化物
taktak
化物
死の床にあって私を訪ねる者がいた。病床で人恋しかったし、最近は私の話を聞いてくれる人もめっきり少なくなっていたから、ありがたい事だった。
ただ、丑三つ時に突然訪問してくるのはやめてほしい。寝ぼけた頭で相手をみると、その姿だけで、この時間に来た理由がわかった。
「こんばんは。」
意外にも礼儀正しく、でも軽い感じで相手は話しかけてきた。
「……お迎えですかね。」
風貌を見ただけで、私は直感的に相手の正体に気がついた。
と言って、髑髏顔で黒いボロボロのケープ、大きな鎌を持っていれば、誰だって気付くだろう。
「そうです。」
彼(?)も否定はしなかった。
「……私みたいな化物にも、ちゃんとお迎えは来るのですね。」
と私はぼんやりと呟いた。
「死は誰にでも平等ですから。」
死神はそう言いつつも、不思議そうな顔をした。
髑髏顔なのに、きょとんとしてるのがわかるから、内心面白いなと思ってしまった。
少し思い悩んだ後、彼は私に聞いた。
「……あなたは化物なんですか?」
「ええ……あなたにはそう見えませんか?」
意外だった。死神の目は、人間のそれと違うのかもしれない。そもそも彼には眼球すらないのだから当然だろう。
彼は少し戸惑っているようだった。
懐から紙を取り出すと、指差し確認しながら「おかしいな……。」とつぶやいた。
やがて顔を上げると私を見ながら、
「手違いの可能性もあるので本人確認をしたいと思います。あなたの人生について話してください。」
「私の人生について……ですか?」
死ぬ前にそんな手続きが必要と知って私は驚いた。
「ええ。間違った相手をお連れするわけにはいきませんから。どんな内容でも構いませんので、あなたの人生を聞かせてください。その独白そのものが本人確認になります。」
死神は思ってた以上に几帳面だった。
彼の真摯な態度に気圧されて私は話すのを躊躇った。
でも、彼は真面目に(髑髏顔の表情は理解できないがおそらく真面目に)私と向き合っている。
だから私は、自分の人生をぽつりぽつりと語り出した。
………………………………
私は化物として生まれた。
小さい頃は、自分が化物だなんて気が付かなかった。
両親や祖父母も可愛がってくれたし、友達も就学前までは皆、仲良く遊んでくれたからだ。
でも物心がつき、次第に自分自身や周囲に目を配れるようになってきた時、自分が他の人たちとは違う、奇妙な生き物なのだと気がついた。
まず目がたくさんある。
ひどく使い勝手が悪い目で、好奇心旺盛で目新しい物があると、それぞれがてんでバラバラな方向を向く。
好き勝手に四方八方に視線がいくから、見たいものがぼやけて見えるくせに、見たくないものがどんどん目に飛び込んでくる。
そのくせ、何か夢中になる物があると、全ての目が一斉にそれを見てしまうため、視野がとたんに狭くなり、その度に、何かに蹴つまずいて転んだり、ぶつかってばかりいた。
口も一つではない。たくさんある。
それぞれが勝手に考え、人を選んでは適当な事を言う。みんなで意見をまとめてから言えばいいのに、まとまらないまま言葉を紡ぐせいで、聞き相手は訝しげな顔をする。
すると、別の口が、またいい加減な調子で余計なことを言う。私が慌ててそれを否定しようとしているのに、また別の口がそれを察したのか、余分な気を回して余分な事を言う。
そうこうしているうちに、各々の口がてんでバラバラな事を言い始め、大概の場合、聞いていた相手は呆れ返って去ってしまう。
耳は2つだか、とても大きくて、いろんな音を拾ってしまう。
聞きたくない事ほどよく聞こえてしまうし、そっちに気を取られているうちに、大事なことは聞き逃してしまう。
繊細な音が大好きで、その音に耳を傾けているときはうっとりする反面、急に大きな音を出されると心臓が飛び出そうなほど驚かされる。
雑音や異音に敏感で、年がら年中、苛立っていた。
綺麗な音の世界に逃げ出したくて、音楽で耳を覆っていた時期もあったが、年を追うごとに、今度は聴きたい音が聞こえなくなっていった。
最近では自分の声すら聞こえなくなり、自然と地声が大きくなった。
そんな耳だから、若い頃は敏感すぎて煙たがられ、年をとってからは鈍感すぎて煙たがられた。
体は巨大だ。
ブヨブヨと膨れた腹は、ダイエットをしてもいっかな減らず、気がつけば自分勝手な口たちが、ひっきりなしに何かを食べているので、日増しに大きくなる。
そのくせ手足はヒョロヒョロで、蛇のようにだらしない。セカセカと動き回ったと思えば、疲れてすぐに動くのをやめてしまう。
やめておけばいいのに、手に触れた物を、文字通り手当たり次第つかんでどうにかしようとするせいで、よく物を壊し、よく物を落とし、よく物にぶつかった。
こんな化物の私を、周囲はいつしか避けるようになった。いや、最初から避けられていたのかもしれない。
私が友人だと思って話しかけていた人たちは、いつのまにか周囲からいなくなり、気がつけば、日々孤独に生きている自分がいた。
ずっと一人だったわけじゃない。
酔狂にも化物に興味を持って嫁いできた妻がいた。
昔は珍妙な私を面白がっていたが、今では興味も失せたのか、あまり気をかけてくれなくなった。
家の中での会話は少なく、たまに話せば口論になった。
