後編

 シレネとビーンズは急いで準備を始めました。もちろんベリーベリーパンケーキを平らげた後でです。しっかり美味しくいただいた後で、まずは在庫の確認をします。


 シレネは頻繁に街に行くわけではないので、一度にたくさんの品物を買います。幸い、魔女(だという事は伏せているのですが)の薬瓶は高く買い取ってもらえるので、お金に困った事なんかはありませんし、森の中でとれるもの、自分で育てているものなんかを足せば、なかなか十分な量の備蓄があります。パンケーキの粉だけは、街で買うしかありませんから、一度街へ出るとたくさん買い込んで帰るのです。

 シレネは、街へ出てから数ヶ月経っていたので心配だったのですが、パンケーキの粉はまだまだたくさんありました。最近詰んだばかりの数種類のベリーや、果物や木の実、街で買ったバターにメープルにチョコレートなんかもあります。これだけあれば十分だろうと、シレネとビーンズはほっと胸を撫でおろしました。


 さて、お店をやるにはメニューを考えないといけません。いつもはその時の気分でトッピングを決めているのですが、お客さんに出すのにそれではいけません。今あるものでできそうなメニューをいくつか考えます。ちなみに、ベリーベリーパンケーキは少し整えてメニュー入りです。ベリーは今が旬ですし、もし万が一在庫が切れても、ベリーなら森の中でいくらでも取ることができます。

 それ以外にも、チョコレートクッキーパンケーキや、メープル&クリームナッツパンケーキ、数量控えめだけどフルーツパンケーキ、魔法を使ったハニー&アイスクリームパンケーキなんかもあります。

 アイスクリームはどうやって作ったのかって?それは、魔法を刻印した箱の中に材料を混ぜて流し込んだ型を入れておくんです。すると数時間後には冷たくておいしいアイスクリームができあがります。街で初めて食べたとき、ものすごく感動したシレネが、数日間研究したすえに作れるようになったのでした。


 さて、こんな感じでパンケーキ屋さんのメニューが出そろいました。チョコレートのように街で調達したものもありますが、それ以外はシレネが作ったものを含めて、すべて森の中で調達したものです。季節柄調達の難しいものもありますが、だいたいのものはなくなってもすぐに調達することができます。ですから、万が一繁盛して在庫が足りなくなるようなことがあっても、大丈夫だと思ったわけです。

「よし!これでメニューは完璧ね!」シレネは胸を張って言いました。

「さっそく試作して宣伝するか?」ビーンズは足の爪で首を搔きながら聞きました。

「うーん、そうしたいところなんだけど、この家にはお客さんを入れるには少し小さいんじゃないかと気づいたの。お皿はたくさんあるから大丈夫だけれど、場所はどうにもならないわよね。」シレネは肩を落としながら言いました。

「そんなの外で食べさせればいいじゃないか!この家の前にはおあつらえ向きの開けた空間があるんだからさ!」ビーンズは大得意になって言いました。

「あら、それはいい案ね!お家のテーブルと椅子をお外に出して、足りない分は布を敷いて賄いましょう!」シレネはうなずきながら言いました。


 これで準備は整いました。シレネとビーンズはワクワクと顔を輝かせています。メニュー表とお店の看板は、シレネが魔法で急いで作りました。魔法って便利ですね!それを家の前に立てかけて、シレネは早速出来立てのベリーベリーパンケーキを用意します。最初の看板メニューです。ふわふわのパンケーキの上にバターを塗って、たくさんのベリーを載せいちごのジャムをかけました。

 まだ湯気の立つあつあつのパンケーキを一口大に切ってカゴに入れ、ビーンズの首にリボンを結んでぶらさげました。この状態でビーンズが森の中を飛び回り、匂いにつられた森の住人をお客さんとして呼び込む作戦です!

