第3話


定軍山ていぐんざん】を上手く迂回出来た。


 魏軍の追っ手は付いて来ていないし、涼州騎馬隊の南下に合わせて巡回部隊が出て来てる可能性も高かったが、何故かそれは無かった。

 理由は分からない。

 

烏桓六道うがんりくどう】の襲撃を本陣が受けていたので、一度守りを固めたのかもしれない。


 馬超ばちょうは徐庶から【烏桓六道】の最後の生き残りが、故郷を焼き払った郭奉孝かくほうこうを最後の獲物として狙ったことを聞いた。

 しかしそのために涼州の無辜むこの民を、殺したのだ。

 同情は出来なかった。


「馬超殿」


 趙雲ちょううんが声を掛けて来る。


「どうなるかと思ったが、このまま成都せいとに抜けられそうだな」

「ああ」

 考え込んでいた馬超が、明るい顔を上げて頷く。

 後ろを見ると遅れず涼州騎馬隊は付いて来ていた。

 彼らの顔に迷いは無い。

「……。」


「馬超殿。……馬岱ばたい殿が気になるのだろう」


 言い当てられて、馬超は少し驚いて趙雲を見た。

 趙雲は小さく笑んでいる。


「当然だと思う。ずっと気にしていた従弟いとこだ。

 どうだろう……これは提案なんだが。ここまで来れば、私だけでも涼州騎馬隊は成都へ連れて行ける。貴方は戻って、馬岱殿を訪ねてみては……」


「いや……。しかしどこにいるかもう分からないし」


「あの庵に行ってみればどうだろう。可能性は低いが、もしかしたら徐庶殿が何か知っておられるかも」


「……何故馬岱が、俺に故郷に戻ると偽りを言ったのか、気になるんだ。

 いや、何か悪しき理由というわけではないと思う。あいつはそういう人間ではないのでな。ただ……」


「それも本人に聞いたらすぐに分かることだ」


「……いや、いいんだ。

 馬岱ばたいは……涼州騎馬隊が南下すれば、その情報は伝わるだろう。

 それで成都に会いに来るかも知れんし……来ないかも知れんが……それはあいつの望み通りに……」


 何やららしくなくモゴモゴ言い始めた馬超に趙雲は目を瞬かせたが、肩を叩いた。


「必要ないと迷いなく貴方が言ったら、そうかで済ませたが。

 その様子では迷っているのだろう。行って来い馬超ばちょう殿。

 折角涼州騎馬隊が合流して貴方に迷いが消えたのに、馬岱殿のことが不確かなまま気がかりでは、落ち着かんだろう。

 徐庶じょしょ殿を探せば何かが分かるかもしれないし、馬岱殿に会えるかもしれない」


 馬超は少し押し黙ったが、頷いた。


「たしかに……そうだな。気がかりではある」


 馬超は振り返った。


成公英せいこうえい殿。私は一度、涼州方面に戻る。

 だが時は掛けず必ず成都せいとに戻るゆえ、趙子龍ちょうしりゅうについて行き、先に成都に入ってくれ。

 すぐに皆を休ませるよう、趙雲殿に頼んでおく」


「かしこまりました。馬超将軍」

「なんだ?」


 成公英せいこうえいは少し言葉を切った。

「どうした。何かあれば言ってくれ。どうせ戻るから、見て来る」


「……馬超将軍の身が危うくなるようなことはしていただきたくありません。

 ただ……龐徳ほうとく将軍の、最後のご様子などが分かればと」


 馬超はすぐに頷いた。

「分かった。出来る限りのものを調べて来る」

 成公英は深く馬超に一礼した。

 

 彼は龐徳と共に長く韓遂かんすいに仕えて来た。

 そして韓遂は、馬超の父である馬騰ばとうの旧友だったのだ。

 しかし韓遂が曹操とも親交があることで、潼関とうかんの戦いの時に完全に決別したのである。


 潼関の戦いで馬超ばちょうは処刑された父と弟の遺体を取り戻す為に軍を動かし、一族は全滅した。


 成公英としては、単騎で張遼ちょうりょうを斬りに行った龐徳が気がかりとはいえ、馬超にそのことを頼むのは、心境として憚られたのである。

 

 だが馬超は不満など見せず、真摯な表情で頷いて去って行った。

 見送り、成公英はもう一度深く馬超の後ろ姿に頭を下げた。


「さぁ、我々も行こう、成公英殿……成都せいとはもうすぐだ。

 劉備りゅうび殿も諸葛亮しょかつりょう殿も、貴方たちの到着を必ず温かく迎えて下さる」


「感謝します。趙雲将軍」


 頷き、彼らは雪の積もり始めた道を再び歩き始めた。



【終】

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花天月地【第77話 残照を辿る】 七海ポルカ @reeeeeen13

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