出土品の由来について

かたなかひろしげ

後乗せ

「それじゃあ、家の軒先を掘ったら骨が出てきた。ってことですか」


 苦々しい顔をした海堂さんは、手にした電子タバコを、そのごつごつとした指先で器用にくるくると回しながら相槌を打った。


 家主の中島さんから、家の建て替えを機に、庭に温室を作りたい。という相談を受けたのが三ヶ月前。それでは家が完成するのを待ってからの作業開始で、という口約束ではあった。だが蓋を開けてみればどうだ、工事は始まったものの、一向に建屋の作業に着手する様子はなく、着手当時は庭で動いていた油圧ショベルも、いつの間にやら姿を消していた。


 少なからず受注を当てにしていたウチの会社としては、あてが外れた、というわけだ。


 幸いにして、中島さんの妻が「温室の設計は家が建ってからの方がいいのでは?」と言うので、設計費を無駄にかけることは避けられた。ただウチとしては決まりとして、見積費用だけは請求させてもらうことにしているので、営業費としては痛み分けといったところだろうか。


 そもそもがきな臭い話ではあったのだ。近隣でも有名な「呪われた家」と呼ばれている物件の建て壊しと新築作業。建て壊しを始めたその日に、熟練工であるショベルのオペさんは、バケットの先に微細な違和感を感じると、すぐさまにその手を止めた。新人であれば気が付かずに掘り進めていたかもしれないが、金に糸目をつけずに実績のある業者に依頼したことが、今回は逆に仇となった。


 根切りとして掘削された穴の中を、職人達がショベルで手掘りをしてみると、そこからは泥まみれではあるものの、様々な文様をした土器を掘り当てた。

 本来であれば土器のようなものが工事で出土した場合は、地元の教育委員会に報告の義務がある。そこから調査が入ることで、当然工期は大きく遅れるのが通例であった。だが、高額な金で集められたベテラン職人達は、工期が伸びるのを当然のように嫌い、「ひとまずなにもみなかった」ことにした。


 場所も公道を掘り起こしているわけではない。工事塀で囲われた私有地の中を掘っているのだ。誰も言わなければバレる心配もなかった。


 そう。その日までは───


 職人の一人がいつものように、出土した土器のかけらをズタ袋に放り込んでいると、その中に人骨らしきものを発見したのだ。面の皮の厚いベテラン職人でも、流石にこれは見て見ぬふりは出来ぬと、警察を呼ぶ羽目になり、かくして工事は中止されることとなった。


 「そもそもがこの家、ちょっと問題があったんだろ?」

 

 俺は海堂さんに、この家について聞きかじっていた、所謂いわゆる「よくない話」を聞いてみることにした。


「近所のジジババ連中には、あの土地は忌み地だと随分と怖がられてるみたいだが、俺が聞いた分には憶測おくそく尾鰭おひれが付いただけみたいだ」


 海堂さんが中島さんに聞いた話によると、この家はそもそもが一族で使っていた土地であり、先の取り壊す前の建屋は、父と母の世代に建てたものらしい。ところが、近年になって母が亡くなり、父が失踪した。長男も失踪して久しく、それを次男である中島さん夫妻が継いだ。中島さんはもう処分としても良いと思っていたが、奥さんが立て直しをして住もうと言い出した。

 しかしそのまま住むには建物の痛みが激しく、立て直しをしよう、という話になり今の話に繋がる。


 中島さんいわく、父と母が続いてそういうことになったのを、近所の人は悪く言っているのではないか、という話であった。



 ───そんな話を海堂さんから聞いた数カ月後。

 俺は職場の喫煙所で黄昏たそがれている海堂さんを見つけた。


 「海堂さん、お久しぶりです。そういえばあの温室の案件、その後どうなったんですか?骨が出た、って言われてたとこ」

 「どうもこうもないよ。流れた。ご主人が逮捕されて話自体が有耶無耶うやむや。そもそもが新築後に着手する、っていう口約束だったからな。まあ仕方がないさ」


「逮捕。って穏やかじゃないですね。何があったんですか?」

「簡単な話だよ。出てきた骨は確かに古いものだったのだけれど、その中にごく最近の、中島さんの父上の骨まで出てきて、そこから更に掘ったら行方不明だった中島さんの兄の骨も出てきたらしくてな。そしたら程なく中島さんが逮捕されたよ」


「それって、中島さんが骨を埋めたことに関係してる、ってことですか?」

「その疑いがある、って話らしいぞ」


 おもむろに俺は海堂さんが喫煙室で開いているノートパソコンの画面を横から覗いた。

 あまり気持ちの良くない話だが、中島さんの夫婦仲はあまり良くなかったのかもしれないな。


 「ほら、見てください、メールのここです。この見積料金の払込とキャンセルのメールのPDF、送信日こそ昨日ですけど、PDF作られたのは、こちらから見積送った翌日です。これ……奥さんは断ることを最初から決めてた思いますよ」

「どういうことだよ。中島さんとは見積送ったあとも何度か打ち合わせしてるぜ? 温室の件、間違いなく本人は乗り気だった」


 温室を建てる気でいた夫と、本心はその気がなかった妻、か。

 果たしてそれだけだったのかは今となってはわからないが、果たして中島さんが犯人だったとして、自分が骨を埋めた場所を、掘り起こすような建て替えなどするものだろうか。それではバレてしまうではないか。どうにも腑に落ちない話だ。


「まあ、ウチとしては関わる前にわかって良かったけどな」

「そういや出てきた石器だけどな。埴輪とかだったらしいぞ。土器とかなら兎も角、あれって、埋葬品だよな。そもそもあの家、どういう土地だったんだろうな?」

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