素っ気ない。
「彼等とはベルリンを出た時から行動を共にしていて、良かった····」少年兵は感極まったのか涙目だ。
その様子を見た戦友は「そうか、良かったな」少年兵の肩を叩く。
俺は立ち上がり、大きく背伸びをする。足元には戦友と少年兵の長い影····俺の影は、無い?どう言う事だ!
身体全体が、ぽうっと光り解れて行く『俺の役目もここまでか、空の墓場へ戻るんだな····』不思議と恐怖感は無い、今は空が恋しい。
解れた物は黄昏空へ昇って行き、全て溶けた。
完
空中戦の果てには(完結編) 小野ショウ @ono_shiyou
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