ボロアパートの一室で

案山子

ボロアパートの一室で

『郊外に建つ築五十年は過ぎているであろう古びたアパート。

その201号室には社会人で二十代前半の男性が一人、暮らしていた。

時刻は丑三つ時の深夜二時。

男性は唐突に金縛りにあい、目を覚ました。

目覚めた男性の目の前には白い布で全身を覆った、髪の長い見知らぬ若い女性が生気の失せた顔で男性のことを見下ろしていた。

男性は突然現れた見知らぬ女性を凝視しながら、唯一動かせることが出来る口で一言ーー』



「……俺のタイプじゃねえ」


「…………はい?」


「この事故物件には俺好みの女幽霊が棲み着いていると信じていたのに。

まさかお前みたいな女幽霊が棲み着いていたなんてな……。

あぁ、俺ってなんてこう良縁に恵まれないんだろ」


「え? ん? あれ?

 ……あの、わたし幽霊なんですけど」


「あぁ。見ればわかるよ」


「そうですよね。わかっているんですよね。それならよかった。

だったらここはもう一度仕切り直して。………………」


「忠告しとくけど。そんな俺のことを見つめてきても、俺はキミに対してなんら恋愛感情なんて持たないから。あしからず」


「うわ! 初対面の人に速攻でフラレた! じゃなくて、反応が違うでしょうが! 反応が!

幽霊が出現したら悲鳴を上げて取り乱すものでしょうが、普通! 

それなのにさっきからタイプやら恋愛感情とか的外れなことばかり言って! 

アナタまさか幽霊を異性として見ているとでもいうの!」


「当然そうだが」


「ワォ! キッパリ言っちゃたよこの人! てか、幽霊を異性として見るなんて、アナタかなりの異常者!?」


「ずいぶんな言い方するじゃないか。俺はただ女幽霊にしか魅力を感じない女幽霊フェチなだけだ」


「キモッ!! 幽霊のアタシが言うのもなんだけど、アナタめちゃくちゃキモッ!!」


「キモッてなんだよ! 性的嗜好なんて人それぞれなんだから別にいいだろうが!」


「そうだとしても限度ってもんがあるでしょうが! そんな変態的な性的嗜好、田舎の親御さんが泣いているわよ!」


「泣くか! 息子の性的嗜好で! つーか、確かこの事故物件ではショートヘアの若い女性が自殺したって聞いてたんだが、まさかお前がその自殺したショートヘアの女性なのか?」


「あー。居たわね。ショートヘアの女子大学生。でもその子はアナタの前に内見にきたイケメン風の若い男性に取り憑いていっていまはもういないわよ」


「なに!!もういない!!チクショウ!! 一足遅かったってことかよ! 

もっと早くこの事故物件と巡り会っていれば、そのショートヘアの女子大学生とお近付きになれたかもしれなかったのに! 

クソっ! 取り憑かれたっていうそのイケメン風の男め、なんて運が良くて羨ましい奴なんだ!」


「……幽霊に取り憑かれて運が良くて羨ましい奴だなんて気の触れたことを言うのはアナタだけよ。

でも、アナタのタイプってああいう子なのね。

ほんと、あの子とアナタが出会わなくて心の底から良かったと思うわ。

出会っていたらあの子、どんな非道い目にあっていたか。想像するだけで身震いするわ」


「非道い目ってなんだよ、非道い目って。ん? ならお前は一体何者なんだ?」


「アタシ? アタシは巷で言うところ浮遊霊よ。たまたまここを見つけて、なんだが居心地がいいからここに棲み着いているだけよ」


「フ〜ン。浮遊霊ねぇ。それにしても化けて出てくるの遅くね? 

俺、ここに引っ越してからもう三ヶ月ぐらい経つんだけど。普通こういった行事ってもっと早目にやるもんじゃないのか?」


「行事って……。でもそれはアナタの偏見よ。いつ化けて出てくるかは幽霊側の気分次第なんだから。すぐの時もあれば、数十年後って時もあるわ。

……てか、なにアタシは生きている人間と仲睦まじく会話しているのよ! 

いち幽霊として恥ずべき行為だわ! ここはもう一度気を取り直して。…………」


「いやいや。今更睨みつけられても怖がることなんて出来んぞ」


「くー! 親しくなり過ぎた! こうも短時間に親近感を持たせてしまうだなんて。アタシの余りある愛想のよさが裏目に出たわ!」


「ここまでの流れの中でお前の言う余りある愛想の良さはいつ出たんだ? まぁそれはどうでもいいや。それよりもなんで今頃になって化けて現れたんだよ」


「暇だったから」


「んなしょうもない理由で出てくんな! まったく、こっちは明日も早朝から仕事だっていうのに。なんでお前の暇潰しに付き合わされなければならないんだ」


「世界人類の平和のためです」


「黙れ幽霊!! もう人間でもないくせして!」


「まぁ、こっちの冗談になんて冷たい言い返し! フンっ、わかったわよ。アタシだってアナタのような変人とこれ以上関わり合いたくないもの。早々においとまさせてもらうわ」


「いなくなる前にこの金縛りを解いてくれよ」


「わかってるわよ、うるさいわね。金縛りを解けばいいんでしょ、解けば。ちょっと待ってなさい」


「あぁ。早くしてくれ。これから二度寝しなくちゃならないんだから」


「……………………。ねぇ、会うのはこれで最後だと思うから、一つだけ聞いていい?」


「ん? なんだ」


「アタシがかけた金縛りってどう解けばいいかわかる?」


「んなことわかるか! シリアスな口調でなにを言い出すかと思ったら。まさかお前、金縛りの解き方わからないのか!?」


「うん。てへっ」


「てへっ。じゃないわ! お前自身がかけた金縛りなのに、どうして解き方を知らないんだよ!」


「だって金縛りをかけたのも、人前に姿を現したのも今回が始めてなんだもの……。て、あれ? そういえばアタシどうやって姿を消せばいいのかもわかんないや」


「……お前、なにもわからないんだな」


「性がないじゃない! すべてが今日始めてなんだから! ……だから、その、申し訳ないんだけどスマホで金縛りの解き方と姿の消し方を調べてくれない?」


「金縛りで身体が動かないのに調べられるわけないだろ! ましてやネットに幽霊にかけられた金縛りの解き方や、幽霊が姿を消す方法なんぞが載ってあるわけないだろ!」


「くっ! まさかこんなところでネット情報の脆弱さが露呈されるだなんて!」


「ネット界に理不尽ないちゃもんをつけるな! とにかくどうにかしてこの金縛りを解いてくれ!」


「わかってるわよ。でもこんなに人と話したのは久しぶりで疲れたから、ちょっと休憩してもいい?」


「幽霊が人並みに疲労感を感じているんじゃねぇよ!!」



『その後、女幽霊があれこれ試しても金縛りが解ける兆しは一向にみえなかったが、早朝になると金縛りは自然と解け、男は仕事に遅刻することなく間に合い。

女幽霊も早朝になって自然と姿を消すことが出来ました

めでたし。めでたし。

……て、これで完結していいのかこの話しは?』



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