21話 月明りに包まれて
手芸部の賑わいから少し離れた場所で、アレクシスはシモンに声をかけた。
「ミアさんにプレゼントを贈りたいんだが、何がいいだろうか?君は姉上と妹君がいらっしゃるから、女性が好む物に詳しいだろ?」
「はぁ、うちの女性陣の好みは常人とはかけ離れ……。あ、ミアさんは、猫が好きです」
「それは知っている。彼女が付けていた猫耳カチューシャも似合っていた」
「あとは、魔法石の護符です。お守り代わりにいつも身につけているそうです。恋人へのプレゼントにぴったりですよ!」
「なるほど……。魔法石の護符か。
シモン、悪いが少し抜けてくるよ」
「はい、ごゆっくりいってらっしゃいませ」
アレクシスが向かったのは、校庭のバザー会場だった。
生徒や保護者がピクニックシートを敷いた上に思い思いの商品を並べている。
中には占いの館をこしらえた生徒たちもいた。
アレクシスは、ふと、ある店の前で足を止めた。
そこは、シンプルなデザインの魔法石の護符が並ぶ店。
その中のひとつに、猫のシルエットの形の魔法石の護符があった。
つややかに光る黒いオニキスの猫。
「黒猫だ、これがいい……」
アレクシスは、迷わずそれを手に取った。
「うちの魔法石は、夜になるともっといいことがあるよ」
店主がニヤリと笑って石にヒモをつけペンダントに加工した。
アレクシスは、それをそっと懐に忍ばせると、再び委員の仕事へと戻っていった。
*
早々に手芸部の商品が完売したミアは、サクラと合流し学園内をめぐることにした。
二人がまず向かったのは、食べ物を売る教室。
香ばしいキャラメルポップコーンの香りや、照り焼きという東方の肉料理の甘辛いタレの香りが漂ってくる。
さわやかな香りのグリーンレモンのレモネードにも行列ができていた。
「うわぁ、美味しそう!」
ミアの目はキラキラと輝いていた。
「もち、食べるぜ!久しぶりの照り焼きだ!」
二人は列に並び、ツヤツヤのタレがかかった鶏の照り焼きとポップコーンを買った。
「ん~、美味しい!」
ミアは満足そうに目を細めた。サクラも負けじと鶏にかぶりつく。おにぎりも買ってきた。
「やっぱ、食べないと力が出ねえよな!」
お腹が満たされた二人は、講堂へ向かう。
そこでは、演劇部が演目を披露していた。
壮大な音楽と、きらびやかな衣装。
役者たちが舞台の上で繰り広げる物語に、観客たちは息をのんでいた。
「わぁ、すごいや……高校レベルじゃないよね」
ミアは思わず感動のため息をついた。
横のサクラは目を閉じて居眠りをしているようだ。
すると、サクラが目を開け、真剣な顔でミアに尋ねた。
「なぁ、ミア。俺、夏ごろまではさ、もし地元の学校に通ってたら……。
どうなってたんだろって、時々思ってたんだ。お前は、この学園で、幸せか?」
「えっ?」
ミアはきょとんとした。まさか、サクラがそんな風に悩んでいたなんて。
それから、にっこりと笑って答えた。
「うん!勉強は大変だけど、毎日面白いよ!サクラちゃんを見習って猫かぶりもやめたしね」
「そっか、俺も今はな、お前と出会えて、俺もなんか、吹っ切れたっていうかさ」
彼女は照れくさそうに頭をかいた。
入学当初、サクラはよく言っていたものだ「都会者に、なめられちゃいけねぇ!」彼女なりに気を張っていたのだろう。
二人が講堂を出る頃には、すでに陽が落ちかけていた。
ランタンに明かりが点され、オレンジ色の光に包まれた校庭は昼間とは違う幻想的な雰囲気だ。
(この後、アレクシス様に会えるんだ……!)
