宿題買取サービス

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「○○高校の宿題、数学50ページが1点、英語60ページが1点…」


俺は買取カウンター前に立っていた。片手にはスマホを持っていた。ハマっているソーシャルゲームをプレイしていた。

目の前には高校の問題集が積まれている。

店員は次々と宿題を集計していく。


「…物理45ページが1点。こちらの予備校の宿題もお売りしますか。」


チラリと店員を見て肯定した。

店員は集計にもどる。


『宿題売るならワークオフ♪』


店員のエプロンにキャッチコピーが印字されていた。

俺はソシャゲのローディング画面を見ながら、数ヶ月前のことをふと思い出した。


———···


「くあぁぁぁ!!ドブったぁぁぁ!!」


俺は予備校の休憩室で、友人のマグレとソシャゲのガチャを回していた。

ガチャとは、ゲーム内報酬の宝石と引き換えに、強力なアイテムを手に入れる、福引のようなものだ。この宝石がなかなか手に入らないため、プレイヤーはお金を払って宝石を補充する。「ドブった」とは、ガチャで目当てのアイテムが入手できず、「金(宝石)をドブに捨てた」ことを意味する。


「よっしゃぁぁぁ!!神引きぃぃ!!」


俺が叫んだすぐ後に、マグレが叫ぶ。

「神引き」とは、「神に選ばれた者のみが許される幸運を引き寄せた」の略である。知らんけど。

勿論、マグレは熱心な宗教家ではない。いわゆるネットスラングの1つだ。マグレは俺と違って非常に強力なアイテムを手に入れたようだった。


「タイパ〜、今シーズンも俺の勝ちだな。もう”マグレのまぐれ”なんて言わせないぜ。」


したり顔のマグレは、小学校からの俺のあだ名を口にする。俺とマグレはソシャゲでランキング争いをしていた。初めは俺が勝っていた。だが、親を味方につけたマグレに、最近は水を開けられていた。ゲームに理解がある親によって、マグレは潤沢な資金提供を受けていた。


俺が言い返そうとしたタイミングでチャイムが鳴った。次授業だからまたな、と上機嫌で教室に戻っていくマグレを、俺は歯噛みしながら見送った。




予備校からの帰り道、辺りはすっかり暗くなっていた。俺はスマホでゲームをしながら歩いていた。少しでもマグレに追いつきたかった。

繰り返す対戦では、誰も彼もが最新のアイテムを使っていた。頭の中ではマグレの言葉がループし、集中を欠いていた。そのせいか、負けが込んでいた。


「痛てっ…」


チッ、と舌打ちが通り過ぎていく。俺はスマホを取り落とした。わざとぶつかってきたのかよ、と疑心暗鬼に駆られた。全てが自分の資金力の無さのせいに思えた。


『宿題売るならワークオフ♪』


スマホを拾いながら、そんな文字が視界をかすめた。原色でデザインされた電飾看板が、暗い裏路地の奥で、くたびれたように点灯していた。

何かいいものを見つけた、と不思議にもそう感じた。電灯に引き寄せられる虫のように、俺はその店に入っていった。


「いらっしゃいませ」


扉を開けると目の前に店員がいた。店は思っていたよりもずっと狭かった。入ってすぐカウンターとレジがあるだけ。よく学生服をあずけるクリーニング屋みたいだった。自分から入った手前、用事が無いとも言い出せず、空白の時間が流れた。


「お客様、宿題をお売りになりますか。」


念のため後ろを振り返ってみるが、店には俺しかいない。


「あの…実は初めてで…」

「初めてのご利用ですね。」


店員は手元のラミネートを示しながら説明を始めた。それによると、概ね次のようなサービスらしい。


・この店では宿題を換金できる。

・売主は『宿題を終わらせるのにかかる時間』だけ余分に寝なければならない。

・『宿題を終わらせるのにかかる時間』は売主の学力によって算出される。学力が高ければ寝る時間は短くて良い。学力が低ければ寝る時間は長くなる。

・売った宿題は目が覚める時には、終わった状態で手元に届けられる。


聞きながら俺は、『小人の靴屋』という童話を思い出していた。

ある夜、貧乏な靴屋のおじいさんが、革の裁断だけして寝てしまう。翌朝目が覚めると、既に靴が出来上がっていた。それ以来、おじいさんが革だけ準備して寝てしまうと、朝には靴が出来上がっているという日々が続く。その靴は大変よくできていて、おじいさんの靴屋は繁盛する。おじいさんは、これが誰の仕業なのか、ひっそり確認すると、小人たちが夜な夜な靴を作っていた。という話だ。

