この古民家はお好きに使っていただいて構いません

「めっちゃ緊張する……俺、うまくできるかな?」


 正直言って、俺はいまめちゃくちゃに緊張している。


「大丈夫ですって、僕もサポートしますし」


 坂下はそう言って俺の肩を叩く。流石は一年以上この村にいるだけのことはある。


「ていうか、慣れました?」

「え……いやそりゃもう! やっぱさ、俺に必要なのは自然だったのよ。ここに来る途中でも思ったけどさ、マイナスイオンによるセラピー効果、美味い空気に飯に……なにより水!」


 島根の、とくにこの村の水は特別だ。飲むとみるみる力が湧いてくるし、その水で育った野菜や魚は、その味を知ってしまったらもう他のものは食べられないくらいだ。ただ、この良さがわかるのは……目覚めた人間だけだろう。


 坂下には感謝している。身勝手な俺を、散々迷惑をかけた俺をこの村に受け入れてくれた。最初理由人様に触れていただいた時には縊魚児が邪魔をして目覚めることができなかった。だけどその後、龍神様の一部を直接注いでいただいたおかげもあって、私は今、活力に満ち溢れいてる。

 頭の中は常にクリアで、自らがなにをすべきか、なんのために生きるかが明確になったのだ。こんな境地に達することができるのは、この年齢では貴重なことだろう。

 だけど……それでも緊張するものは緊張する! だって今日は……


ぎゃああああああああああ!!


「うおー暴れんなって! 意外と抜くの難しいなぁ」

「まぁゆっくりでいいですよ。最初は僕もそんなもんでしたし」


 そう、今日は俺が村の一員、一人の男として認めてもらえるかが決まる大事な日。子供を龍神様のもとに流す、儀式が行われるのだ。そしてそれを、俺がやる。と言っても、前回坂下が俺の前で見せてくれてから一週間くらいしか経っていない。本来はこんな短期間で流さないのだが、贄の子のストックがあるのでせっかくならということらしい。

 贄の子を産む役割を与えられていた母親は少し前までは一人しかいなかったが、いまは坂下の部下だった榎本さんもその一人になったこともあり、子供が生まれるスパンが早くなったのだ。


「にしてもさ、ずっと思ってたけど……なんで歯抜くんだ?」

「ああ、それ僕も気になって聞いたんですよ。なんかこの肯定だけ無駄な気がしてたんで……そしたら瀬川さんが」


「大昔んに縄を噛みちぎって逃げた奴がいんだってよぉ。そっから抜くことになったらしいどぉ」


 驚くほど拍子抜けする理由だった。でもまぁ、確かに丹精込めて育てた生贄に逃げられたんじゃたまったもんじゃない。とくに大昔ってことならいまより子供も貴重だったことだろうし……


いぎぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!


「オッケー、全部抜けた!」

「いいですね、それじゃあ行きましょうか」


 子供を抱えて龍の口まで向かう。大変だが、龍神様のため……この村の、水のためだと思うとやる気が出てくる。


 龍の口まで辿り着き、練習通りに丸太に贄を縛って首にもくくる。そしてそれを固定し……


「ええと……りゅ、龍神様、此度の供物、あなた様の子と成り得る童、どうぞ縊魚児として、お迎えください!」


 俺の流しデビューは、こうして無事終了した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 洞窟を出て森を歩いていると、久淵山から歌が聞こえた。


ぎぃあああ ぎゅぼぉぉあ ぐゅがああああああああ


 うん、ちゃんと縊魚児になった証だ。そう思い坂下を見ると、優しく微笑んでくれた。久淵山が、俺を見守ってくれているような、そんな気がした。


 坂下は、この村の青年団のリーダーだ。俺や井村さん、松木君はその下で働いている。

 そういえばと、俺は江本君が町田で死んでいたということをみんなに話した。それを聞いたみんなは龍神様の祟りだって笑っていた。一度魅入られた人間が逃げることなんてできるわけがないと、そう言っていた。俺からすれば江本君は損なことをしたもんだと思う。彼は民宿の人たちにも好かれていたようだし、ここでならうまくやっていけただろう。東京で役者を目指すなんて、どうせただの社会不適合者、誰の役にも立たない癖に意識たけ高く、安い居酒屋で演技論を語るくだらない大人になる未来しかない。


