夜明けへ向かう、あの夏の最終列車

東井タカヒロ

あの夏の最終列車

 あの夏の日、僕は最終列車に乗った。

 車窓の向こうは、どこまでも色を失っていた。

 きっと、誰もがあることだと、思う。


「……なんで、あんなことをしたんだろう」


 自分をただひたすらに責めては反省を繰り返す。

 悶々とする考えが段々と肥大化していく。


「どうして、謝らなかったんだろう」


 1人の車内で、反響し、自分に帰ってくる。

 そして、すぐに車両の音でかき消される。


 些細な出来事だったんだ。

 くだらないことで友達と喧嘩して、謝ることすらできなかった。


 僕は逃げたんだ。

 謝る勇気が怖かった。

 たった、それだけだ。


 本当は分かっていた。

 悪いと。

 でも、いざ、口に出そうと謝ろうとすると、喉がつっかえるように出なかった。


 ――あの時、僕は謝りたかったんだ。

 

 逃げて、今、この最終列車に揺られ、運ばれている。

 どこへ向かうのか、どこで停まるのか。

 そんなこと、知らない。


 ただ、僕は……。


「都城駅。都城駅。お出口は左側です」


 暑い空気が冷え切った車内を侵略していく。

 混ざり、溶け合い、なんともいえない空気になる。

 まるで気まずいような空気だ。


 駅から見える海は、蒼く、透き通るような波をしていた。


 「僕とは、正反対だな」


 そして、扉が閉じ、やがて冷え切った空気へと変わる。


 トンネルに入ると、車窓に反射した自分の顔が覗いてくる。

「……酷い顔だ」


 虚ろな目で、何かを伝えようとなっている、そんな顔だ。


「お前さん、酷い顔だな」

 

 ……さっきの駅で乗ってきたお姉さんだろうか。


「何があったんだ?聞いてあげよう」

「いや、結構です。放っておいてください」


 誰なんだろう。


「そうか。何に悩んでいるか分からないがな、少年、想いは伝えないと分からないぞ」

「どうして、そんなことを言ってくれるんですか?」

「……そうだな、私なりの贖罪、かな。分からないまま終点に着くのは可哀想だろ?」

「――贖罪?」

「私も昔、謝れなかった相手がいてな。私のはもう、取り返しがつかないだけさ」

 

 まるで嵐のように、お姉さんは別の車両へと移動して行った。


 ――想いか。

 そうだ、僕は何に悩んでいるんだろうか?

 謝ればいいじゃないか。


 ……どこか納得していない。

 そう、思う。

 

 孤独感?

 もう、あの場所に戻ることができないような……。

 僕は、超えてはいけない一線を越えてしまったのだろうか?

 

 「次は穂栄駅ー。穂栄駅ー、お出口は右側です」

 

 冷たい空気から、暑い空気の中に入る感覚が鮮明に伝わってくる。

 僕は、最終列車から降りた。


 なんで降りたのか。

 車内のあの、空気の中にはいてはいけないと感じた。

 長く留まってはいけない、そんな気がした。


 無人駅で、誰もつかってなさそうなほど、錆びついていた。

 草木は生い茂り、窓はヒビが入り、ベンチは朽ちていた。

 薄暗く、軽い色の駅だ。

 若干鉄錆の匂いがする。

 改札を出て、舗装されてないような草木の道を下っていく。


 灼熱の陽光は、草木で遮られ、熱気だけが、僕を襲った。

 道なき道を進んで行くと、次第に、塩の匂いがした。


 ――海。

 この先への好奇心と、既に忘れかけている友達のことを原動力に、前に進む。


 しばらくすると、開けた砂浜に出た。

 日が沈みかけ、水面が夕日を反射し、照らす。

 その光景は僕に、感動と、自然の壮大さを叩きつけられた。


 綺麗だ。

 ……どうして、僕はこんなことで悩んでいたのだろうか。

 もっと早くに気付けば良かった。


 謝ろう。友達に。

 納得とか、理屈じゃないんだ。

 僕が求めていたのは――。


 帰ろう。

 そして、謝ろう。


「また、ここに来られるといいな」


 来た道を戻り、駅の改札を通る。

 さっき来た駅とは思えないほど、駅は色鮮やかに、輝いていた。

 草木が青く生い茂り、窓は透明に反射し、ベンチは木の色が出ていた。


 鉄錆の匂いも薄まり、土の匂いが辺りを包む。


 日が落ち、駅に明かりが灯る。

 白く、無機質な光が、僕を照らす。


 だけど、その光は冷たくなく、明るい光だった。

 変な解放感と、高揚感で満たされているのを感じる。


 あの日、僕らは喧嘩をしてしまった。

 僕は謝らなかった。さらには、ここまで、逃げた。


 どうしても、彼に会いたい。

 そして、謝りたい。

 そして、願わくば、もう一度あの日常へ向かいたい。

 

 暗闇の中から、最終列車の光が駅に入っていく。

 金属が擦れる音を出しながら、駅に停まる。

 扉の先は相変わらず、冷え切った空気でいっぱいだった。


 あの、なんとも言えない空気も、今なら心地よい。

 一番近い席に座り、僕は、夜明けの終点を目指す。


 僕は、しっかりと想いを伝える。

 それが、謝りるということだと思うから。

 なんだか、少し正直になれた気がする。


 ――最終列車は、何処までも進み、僕を運んでくれる。

夜明けの終点を目指して、僕はまた、扉の前に立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜明けへ向かう、あの夏の最終列車 東井タカヒロ @touitakahiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説