すごい店を見つけてしまった、と思った。同時に、これは俺だけの秘密にしよう、とも思った。

俺はさっそくその日の宿題を売ることにした。


「合計6,230円です。」


俺はドキドキしながら店を出た。警察に呼び止められたりしないか。売ってしまった宿題はホントに翌朝には戻ってくるのか。そんなことを考えながら家路についた。



翌朝、目が覚めた。俺の勉強机のうえに、昨日売った宿題が置かれていた。まるでゲームのバグ技を見つけた気分だった。ズルをしている背徳感と、自分だけの抜け道を見つけた優越感。二つの感情が混ざり合い、暗い興奮が身体中を駆け巡っていた。


それから俺は、毎日宿題を売り、そのお金でソシャゲのガチャを回した。そして、空き時間は全てソシャゲに費す日々を続けた。



時は流れ、夏休みを目前に控えた頃、俺は予備校で夏期講習のテキストを貰い、帰宅しようとしていた。


「おい、大丈夫か。」


マグレだった。


「大丈夫って…何が。」


「いや、タイパお前、かなり顔色悪いぜ」


実のところ、最近は睡眠時間も削っていた。ワークオフのルール違反だ。それにも関わらず、終わった宿題が届けられ、お金は消えなかった。


「それにタイパ、最近テストも調子悪くね。」


図星だった。宿題は誤魔化せても、学力の低下は誤魔化せない。ワークオフに支払う睡眠時間は、どんどん伸びていた。睡眠時間を削ったのは、支払い拒否に近い。

痛いところを突かれた俺は、そんなことより、と話題を変えた。


「夏休みから始まる特別シーズン、次こそは俺が勝つからな。」


マグレからの返事も待たずに、俺はその場から去った。


———···


「以上で、合計105,480円です。」


店員が集計を終えた声がした。

俺は夏休みに出された宿題を、全て換金していた。これだけの金と、夏休みがあれば、マグレに勝てる。

金を受け取った俺は、急いで家へ帰った。




朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。部屋の電気はついたままだった。どうやら俺はゲームをしたまま、寝てしまったようだ。目覚まし時計は7時頃を示していた。


「ハヤトー。そろそろ起きないと学校遅刻するよー。」


母さんの声がする。昨日終業式だったのを忘れてるのか。


「母さん、学校は夏休みだよ。」


俺は返事した。煩わしさを隠すのも面倒だった。

パタパタと母さんが階段を登ってくる音が近づいてくる。


「何言ってるの。夏休みは昨日まででしょ。早く起きなさい。」


言いながら母さんがドアを開ける。


「なんでだよ。夏休みは今日からだろ。」


答えた俺に対して、母さんは一気に心配そうな表情をした。おかしい、俺と母さんで会話が噛み合ってない。

母さんが、ふと視線を勉強机に向けた。そこには宿題の問題集が積まれていた。


「あんたもしかして、宿題終わってないの?」


母さんは勉強机に近づき、問題集をペラペラとめくり始めた。

何かおかしい。俺は側にあるスマホの画面を表示した。画面には9月1日と表示されていた。俺は混乱した。急いで階段を降りた。ダイニングテーブルに朝刊が置いてあった。日付の書いてある部分を確かめる。そこにも9月1日と記載されていた。テレビを見ても、時報を聞いても、今日が9月1日であることを否定する情報は1つも出てこなかった。


「ちゃんと宿題やってるじゃない。」


気づくと母さんが後ろに立っていた。


「夏休み前の夢でも見て寝ぼけてるの?早く準備しなさい。」


母さんはもう出るからね、と言って玄関に向かっていった。

俺は気持ちを落ち着けるために、自分の部屋にもどった。勉強机には、母さんが広げた問題集がまとめて置かれていた。ふと視線を床に移すと、1枚の紙が落ちていた。俺は拾い上げてそれに目を通した。


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拝啓

平素は格別のご高配を賜り厚くお礼申し上げます。また、弊社の『人生前借りサービス』をご契約いただきありがとうございます。


このたび、お客様の未払い睡眠時間が300時間を超えました。


つきましては、利用規約に従い、未払い分300時間と支払い遅延料600時間を強制的に徴収いたしました。


強制徴収後は、引き続きサービスをご利用いただけます。


今後とも変わらぬお引き立てを賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


敬具

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