 俺たちの仕事は、ずばりこの村の広報だ。近年の空き家、過疎化問題はこの村も例外ではない。これが加速すればいずれこの村は廃れ、龍神様を祀り、水を守る人間がいなくなってしまう。当然村人がいなくなるということは生贄もいないということだ。そこで俺たちの出番。若者の視点で、村人たちには出ない方法でこの村のアピールをしていくことになった。

 幸い、俺たちはプロとして映像制作の仕事をしていた。技術はもちろん、SNSの使い方もわかっている。井村さんはプロデューサーだつたし、俺はディレクター、松木君は俳優、そしてなにより我らが坂下には、監督としての才能があると俺は思っている。


「やっぱりさ、この村を活かしたPR作品を作るのがいいと思うんだよ」

「でもそうなると……」

「やっぱり、ホラーだよなぁ」


 井村さんの提案に坂下は頭を掻きむしる。


「んえー、だから僕ホラー苦手なんですって! 水沢侑子に追っかけられた時めちゃくちゃ怖かったんですから!」

「わかる、俺は穴の中で四つん這いの侑子に追いかけられたから」

「あーもう想像させないでくださいよ!」


 男四人でなんのしがらみもなく、村を、守りたいものを守るために話し合う。こんなの、いままでの仕事ではできなかったことだ。


「それならさ……」


 俺は三人に、ある提案をした。少し前から考えていた企画だ。


「モキュメンタリーホラー体験って、どう?」


 脱出ゲームやお化け屋敷、VRゲームのような体験型アトラクションを、この村で大々的に行うのだ。希望者は古民家に泊まってもらい、台本に沿った生活をしてもらう。そして、この村の因習に巻き込まれていく。


「で、その因習ってのは坂下が作ろうとしてた歯の祠、あれを軸に構成していってさ……空き家もいっぱいあるから同時に何人もできるだろ? どうかな?」


 しばしの沈黙の後、私の提案で、その場が沸いた。俺たちはすぐに企画書を作り、村の人たちに相談した。もちろん懐疑的に見る人たちも多かったけど、新しい風をこの村に吹き込む、それが龍神様のためになると、本気で説得した。

 ほんの一週間前まで余所者だった俺の意見を、みんな受け入れてくれて、なんてあったかいんだろうって、そう思えた。


 




 これだけ俺の考えを変え、悩みも何もかもを吹っ飛ばして生きるための道筋を示してくれたこの村に、みんな興味はないだろうか?

 あの儀式や久淵山、縊魚児や龍神様のことは事実なのか。気にならないだろうか?

 もちろん、余所者は久淵山に入ることは禁じられている。でも俺は、そこも含めて改革が必要だと思っている。もっとたくさんの人に、この村のことを知って欲しい。本当に素敵な場所なんだ。

 俺は今、SNSに載せる文言を考えている。それは、こんな感じでいこうと思っている。



この古民家はお好きに使っていただいて構いません

ただし、どんな恐ろしい目に遭っても我々は干渉しません

リアルな因習村に、飛び込んでみませんか?

【モキュメンタリーホラー体験 近日開催予定】




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




【注意喚起文書:寄生虫被害の拡大について】

 近年、水生寄生虫による人体への寄生事例が複数確認されている。事例として多く報告されている症状としては腹痛、下痢、吐き気等の軽度症状に留まる場合もあるが、一部の寄生虫種においては、強度の幻覚作用、異常行動、妄想的言動を誘発する事例が報告されており、地域住民の生活および公衆衛生上、看過し得ない状況が生じている。

 寄生虫の多くは河川水・湿地帯・湖沼等の水域に生息し、水棲生物に寄生するほか、未処理の水を介して人体へ侵入する可能性が指摘されている。


 ついては、各位におかれては、以下の事項を厳守されたい。


 河川水・井戸水・湧水等、自然水源の水を飲用に供する場合は、必ず十分な煮沸処理を行うこと。


 魚類・甲殻類その他の水棲生物を摂取する際は、中心部まで完全に加熱すること。


 発熱、著しい倦怠感、視覚・聴覚異常等、通常の食中毒症状と異なる兆候が認められた場合は、速やかに医療機関へ相談すること。


 なお、寄生虫由来の症状は進行が早く、適切な医療措置を行わない場合、重大な健康被害を引き起こすおそれがあるため、各位においては危機意識を持ち、上記指針の徹底をお願いする。


以上。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モキュメンタリーホラー映像を作ることになりました 鈴木一矢 @1kazu8ya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画