ミアは胸の高鳴りを感じながら、夜空を見上げる。月が出ていた。
*
渡されたメモに書いてあったとおり、ミアは6時に屋上サロンに向かった。
すでにアレクシスが待っていた。長身を優雅に壁に預け、銀縁眼鏡の奥の紺色の瞳で夕暮れの空を見つめている。
端正な横顔は、いつものクールで真面目な表情を浮かべていたが、ミアの姿を見つけると、ふっと顔が明るくなった。
すっかり暗くなった屋上には、ランタンの温かい明かりがぽつりぽつりと灯り、眼下には文化祭で賑わう学園の光が広がっている。
「アレクシス様、どうぞ。グリーンレモネードですよ」
ミアは持っていたレモネードを差し出した。
王都アルカディアはレモンの産地だ。学園の中庭にも何本か植えられていて、今は青い実だが、じきに寒くなれば自然と黄色く色づくだろう。
「いいね、さわやかで」
「甘酸っぱいです!」
「いい事が起こりそうな香りだ……」
「えー、もう学園祭は終わりですよ!アレクシス様、今日は一日忙しすぎましたよね」
「まだ終わってないじゃないか、夜はこれからだよ、ミア。
秋の学園祭は夜も続くんだから。
ただし、僕の仕事はもう終わりにした」
アレクシスはいたずらっぽい目でミアを見て、彼女の頬を優しくなでた。
「ミア……これを君に」
懐から取り出したのは、猫のシルエットをした魔法石のペンダントだった。
「これ……!可愛い……!」
「君によく似合うと思って」
アレクシスは、ミアの首にそっと護符をかけてあげた。
護符がミアの胸元に落ち着いた瞬間、魔法石は淡い光を放ち始めた。その色は優しい月の色、あるいはレモンのような色だった。
「えっ……光った?」
ミアが驚いて護符に触れると、黄色い光は強さを増し、まるで生きているかのように瞬いた。
「ありがとう、アレクシス様……大事にします」
「寒くはないかい? そろそろ戻ろうか」
「寒いけど、もう少しだけここがいいな」
「よかった。実は僕も同じ気持ちなんだ」
後ろから抱きしめられ、ミアが振り向くと、アレクシスの優しいまなざしとぶつかった。
ミアは目を閉じた。
子猫だった頃の記憶、学園での再会、様々な事件、そして今。すべてが夢みたいだった。
「これからも、ずっと僕の隣にいてください」
「アレクシス……」
二人のシルエットがそっと重なる──。
そして、優しくて、温かくて、甘いキス。
手を繋いで、もう一度夜景を見つめた。
来月はもう12月。二人で過ごす初めての冬がやってくる。
「寒いのは苦手だニャ」
「それじゃ、ずっとこうしていればいい」
アレクシスがミアとつないだ手に力を込めた。
「そうだ、ミア。もうすぐ銀星祭りだね」
銀星祭りは、12月を締めくくる家族や恋人と過ごすロマンティックな祭りだ。
「もうそんな時期!ああ、村のもみの木のてっぺん、今年は誰が星をつけるんだろう」
ミアは故郷の村の方角を見ながら、ポツリとつぶやいた。
「プレゼント、何かほしいものはある?」
「うーん、アレクシス様が一緒にいてくれたら、それだけでうれしいな」
「もちろん、その日は一日あけておくよ。
そうだな、毛糸の帽子とか、マフラーはどうかな?寒がりなお嬢さん」
アレクシスが覗き込むように顔を近づけると、ミアはうれしさのあまり飛びついた。
「うわ~、ふわふわで暖かいの大好き!私もアレクシス様にプレゼントしたいです!もしよろしければ、一緒に選びに行きませんか?色違いで、お互いに身につけるの」
銀星祭の飾り付けで彩られた王都の街を二人で歩いてみたい──目をとじるミア。真っ白な雪に覆われた街並み。星型のオーナメントがいたるところに揺れ、それは祝福の魔法の銀色の糸でつるされているらしい。
彼の表情がふわりと緩んだ。「それはいいアイデアだ。君と一緒に選ぶ時間も、きっと楽しいだろうね」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「でも、君はきっと粉雪が舞うのが、うれしくて、外に飛び出してしまうんだろうけど」
「にゃぜ、それをごぞんじで!?」
「わかるさ、あの日から君だけを見てきたから」
アレクシスは彼女のなめらかな黒髪をそっと撫でた。
ミアは思う。子猫のニアだった頃と同じようで、でも、もう同じではない。
それは、優しいけれど、いまだに慣れないドキドキがたっぷり入っている。
「いいよ、たとえ、君がどこへ行っても、すぐに僕も追いかけて捕まえるから」
「アレクシス……」
彼の名を呼ぶだけで胸が痛いほど高鳴り、ミアはアレクシスの腕の中に顔を埋めた。
レモンイエローの月明かりが、二人を優しく包み込む。その光は、まるで祝福のヴェールみたいに、ミアの頬をほんのり温かく照らした。
猫かぶり転生令嬢は、二度目の初恋を夢見る チャイ @momikan
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