『灰ヶ原奇譚──午前0時04分、出口は一人分』
ビビりちゃん
第1話 「最後のバス停」
1. 山道のバス
夜の山道を、バスはひたすら走っていた。 窓の外は真っ暗で、街灯も家の明かりも見えない。 時折、ヘッドライトが照らすのは、曲がりくねったガードレールと、黒々とした森の壁だけ。
車内には俺ひとり。 座席のビニール地は冷たく、背中にじわりと汗が滲む。 エンジン音とタイヤがアスファルトを擦る音だけが、単調に続いていた。
終点まであと二つ――そう運転手が告げたのは、三十分前だった。 だが、時計を見ると、もう四十分は経っている。 バスは減速する気配もなく、ただ闇の中を進み続けていた。
2. 灰ヶ原入口
やがて、バスは小さな待合所の前で止まった。 看板には、かすれた文字でこう書かれている。
灰ヶ原入口
「ここで降りるんだろ?」 運転手が、バックミラー越しに俺を見た。 顔は影になっていて、表情は読めない。
「いや、まだ終点じゃ…」 「ここから先は、戻れないよ」
その言葉の意味を問う前に、俺はなぜか立ち上がっていた。 足が勝手に動く。運賃箱に小銭を落とし、外に降りる。 ドアが閉まる音が背後で響き、振り返ると、車体は霧の中に溶けるように消えていった。
3. 待合所
待合所は、木造の小屋のような造りだった。 屋根は傾き、壁板は剥がれ、ベンチの塗装はほとんど剥げ落ちている。 足元には湿った落ち葉が積もり、かすかに土と鉄の匂いが混じっていた。
ポケットからスマホを取り出すが、圏外。 時刻は午前0時04分。 この時間に、こんな場所で降りる理由など、本来はないはずだ。
ふと、足元に紙切れが落ちているのに気づく。 拾い上げると、それは古びた切符だった。 灰色の紙に、黒いインクでこう印字されている。
行き先:灰ヶ原中央
裏面には、見覚えのない電話番号。 なぜか、その数字列が頭から離れない。
4. 足音
霧の向こうから、足音が近づいてくる。 最初は一人分。 だが、すぐに二人、三人と増えていく。 やがて、ぼんやりと人影が浮かび上がった。
先頭を歩くのは、スーツ姿の青年。 顔は青白く、目は虚ろ。 その後ろには、ランドセルを背負った少女、白衣の男、郵便配達員―― どこかで見たことがあるような、しかし思い出せない人々。
彼らは無言で俺の前を通り過ぎ、バス停の奥の闇へと消えていく。 足音だけが、長く長く響いていた。
5. 老婆の囁き
最後尾の老婆が、俺の耳元で囁いた。
「あんたも、呼ばれたんだね」
その声は、耳ではなく頭の奥に直接響いたような感覚だった。 次の瞬間、視界が真っ白になった。 霧の中で、遠くからバスのブレーキ音が聞こえる。 振り返ると、待合所はもうなかった。 代わりに、錆びた標識が一本だけ立っている。
灰ヶ原町 ようこそ
6. 余韻と伏線
俺は切符を握りしめたまま、足が動かなかった。 背後から、再び足音が近づいてくる。 だが、振り返る勇気はなかった。
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『灰ヶ原奇譚──午前0時04分、出口は一人分』 ビビりちゃん @rebron
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