「これでよし!」リボンをしっかりと結んだあとで、シレネがにこりと微笑みました。

「それじゃあ、待ってるから、頼んだわよ!ビーンズ!しっかりお客さんを連れてきてよね!」

「もちろんだぜ!それじゃあ、行ってくる!」ビーンズは翼をバサバサと振って見せた後で森の奥へと飛んでいきました。

 少しよたよたとしていたような気もしていますが、そもそも籠を括りつけられている状態ではうまく飛べなくても仕方がありません。途中で落ちてしまわないといいのですが。しかし心配したシレネは事前に魔法をかけておきました。カゴには軽くなる魔法を、リボンにはほどけにくくなる魔法を、ビーンズには疲れにくくなる魔法をかけました。これで少しはましになるはずです。


 しばらくして最初のお客さんがやってきました。小さなウサギの家族です。ウサギのお母さんが、生まれたばかりの赤ちゃんと、兄弟たちをたくさん連れてやってきました。

「甘酸っぱいベリーの香りに釣られてきたの。やんちゃな子達だけど一緒に食べさせてあげてもいいかしら。」ウサギのお母さんは言いました。

「もちろんよ!すぐに作りますね!」シレネは張り切って言いました。

 子供たちが喧嘩をしないように小さなパンケーキを人数分作り、お父さんとお母さんのにはハーブをのせてあげました。

「これでよし!」シレネは魔法を使って一気に配膳します。

「わわっ!」

 飛んできたお皿たちに、最初はおっかなびっくりだったウサギさんたちですが、目の前にあるベリーベリーパンケーキの甘い香りに、次第に我慢ができなくなりました。そして、誰からともなく食べ始めたのです。

「う~ん!おいしい!」ウサギさんたちは大喜びで食べました。

「ありがとう!こんなおいしいものは初めてです!魔法は怖ろしかったけど、あなたのパンケーキはとっても素敵ですね!」ウサギのお母さんは頬を赤く染めながら言いました。

「うーん、パンケーキを褒めてくれたのは嬉しいけれど、魔法が怖いってのはしんがいだなぁ。あ、そうだ!見てて!ウサギさんたち!」シレネはいいことを思いついたというように言いました。


 ウサギさんたちがシレネを見つめるなか、シレネは大きく腕を振りました。するとポンと軽い音を立てて、空中にたくさんのお花が咲きました。そのお花はゆらゆら、ひらひらとウサギさんたちの上に舞い落ちます。

「そうだ、もう一回!」シレネはもう一度魔法を使います。

 すると、空中を舞い落ちていたお花たちが、再び一塊になって、とても可憐な輪っかの飾りになりました。お花の輪飾りはふよふよと浮遊すると、ウサギのお母さんや兄弟たちの頭の上に収まりました。

「わぁ!」ウサギさんたちはぴょんぴょんと飛び跳ね、キラキラと目を輝かせて喜んでいます。

「とってもきれいでとってもかわいい!」

「魔法ってこんなにキラキラしてたの?」

「魔法が怖いなんてどうして思ってたんだろう!」

「ステキ!ステキ!もう一回やってほしいわ!」

 ウサギの兄弟たちはキャッキャとはしゃぎながら飛び跳ねています。シレネも満足げに腰に手を当てて微笑みました。


「本当に、本当に素敵な時間でした!ありがとうございました!」ウサギのお母さんは深々と頭を下げて言いました。

「あの、それでお礼はどうすれば?」

「そんなのいらないわ!あ、でもしいて言うなら、また遊びに来てほしいかな?それに他のお友達にも、魔法は怖くない、魔女は怖くないって伝えてほしいの。そして、私と仲良くしてくれるなら、それだけで十分だわ。」シレネは控えめに言いました。

「もちろんです!ええ、すぐにでも伝えて回りますとも!それに、また遊びに来ていいのであれば、次はとびきりおいしいベリーを持って遊びに来ますね!お邪魔しました!」そういうと、ウサギのお母さんはたくさんの兄弟たち意図赤ちゃんを連れて、森の奥へと帰っていきました。


「最初のお客さんとはうまくいったわね。」シレネはほっと胸を撫でおろします。

「でも、まだまだもっと来てほしいだろ?」ビーンズはシレネに向かって尋ねました。

「うん!もっと来てくれたらもっと嬉しいわ!」シレネは当然と言うように答えました。

「そうだよな!それじゃ、次のパンケーキを持って宣伝に行ってくるぜ!」ビーンズはとても張り切っているようです。

「それじゃあ、次はチョコレート&クッキーパンケーキね!」


 そんな感じで再びビーンズはパンケーキの宣伝に向かいます。ここから先は少しずつお客さんが増え、満足したお客さんがまたお客さんを呼び、注文の多い狐さんも、偏屈なドワーフのおじいさんも、珍しい物好きのピクシーも、味にうるさいエルフや小鳥たちに至るまで、多種多様なお客さんにパンケーキをふるまい、満足してもらうことができました。

