公園の公衆トイレ

@chest01

第1話

 深夜2時少し前のある森林公園。

 ここのトイレではなかなかエグい心霊現象が起こるらしい。

 昔は墓地だった、何かを供養する塚を壊して作られた、そんなありきたりな噂ばかり。

 その霊が現れるのだという。


 オカルト好きの私は、興味本位でそれを体験しに来たのだ。

 何もなくても話のネタにはなる。

 スマホの動画撮影アプリを起動させ、電灯のついた例のトイレに入った。


 が、一目で拍子抜けした。

 劣悪な環境を想像していたのに、床のタイルも壁にも目立った汚れ1つない。

 鏡の磨かれた洗面台には新品のハンドソープ。

 爽やかな芳香剤まで置いてある。

 換気扇も動いていて、悪臭などまるでない。


 霊が出るには綺麗すぎるでしょ。


 出ると噂の、1番奥の個室に入ってみる。

 これまた、逆の意味でがっかりした。


 後ろにタンクがある、一般的な洋式便器。

 壁にはウォシュレットのリモコンパネル。

 平らなトイレットペーパーホルダーにロールが2つ、棚の上には予備がさらに2つ。

 便座を拭くための消毒スプレーまである。

 デパートのトイレと変わらない充実さだ。


 まあ、来た以上は出るという2時まで待つか。

 私は便座に座り、ホルダーにスマホを置いた。

 ドアの上と、隣の個室とを区切る壁の上は、天井まで拳3つ分ほど空いていて、密閉感は少ない。


 半ばリラックスしていると、ほどなくスマホの時計が2時になった。

「⋯⋯⋯⋯なんだ、なんにも起きないじゃん」

 そのとき、


 すぅと灯りがほのかになり、急に薄暗くなった。

 そして、


 ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ


 誰かがタイルの上を歩いている。

 質感からして、裸足だ。


 ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ

 ヒタヒタ ヒタヒタ ヒタヒタ

 ヒタヒタヒタ ヒタヒタヒタ

 ヒタヒタヒタヒタ ヒタヒタヒタヒタ


 増えている。

 それほど広くないはずなのに。

 かなりの人数が歩き回っている。


 うそ、ホントに出たの!?

 これが心霊現象!?

 まずい、もう撮影どころじゃない!

 スマホを手に立ち上がろうとしたとき、

「? ひっ!」


 便器の後ろから床を這うように伸びた、

 2本の青白い手が、私の足首をつかんでいた。


 もがこうとすると、背後からもう2本が手首を押さえつけてくる。

「ひやっ! ああああ!」

 なんとか振りほどこうと、体を何度もひねる。

 その動きのなかで、上を仰ぎ見た。


「ひ、ひいぃっ!」

 そこには、


 ドアと壁の上にある隙間に、いくつもの人の顔がひしめいていた。

 そのどれもが、眼窩がんかに闇のつまった、真っ黒な眼差しでこちらを見ながら。


 今まで覚えたことのない怖気と寒気が体に走る。

 私は身をこわばらせ、震えながら悲鳴を上げた。

 理性で抑えきれない恐怖が放たせた絶叫だった。

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