最終話 池田潤也、最初の場所に戻される

『どうも、回覧板のごとく悪の組織内を転々と回され続けている高校二年生の池田潤也いけだじゅんやです。

先回せんかい、メンタル面が若干弱そうにみえたオジサンから唐突に三行半みくだりはんを突きつけられ、例によってまた意識を失わされてしまいました。

そして今、三度みたび意識を取り戻した俺は、暑くもなければ寒くもない、ただ真っ暗な闇だけが無限にどこまでも広がっている空間にいます。

立っているのか座っているのか、はたまた直立してるのか逆さまになっているのかわからなくて、平衡感覚が掴め辛いこの感覚。

俺にはこの感覚に身に覚えがあります。いや、覚えてるところか忘れようとも忘れられるはずがありません。

この感覚は俺がこの悪の組織に攫われて最初に連れて来られた場所とまったく同じ感覚なのですから』



「……なんだ、結局は最初に居た場所に戻されてきちゃったよ」


「………………………………」


「おーい、居るんだろ。俺が初めてここに連れて来られた時に話しかけてきた人!」


「………………………………」


「人見知りするなよ。俺たちはもう気心の知れた仲だろ!」


「ちゃうわ!! われとお前がいつ気心の知れた間柄になるほど親しくなった!!」


「なんだ、やっぱり居るじゃん。なに恥ずかしがってなにも喋ってこないんだよ」


「誰が恥ずかしがるか! たんにお前と言葉を交わすのが億劫おっくうだと感じていただけだわ!」


「ハハハ。そんな見え透いた嘘をついて。ほんとうは俺と再会できて嬉しがっているくせして」


「するか! してたまるか! お前のせいで我がどんだけ部下たちに文句を言われたか知らないくせに!」


「文句?」


「あぁそうだよ!! よりにもよってなんであんな非常識な奴を連れて来たんだ! とか、あんなフザケた野郎をこの組織に招き入れるなんて人を見る目がねぇな! とか、散々な言葉で部下たちにののしられたんだぞ!」


「もしかしてその部下たちって、さっき会ったお姉さんとオジサンのこと?」


「そうだよ!!」


「いやぁ〜、よわったな。まさか俺のことをそんなに高評価してくれるだなんて」


「どこの誰もお前のことを高評価などしてないわ!」


「……やれやれ。嫉妬心に駆られて人の評価に言いがかりをつけるなんて、ちょっとみっともないよ」


「言いがかりなどひとつとしてつけておらんわ! まったくお前は相変わらず頭の中がイカれているな!」


「おいおい、アンタまで俺を褒めちぎるなよ。さすがに照れるって」


「我がいつ何時なんどきお前を褒めた!? あぁ、部下たちの言う通り、我は人選じんせんを間違えたのだろうか……」


「大丈夫。誰だって間違いはするものさ。大事なのはその間違いからなにを学ぶかだよ」


「黙れ! どこぞの啓発本けいはつぼん記載きさいされてそうな台詞せりふをお前が吐くな!」


「どうしたのさ怒鳴り散らして。もしかして情緒不安定じょうちょふあんていなのか?」


「それを強く否定できない自分がなんだが悔しい!」


「もし悩みがあるんなら相談に乗るぜ?」


「そう言ってるお前本人が悩みの種なんじゃゃっ!!」


「またまた。面白い冗談を言って」


「冗談ではない! そもそも我とお前は冗談を言い合える仲ではないだろうが!」


「……え? でも俺とあんたは無二むにの親友だろ?」


「いつそうなった!? ましてや今回で会うのが二度目のくせして、どうして無二の親友という関係になれるんだ!」


「会った回数じゃなくて、心と心が共鳴し合えた者同士を無二の親友って呼ぶんだぜ」


「お前と心が共鳴し合えた試しなど一度たりともないわ!」


「まったく、そうやって照れ隠しするんだから」


「照れ隠しなど一片いっぺんたりともしておらんわ!」


「え〜。でも姿は隠しているじゃん」


「それは当然だろ。なにせ我はこの悪の組織のトップなのだからな。誰彼構だれかれかまわず、もちろん部下たちにさえ易易やすやすとその姿を披露ひろうできる身分ではないのだ」


「それって古くないか? 今時いまどきの風潮は立場関係なく家族のように働くアットホームな仕事場がはやされる時代だぞ。なのにトップであるアンタが部下たちにも姿を見せようとしないだなんて、かなり時流じりゅうに逆行してないか?」


「アットホームな悪の組織がこの世のどこに存在する!! それにそんな悪の組織なぞ統制が取れなくなってあっという間に瓦解がかいするわ!!」


「そうなのか? でもさ、これまで成功例のなかったアットホームな悪の組織を誕生させたら、情◯大陸からオファーが来るかもしれないぜ」


「来るかぁ! そしてハカセ◯◯氏の音楽と一緒に紹介されてたまるか!!」


「でもチャレンジする価値はあるはずだぜ!」


「やる気を出すな、やる気を! まったく、やはりお前は我が組織には似つかわしくない存在のようだな!」


「それを今更いまさら言う? アンタが勝手に俺をこの場所に連れて来て、なんだがの儀式をして悪の超人にするとか声高に宣言しておいて」


「うるさい! お前を悪の超人にして我らの仲間にしたら、我が組織の品格が疑われてしまうわ!」


「だからそんなにたたえるなって、マジで照れるじゃん」


「だ・か・ら。誰も褒めてなぞいないわぁ!!!」



『悪の組織のトップだと名乗る人の雄叫おたけび――いえ、絶叫でしょうか。

それを聞いた瞬間、もう慣れ親しんでしまった意識が遠のく感覚に襲われ、俺はその感覚に抗うことなくすんなりと身を委ねることにしました。

果たして次に意識を取り戻した時に俺はどこにいるのでしょうか。不謹慎かもしれませんが、少し楽しみにしている俺がいたりします。




―――――――――――――――――――




“ドアが閉まります。駆け込み乗車は危険ですのでおやめください”

ゆっくりと意識を取り戻した俺に聞こえてきたのは、聞き慣れた電車のアナウンスであった。

座席であるシートに座っていた俺は、まだはっきりとしないぼんやりとした意識の中、周囲を見回した。

俺のとは違う制服姿の男女の高校生たち。ビジネススーツを着こなしてるサラリーマンとキャリアウーマン。母親と子供の親子連れや、杖を持ったおじいちゃんやおばあちゃん。それ以外の沢山の人々。

……戻ってきた。

あの悪の組織に連れて行かれる前まで乗車していた電車の車内に、俺は戻ってきていた。

“ドアが閉まります”

アナウンスがドアの閉扉を告げると、電車はゆるりと動き始めた。

駅を出て、街中を走行する電車の車内で、俺は車窓から見える夕焼けに染まる街並みをなんとはなしに眺めながら、さっきまでの体験を回想していた。

姿を現さない悪の組織のトップ。お色気が堪らなかったお姉さん。メンタルに問題がありそうなオジサン。

あの濃厚な出来事はほんとうにあったことなのか?

もしかしたら夢を見ていただけなのではないのか?

その明確な答えはどこにも見当たらない。

でも唯一わかることといえば、降車するべき駅を俺は寝過ごしたということぐらいであろうか……』



完。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



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池田潤也の物語り 案山子 @158byrh0067

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