 シレネとビーンズは大忙しです。もはや宣伝に行く暇も必要もなく、口伝いにどんどんと評判が広まっていき、お店を開いていた一週間の間、休む暇もないほど忙しい日々が続いていました。

 お客さんとなった森の住人たちは、パンケーキの美味しさはもちろんのこと、魔女であるシレネに対しても好意的な態度を示すようになっていきました。それは、シレネとビーンズにとっては想定していた以上の成果です。今後は怖がられることなく、友達になれるかもしれません。長い時を生きてきたシレネにとって、パンケーキ屋さんの営業は、これ以上ないほどの一大イベントだと言えました。

 途中、ハニー&アイスクリームパンケーキに興奮したクマさんが暴れようとした時も、シレネはバーンと魔法で解決し、後腐れの無いように、まぁるく収めてみせました。シレネは小さな女の子ですが、こう見えて、エルフたちにも負けないくらいの長生きです。多少のトラブルなんかは、スパイスにしかなりません。


「はぁ、お疲れ様、ビーンズ。ほんっとうに疲れたわ。」シレネは片づけもそこそこに、床にどんと体を投げ出しながら言いました。

「お疲れさまシレネ。本当に本当に疲れたよ。でも言っただろ?みんなシレネのパンケーキのとりこになるって!まぁここまで上手くいくとは思ってなかったんだけどさ。でも結果オーライってやつさ。みんなシレネのパンケーキを美味しいって言ってたし、魔女も魔法も怖くはないってわかったみたいだしな!」ビーンズはべたッと床に翼を投げ出して、うつぶせになったままで言いました。

 床のひんやりとした感触が、気持ちよく感じられてしまうほど、二人は本当にくたくたになってしまっていました。そのまま二人は床に寝ころんだまま、パンケーキ屋さんのドタバタした日常を振り返ります。これで閉店するのが名残惜しいけど、在庫はすっかり空っぽです。森の住人達も、パンケーキ屋さんの閉店を、本当に惜しんでくれていました。

 けれど、シレネもビーンズも、森の住人達とは仲良くなったのです。今後は、お家に遊びに来てくれた住人に対して、美味しいパンケーキを振舞えるようになると信じていました。

 そうして語り続けて、少しずつ日が傾いて夜になり、お星さまが木々の隙間からちかちかと瞬くようになる頃に、シレネはビーンズの穏やかな寝息を聞いていました。


「ビーンズ、私ね、思ったの。私はこれまでずっと、友達がいないことを嘆いてばかりいたけれど、ほんとはずっと、独りなんかじゃなかったのよね。」シレネはビーンズに語り掛けます。

 ビーンズはすやすやと寝息を立てていて、シレネの言葉を聞いているようには見えません。それでもシレネは、伝えずにはいられなくなって、ビーンズの頭を指で静かに撫でながら、そのまま言葉を続けました。

「今回あなたが提案してくれたことのおかげで、私の毎日は本当に楽しくてワクワクするものに変わったわ。ただ今までが穏やか過ぎただけで、私はずっと気づくことができないでいたの。」ビーンズはなおも起きることなく、時折くちばしの隙間からピーピーと音を立てて眠っています。

「ビーンズ、あなたは最初から私の友達だったのよね。忘れてしまってごめんなさい。」シレネは申し訳なさそうに微笑みました。

 すっかり疲れ切ってしまったシレネは、穏やかに眠ってしまったビーンズをそっと抱えてベッドにおろすと、自分も一緒に眠ることにしました。

 月は煌々とあたりを照らし、シンと静まり返った森の上では星々がチカチカと瞬きあっています。動物たちも妖精たちも今はおとなしく眠りについて、夜の闇が誘う穏やかな夢の中へと、なんの抵抗もなく落ちていきました。

 同じように、すやすやと寝息を立て始めたシレネの隣で、もぞもぞと体を動かした鴉のビーンズは、「そんなこと、気にしたことなんかなかったさ。」と小さな声でつぶやいただけで、それ以上はもう何も言わずに、またきれいに翼を折りたたんだうえで、深い深い眠りの中へとすっと落ちていったのでした。

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【短編】魔女のパンケーキ Nova @stella_noir_sta

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