霊峰奇譚

雨夜乃良

第1話 とある山稜にて(1)

 美しく高い山々の連なる地があった。

 雲を貫く高峰が並び、果てしなく広がっている。元より人里からは遠く離れていたが、その峻険な山並みは人の訪れを頑なに拒否しているように見えた。


 山稜を一人の男が歩いている。

 使いこまれた荷袋を背負い、山道を登っていた。旅人だろうか。

 尾根は大地よりも空に近い。荒い土や剥き出しの岩、ところどころの草地が斜めにつながっている。背の高い木々はまばらで、低木が足元に茂っていた。

 旅人は『道』と呼ぶには頼りない一筋を一歩一歩たどる。ずいぶんとくたびれた様子で足取りは重い。不意に何かに掴まれたかのように足がもつれ、旅人はその場に倒れこんだ。

 地面に鳥の影が射している。はるか高いところを飛んでいるのだろう。周囲に他の生き物の姿は見えず、まして人がいる気配など皆無であった。

 こんな所で行き倒れたら助からないに違いない。

 旅人自身そう思ってゆっくりと目を閉じた。山に入る直前、麓の小さな村で受けた忠告が思い浮かぶ。「行方不明になる者もいる。独りで行くな」と。親切な村人に申し訳なくなり、振り切って来てしまった自分を呪った。


(これが俺の最期なのか……。せめて腹いっぱい食べてから……)


諦めかけたその時、頭上から声が降ってきた。


「おまえさん、どうした大丈夫かね?」


旅人を心配そうに覗き込んでいるのは、銀色の髪をした壮年の精悍な男性だ。背には大きな籠を背負っている。


「あそこにうちがあるんだが、ちょっと休んでいかないか?」


男が指さす方向には何やら小屋のような建物が見える。旅人は小さく頷いた。これぞ天の助けか。男に抱え起こされると、旅人はおぼつかない足取りで山道を再び歩き出した。

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