完璧な選択

浜野アート

完璧な選択

N氏は、道端に落ちていた奇妙な機械を手に入れた。それは掌に収まるほどの大きさで、滑らかな金属の表面にはボタンが一つだけ付いていた。説明書らしきものはなく、N氏が何気なくそのボタンを押すと、彼の頭の中に直接、落ち着いた合成音声が響いた。


『当機は「最適選択機」。あらゆる選択の場面において、あなたにとって最も幸福度の高い未来につながる選択肢を提示します』


半信半疑ながら、N氏はちょうど迷っていた昼食で試してみることにした。頭の中で「カツ丼か、それとも日替わり定食か」と問いかける。すると、機械はかすかに振動し、再び音声が響いた。


『日替わり定食を選択してください。カツ丼を選んだ場合、午後の会議で胃もたれを起こし、評価が0.3ポイント低下します』


言われた通り日替わり定食を選ぶと、午後の会議は驚くほど快調に進んだ。偶然かもしれない。だが、帰り道、「どの道で帰るか」を尋ねると、機械は普段使わない裏道を指示した。その道を通ると、偶然旧友と再会し、有意義な時間を過ごすことができた。


それからというもの、N氏はあらゆることを機械に委ねるようになった。「どのネクタイを結ぶべきか」「どの株を買うべきか」「上司の誘いは受けるべきか、断るべきか」。機械の指示は常に的確で、彼の人生は面白いほど順調になった。仕事は成功し、財産は増え、人間関係のトラブルは皆無になった。彼の人生から「失敗」や「後悔」という言葉が消え去ったのだ。


ある日のこと、彼は長年付き合っていた恋人からプロポーズされた。もちろん、彼は機械に尋ねた。「彼女と結婚すべきか」。


しばらくの沈黙の後、機械はいつものように冷静な声で答えた。


『いいえ。彼女と別れることを推奨します。3年後、あなたは別の女性と出会い、その女性と結婚することで、生涯幸福度は12ポイント上昇します』


N氏は一瞬ためらった。彼女を愛していたからだ。しかし、これまでの実績が彼の背中を押した。彼は涙を流す恋人に別れを告げた。辛い決断だったが、これもより大きな幸福のためなのだと自分に言い聞かせた。


3年後、機械の予言通り、彼は一人の女性と出会った。完璧な容姿、完璧な性格、そして彼との相性も完璧だった。二人は恋に落ち、結婚した。機械が示した通り、幸福な日々だった。


さらに数年が経ったある日、N氏は街で偶然、かつての恋人を見かけた。彼女は新しい家族と一緒で、幸せそうに笑っていた。その笑顔を見た瞬間、N氏の胸に奇妙な感情が芽生えた。それは、機械を手に入れてから一度も感じたことのない、チクリとした痛みだった。


家に帰り、N氏は機械に尋ねた。

「もし、あの時、私が彼女と結婚していたら、どうなっていただろうか?」


機械は即座に答えた。

『幸福度は現在より12ポイント低下。ささいな喧嘩を繰り返し、経済的な苦労も経験したでしょう。しかし、二人で困難を乗り越えることで、あなた方は深い愛情と、何物にも代えがたい絆を育んでいたはずです』


N氏は機械を握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。壁には、完璧な妻と完璧な子供たちと写った、完璧に幸福な家族写真が飾られていた。その写真の中のN氏は、完璧な笑顔を浮かべていた。しかし、その笑顔が、ひどく空っぽなものに思えてならなかった。


彼は人生で初めて、後悔という名の感情を、はっきりと味わっていた。それは、機械が決して教えてはくれない、不合理で、非効率で、しかし、ひどく人間的な感覚だった。外では、プログラムされた通りの完璧な青空が、どこまでも広がっていた。

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