少女未満のわたしたち・2(『花びんの中のチューリップ』)

・みすみ・

花びんの中のチューリップ

 5年生になった。

 わたしは、由衣ゆいちゃんと同じクラスになった。


 由衣ちゃんとは、あのあと、アトリエ・レインボーで、たまに話す仲になっていた。

 学校では、相変わらず。

 トイレでぐうぜん会ったら、あいさつくらいはするけど……、という間柄。


 由衣ちゃんと同じクラスになるのは、初めて。なんだか、緊張してしまう。


 と、当初は身構えていたわたしだったけど、同じクラスだからといって、別に由衣ちゃんと、特別に親しくなることはなかった。


 三木みき早苗さなえと、水島みずしま由衣ゆい

 出席番号は近いけれど、間には、美沢みさわエリナちゃんが入っている。

 わたしは廊下から数えて2列目の1番うしろの席で、美沢エリナちゃんは、廊下側の1番まえの席。そのうしろが、水島由衣ちゃんの席。

 かなり、遠い。


 それに、わたしと由衣ちゃんとでは、つるむチームが、はなから違う。

 由衣ちゃんは、男子とはまったくからみがないし、わたしは男子とばっかり遊んでいる。


 でも、視界には入る。

 毎日同じ空間にいるんだから、当たり前だ。


 5年生の担任は、この春着任してきたばかりの25歳の男の人だ。

 茂木原もぎはらという名前で、20分ある中休なかやすみには、外に出ていっしょに遊んでくれることもある足の速い先生だ。


 4月のある日、エリナちゃんが、5―3の教室に、家で育てたお花を持ってきてくれた。


「きれいな花をありがとう、美沢さん。えーと、花びんを持ってくれば良いのかな」

 教室に持ってこられたチューリップの花束は、1時間目が終わるまで、そのまま先生の机の上に置かれっぱなしだった。


 茂木原先生は、休み時間にガラス製の花びんは持ってきてくれたけれど、花のお世話について、指示することはなかった。

 日直が水替えをする、とか、お花係を任命する、とか。


 花びんは、子どもたちが勝手に触ってはいけないゾーン――先生の机の近く、先生用の教科書なんかがある棚の上に、とりあえず、といった感じで飾られた。


 その日はずっと、エリナちゃんの顔が曇っていた。


 次の日も、花びんはずっとそこに置かれたままだった。

 透明なガラス瓶の中の水は、けられたときより濁っているように見えた。

 

 終わりの会が終了して、茂木原先生と「さようなら」のあいさつを交わしたとたん、一気に教室の中がうるさくなった。

「三木、今日って遊べる日?」

 友だちの阿久里あぐり信太しんたが、私の席まで駆けてきて、聞いた。

 わたしはミントグリーンのランドセルを背負いながら、

「ごめん、スイミングの日」

 と、答えた。


 4年生の終わりに児童クラブは辞めていて、スイミングスクールとアトリエがない日の放課後は、自分の好きな友だちと、遊び放題だった。

 自由って素晴らしいな。


「明日は」

 阿久里の問いに、

「いいよー。どこ集合?」

 水筒を斜めがけしながら、答える。

 ふと、目のはしに、由衣ちゃんが動くのが見えた。窓ぎわのすみの先生の席に向かっている。


 由衣ちゃんは、うつむいて、何か言ったみたいだった。

 長身の茂木原先生が、キャスター付きの椅子いすに座ったまま、由衣ちゃんのそばに寄り、耳を近づけた。


 教室の中は騒がしかった。

 由衣ちゃんの声は、大きくない。

 茂木原先生が由衣ちゃんに近づくのは、ふつうの行動だ。

 なのに、わたしは、なぜだか、いやだな、と、思った。


 茂木原先生は、何度かうなずくと、立ち上がって、チューリップの生けられた花びんを持ち上げた。

 由衣ちゃんが、差し出された花びんを両手で受け取る。


 茂木原先生が、申し訳なさそうに何か言うと、由衣ちゃんは、小さく頭を横に振ってから、きびすを返した。


 ちょうちょみたいなリボンをひらひらさせながら、エリナちゃんが、由衣ちゃんに足早に近づいて行って、しゃべりかけた。

 エリナちゃんは、後頭部の真ん中ぐらいの位置で髪の毛をひとつくくりにし、ピンクのリボンで結んでいる。

 

 二言ふたこと三言みこと交わしてから、ふたりは、チューリップの花びんを持って、仲良くいっしょに教室を出ていった。


(花のお世話係にしてもらったのかな)

 わたしは、ぼんやりと考えた。


「ちょっと! 三木、聞いてんの?」

 阿久里信太の声に、はっと我に返った。

「あ、ごめん、ごめん」

 サッカーチームに入っている阿久里は、運動能力が高くて、いっしょに外で遊ぶと楽しい。


 近ごろは周りのみんなして、外遊びでは阿久里に負けることが多くなってきたけど、人をバカにしないから、彼から友だちが減ることはない。

 気持ちのいい男子だ。


 わたしが、ぼけっと由衣ちゃんたちを見送っている間に、あとふたり、男友だちが集まってきていた。

「明日、5時間授業だろ。3時くらいに噴水公園に集合な」

 こいつ、心配だな、という表情で、阿久里が確認するように言う。


「あ、そっか。水曜日だから、早帰りだね。晴れるといいねぇ」

 わたしがいつもの調子で返すと、ようやく、阿久里がニカッと白い歯を見せた。

「久々にめっちゃ遊ぼうぜ」


 


 由衣ちゃんと、エリナちゃんが世話するようになったチューリップの花びんは、みんなが見られる場所、教室の後ろのロッカーの上に置かれるようになった。


 幾日かたつと、はらり、ほろりと、ピンクや白のチューリップの花びらは落ちていった。

 褪色たいしょくした大きな花びらには、くすんだ黄色い花粉がまとわりついている。


 ぼってりとした花びらが、花びんのそばに落ちているさまは、まるで小さな鳥の死骸が横たわっているかのようで。

 透明なガラスの塔に気づかず、その身を打ち付けて墜ちて死んでしまったあわれな小鳥のようで。


 わたしをぎくりとさせるのだった。


 やがて、すべての花は終わり、花びんも片付けられてしまった。


 それまで、毎日、わたしは花を見た。

 花の世話をする彼女たちを、見ていた。

 

                  〈終〉


🎹続編のご紹介🏫


 少女未満のわたしたち・3(『フツウの子』)


https://kakuyomu.jp/works/16818792438168348319/episodes/16818792438168845010


 





 

 















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少女未満のわたしたち・2(『花びんの中のチューリップ』) ・みすみ・ @mi_haru

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