仕方ない。私は化物。人間の妻と、価値観が合うはずがなかった。いずれこうなる運命だったのだろう。
でも、化物と人間では寿命が違った。
私がいつまでもダラダラと生きているうちに、妻はいつしか痩せ細り、医者にかかったときにはもう手遅れと言われた。
妻との最後の日、妻の手を握る私を見ながら、彼女は最後に私の顔を見て、何かを呟いた。
私が問いたげな目を向けると、ニコリと笑って、虹の向こうに渡ってしまった。
あの時、彼女が何を言いたかったのか、わからない。
もしかしたら、異形の私が老いさらばえたのが、久方ぶりに可笑しく見えたのかもしれない。
思い起こせば、出会ったばかりの頃の妻は、いつもそんな風に、滑稽な私を見て、笑っていた気がする。
妻の他に、ひとときの安らぎを与えてくれたのが子供たちだった。
幼い頃は、私の醜悪な見た目を気にすることなく甘えてくれたし、私も不器用なりに彼らの要求に応えてよろこばせる事が、何よりも楽しかった。
でも、子供たちは成長する。
いつしか彼らの視線にも、時々畏れが浮かぶようになってきた。おそらく、自分の父親が、他の子の父親とかけ離れた存在なのだと気がつき始めたのだろう。それでも父に対する敬愛は残っているようで、畏れながらも甘えたいときは、静々と抱きしめてくれた。
それはそれで構わなかった。子供たちはいずれ、親元から離れるものだから。
幸い、彼らは母親に似て、愛らしい人間の姿のまま成長した。私の化物の一面が、いつか子供らの中にも顔を出すのかもしれないと戦々恐々としながら、その日が来ない事を私は願っていた。
だが結局、最近になって長男が私と同じような姿になってきた事を、不憫に思っている。
常に苛立ち、突き出た腹と過敏な耳に苛まれながら、ギョロギョロと周りを見つめるアイツの顔を見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それはお前のせいじゃない、親父の血筋のせいなんだから堂々と生きればいいんだぞ、と伝えたいのだが、化物の姿で人間の道を説いた所で、説得力はないだろう。
現に、私は年老いてから、長男に怒られてばかりいた気がする。
結局、私は最後まで、彼らのお荷物になってしまった。
できればもっと人間らしく生きたかったし、本当は化物じゃなくて、まともな人間として生まれたかった。
でもやっぱり、私は最後まで普通の人間とはかけ離れた存在だった。
腹は突き出たまま、筋肉は痩せ細り、肌はシワがよって垂れ下がり、目は白く変色し、体中管だらけになって、いよいよ私は化物らしくなってきた。
白衣を着た研究員が、時々私を調べに来て、血をとったり脈をとったりしていく。ご機嫌取りのつもりなのか、優しい声をかけてくれるが、彼らはいつも油断のない張り詰めた空気を纏っていた。確かに私は化物だが、人畜無害な化物なのに。ご苦労な事だ。
………………………………
そこまで話し終えると、私は顔を上げた。
死神は相変わらずの真面目な顔で、最後まで耳を傾けていた。
そして私が喋り終えたのを確認すると、ため息をひとつついた。
「お疲れ様でした。無事、本人確認できました。予定通り、あなたをお連れしますよ、『化物』さん。」
まるで合格を伝える面接官のような口調に、私は思わず、
「ご迷惑おかけします。よろしくお願いします。」
と頭を下げた。
死神の仕事は鮮やかだった。
狭い部屋の中で大きな鎌を音もなく振ると、私の魂は何の苦痛もなく切り離された。
「行きましょう。」
と言う死神に手を引かれ、ふわりと宙に舞い上がる。
建物をすり抜け、まだ薄暗い明け方の空を登っていく。耳元で夜気を含んだ空気がひゅうひゅうと鳴っている。
子供たちに挨拶がしたかったなと、振り返って街を見下ろしていると、死神が何か思いついたように話しかけてきた。
「ねえ、『化物』さん。もし生まれ変われるとしたら、何になりたいですか?『人間』ですか?それとも他の生き物ですか?」
「生まれ変われるのですか?」
「わかりません。例えばの話です。やっぱり『化物』にはなりたくないですかね?」
そう言われて私は少し考え込んだが、悩んだ挙句、こう言った。
「……よく考えたのですが、何に生まれ変わってもいい気がします。
ただひとつ、もし叶うのであれば、私を愛してくれた人たちのそばに、もう一度いさせて欲しいです。それが叶うのであれば、何度『化物』として生きろといわれても構いません。」
それを聞くと、死神は妙に明るい顔をして、
「そうですか。叶うといいですね。」
と言ってくれた。
「さて、すっかり明るくなってしまいましたね。きっと首を長くして待ってらっしゃいますから、少し急ぎますよ。」
そう言うと死神は少しスピードを上げて天に向かい出した。
耳元を撫でる風の音を聞きながら、私は不安げに尋ねる。
「神様をお待たせしてしまいましたかね?」
すると死神は少し笑いを含ませてこう言った。
「いいえ、奥様ですよ。」
私はその瞬間、抱えていた不安が消え去っていくのを感じた。
そして、化物であった人生も決して悪い物ではなかったなと、ようやく思えた。
化物 taktak @takakg
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