結。
「えぇと……そんな姿になってしまって、彼氏にも気付いてもらえないままで、本当に辛いだろうなって思う」
多少の怖さは残っているけれど勇気を振り絞って、ボロボロの姿になった女へ話しかけてみる。彼女は顔を伏せてすすり泣いたまま、微動だにしていない。
「僕もちょうどあなたぐらいの頃にね、大好きな人が居て会えるのが楽しみで嬉しくて、同じようにしていたんだ。だから、気持ちはわかる気がする」
諭すようにそう話すと、すすり泣きが止まる。
私の場合はコンビニ待ち合わせではなく、帰り道を一緒に歩いて彼女の家近くにある自動販売機前のベンチが思い出の場所だったけれど。
その場所でどれだけ待ち続けても、彼女の姿を『生きて2度と見る事が無い世界線』に立っている自分を想像する。きっと耐えられないな、と思う。
だけど。それでも。
どんなに強い悲しみでも、人はきっと乗り越えていくのだろう。だってそうしなければ、その先の人生なんてとても生きてはいけないから。
「もし今、彼が『君が死んでしまった世界』で生き続けていたとして、ずっと貴女の事を想って立ち直れないままで居る事を、あなたは望むだろうか?」
うなだれていた顔を上げ、こちらを凝視する女。その顔からは表情は全く読めないけれど、唇を震わせ、動揺しているだろう事だけは何となく伺える。
そしてどれくらいの時間が経ったか、その目玉の落ち窪んだ眼窩から零れたのは、霊になってしまった女の涙だった。
『そんなワケないッ! 本当は分かっているのよ、彼とはもう同じ世界で生きられる事は無いって。だから彼には私のいない世界で幸せになって欲しいって……でも……でもっ!』
そう叫んで泣き続ける彼女は恐ろしい亡霊の姿ではなく、傷付いただけの女性のように見えた。
それでも、諦めきれない。そう思っている事は私には痛いほどわかった。私だってそんな思いに何年も囚われていたからだ。
「今、貴女の想う彼がどこでどう過ごしているかは知らないけど。今はようやく違う誰かと幸せに過ごしながら、それでも貴女の事だって、心の奥底で大切な記憶として忘れないでいると思うんだ。少なくとも僕は、そう信じてる」
そこに確証は無いけれど。彼が私だったら、きっと。
その言葉に顔を伏せた女の泣き声はだんだんと大きくなり、嗚咽のようなものとなる。その姿がほのかに発光しているのを見ながら、私は手を合わせて祈らずにはいられなかった。
彼女が縛られた執着から解き放たれてくれるようにと。
そこまで想われている彼女の恋人だった男が、死を乗り越えて幸せに笑っていてくれるようにと。
『ありがとう』
目を開いたとき、そこに居たのはボロボロの姿をした女の霊ではなく、白いワンピースを着た20代くらいの女性が笑顔を浮かべていた。その姿はまるで線香花火が燃え尽きる前、眩しい輝きを放つように一瞬だけ強く発光し……次の瞬間には影も形も無く消えていた。
彼女が腰かけていたハズのベンチ側から前の道路を通り過ぎる車のライトがこちらを照らし、そして通り過ぎる。あとに残されたのは俺一人と、元の通りの暗闇だけだ。
「……帰るか」
大きく息を吐き出すと、誰に向けてでもなく呟く。なんだかどっと疲れ果てたけれど、何かをやり遂げた充足感があった。
現実は全く上手くいっていない事ばかりだけれど、それでも自分は生きなければいけないと、強く思った。きっと彼女が生きて迎えられなかった、世界線の先の物語を。
……だけど、その時だ。
【よくも我が『
人の声をスロー再生で流した時のような無機質でのっぺりとした、低い男の声。
座っているベンチの真後ろから感じる物凄い威圧感に鳥肌が立つ。真夏の夜だというのに寒気が止まらず、歯がカチカチとなってしまう。
振り返らないでそのまま立ち上がって一目散に、逃げろ。
本能はそう警鐘を鳴らしているのに、身体はほとんど動かせずにゆっくりとした動きで恐怖の元凶を確かめるべく振り返ろうとする。
その目に飛び込んできたのは、それは……
________________
N県のS市というところにある、潰れたコンビニ跡地の建設資材置き場。
そこには奇妙な噂が、今も伝わっている。
夜中にそこを通ると、道の真ん中に足を引きづったボロボロの服装の男が現れ、
「俺ヲ……娘ノトコロへ……返シテクレェ!」と叫んで車に乗り込もうとする、だとか。
資材置き場の外に置かれた黒ずんだボロボロの木製ベンチが夜は何故か真っ赤なベンチに変わっており、そこに座ると戻ってこられない、だとか。
だがその真相を知る者は、誰も居ない。
(了)
コンビニ跡地 川中島ケイ @kawanakajimakei
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