ダダダダダイナソー
藤泉都理
ダダダダダイナソー
「パイセン。待っていて下さい。ワタシがパイセンの悲願を果たしてみせますぃ」
恐竜復活という蚊のパイセンの悲願を必ず。
八月七日の立秋。
初めて秋の気配がほの見える頃。
暑い盛りだが、これ以降は夏の名残の残暑と言うのだそうだ。
とある土地のとある恐竜博物館にて。
初めてこの土地に足を踏み入れた二人の兄弟。
兄の名は
共に怪物ハンターを名乗っているが、天才と名高い兄とは違い、弟は落ちこぼれと後ろ指をさされていた。
今回二人に依頼を申し込んだのは、この恐竜博物館の館長であった。
午後八時の閉館後、夜な夜なレプリカの恐竜の骨に抱き着いている怪物が出現しているらしい。
現段階では人に害は及ぼさないそうだが、レプリカが壊される可能性もある上に、夜回りしている守衛が怖がってどうにかしてくれと泣きつかれたので、今回、秋隣と燈花に依頼したのだそうだ。
「兄様。僕、風邪を引きそうです」
「まったく。着替えは用意しておけとあれほど言っておいただろうが」
館長が気を遣ってくれたのだろう。
ガンガンガンガガン、クーラーを効かせてくれているおかげで暑くはないが、決して快適とは言えなかった。恐竜博物館に来るまでの道中で汗を大量に搔いてしまった中でのこの効きすぎクーラー。身体に堪える寒さだった。
秋隣はからっていたリュックサックから着替えの下着と洋服を取り出して、燈花に差し出した。
ありがとうございます。
燈花は深々と頭を下げて受け取ると、早速着替え始めた。
「着替えたものはキミがからっているリュックサックに収めるんだぞ」
「はい。兄様」
秋隣は燈花がリュックサックに着替えた物を入れたのを見届けてのち、見回りに行くぞと先導したのであった。
チュパカブラ。
中南米で目撃される吸血怪物。
小型の恐竜のような姿をしているとされ、全身は鱗で覆われている。牙が鋭く、血を吸う習性がある。
「ワタシは蚊のパイセンの代わりに壮大な悲願を果たすのですぃ。蚊のパイセンの代わりに恐竜の血を吸って、地面に還って、化石になって、恐竜復活をさせるという蚊のパイセンの悲願を果たすのですぃ」
「『ジェラシック・ワールド』を見過ぎたチュパカブラのようだな」
「きっと暑過ぎて脳がイカれてレプリカか本物かの区別もつかなくなったようですね。可哀想に」
ティラノサウルスの骨格のサンプルに抱き着いているだけで、噛みついてもいないチュパカブラを見上げた秋隣と燈花。放っておいても大丈夫そうな気がするが、サンプルとはいえティラノサウルスの骨格にいつか噛みついたり倒したりして損害を与えそうであったので、退治する事にした。
「任せたぞ。燈花」
「はい。兄様」
この程度ならば弟一人で大丈夫だろうと燈花に任せる事にした秋隣。少し離れたところから見物する事にしたのであった。
「僕の名前は燈花と申します。そなたの退治を今からします。お願いします」
「退治」
「はい。退治です」
「何故ですかぃ? ワタシはただ蚊のパイセンの代わりに恐竜復活という悲願を果たす為に必要な事をしているだけですぃ」
「そなたの事情は知りません、受け付けません。僕はただ依頼をこなすだけです」
「そ。そんな。ワタシはただ。ワタシは、志半ばで死んでしまった。蚊のパイセンの代わりに、蚊のパイセンの悲願だった恐竜復活を果たす為に必要な事をしなければならないのですぃ」
ボロボロと大粒の涙を流すチュパカブラを前にしても、燈花は微塵も動じなかった。
が。
「ぞ。ぞうなのが………蚊のバイゼンは死んでしまっているのか。そうか。その死んだ蚊のバイゼンの代わりに。キミは。キミは。うう。なんて事だ。そんな尊い事をしているなんて」
「………兄様」
「燈花。退治は中止だ。チュパカブラに恐竜の吸血をさせてやろう。よし。館長に頼んで来るから待っていろ。おとなしく待っていろよ。チュパカブラ。ティラノサウルスの骨格のサンプルを壊したら即退治だからな」
「はいぃ」
「燈花。退治をするなよ。いいな」
「兄様の命ならば従います」
「うん」
燈花は駆け走っていく秋隣を眉根を下げて見送ったのであった。
「おい。秋隣、燈花。てめえらは何をしにここに来たんだ? ああん」
「「チュパカブラの蚊のパイセンの悲願を果たす為です」」
秋隣と燈花の師匠である
「ちげえだろがよ。チュパカブラを退治するか、もしくは説得してここから退かせる事だろうがよ。それを何を館長を困らせてんだ。ああん? 恐竜の血を下さいって土下座をされるんですどうにかして下さいって、わしが館長に泣きつかれただろうがよ。おたくのお弟子さんたちを引き取ってくださいって泣きつかれちまっただろうがよ。おかげでとんだ赤っ恥を掻いちまったよ。どうしてくれんだ、ああん」
「まだまだ手を焼く弟子が居る現実に喜べばいいと思います師匠」
「兄様と同意見です。お師匠様」
「………おーおー。本当に大物の弟子を持っちまって、涙がちょちょぎれちまうよ。わしは」
「よかったですね。師匠」
「よかったですね、お師匠様」
「ばかたれっ! 修行のやり直しだっ! さっさとついてこいっ!」
「師匠っ! チュパカブラはどうなるのですか?」
「力を大部分吸い取ったあとに強制送還だバカタレが」
秋隣と燈花の首根っこを掴んで引きずる露久佐は、怪物に感情移入をするなと𠮟咤した。
「今回は無害の怪物だったから幸いだったがな。こちらの同情を買って己の欲望を果たそうとする怪物の方が当たり前に多いんだと何千回言えば覚えるんだよ」
「ボクに何千回言っても無駄です。すぐに忘れますよ。師匠」
「僕は覚えていますが、兄様の命令が第一なので、お師匠様と言えど、二の次になります申し訳ありません」
「………ああ。頭がいてえよ。何でてめえらを弟子にしちまったんだろうな。わし」
「頭が痛いですと? 風邪を引いたんじゃないですか。師匠。早く家に帰りましょう。燈花」
「はい。兄様」
「おい! てめえらっ! 下ろせっ!」
秋隣に上半身を、燈花に下半身を担がれた露久佐は叫んだのだが、秋隣も燈花も聞き入れずに、駆け足で家へと向かったのであった。
「おいっ! まさか走って帰るつもりじゃないだろうなっ! 新幹線っ! 新幹線はどうしたっ!」
「節約ですよ、師匠」
「節約です、お師匠様」
「ばかたれっ。おーろーせー!!!」
(2025.8.7)
ダダダダダイナソー 藤泉都理 @fujitori
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