「焔に消える影」
人一
「焔に消える影」
田舎から逃げ出して五年が経った。
この時期になると、決まって思い出すのが地元の祭りだ。
焔神という火の神様を祀る祭りで、昔からこの土地に根づいている……らしい。
村の広場に櫓を組み、その年に収穫された作物と藁で飾り付ける。
それに火を灯し、一晩絶やさぬよう燃やし続ける――それだけの祭りだった。
だが私は、どうしてもその光景に不気味さを拭えなかった。
神もお化けも信じていないし、信じたいとも思っていない。
それなのに。
火にあたっているのに、ずっと寒かった。
この記憶が、ずっとこびりついていた。
今年、祖父が亡くなり、葬式のために久しぶりに戻ってきた。
そのついでに、親に連れられて例の祭りにも顔を出すことになった。
「じゃあ今年の火付けは、久しぶりに帰ってきた田真にお願いしようかしら」
そう言って、母に松明を持たされ、櫓の前へ押し出された。
気は進まない。けれど、皆は笑顔で――まだかまだかと、こちらを見つめていた。
「……それでは、焔様に向けて、火を灯させていただきます。
『ふんぐ……いなふ。火を灯すは、我らの神のため。
ふる……たぐん。我らの捧げ物を、お受け取りください。
かの星に燃ゆる焱、絶やさぬために――
我らを、お受け取りください。』」
口をついたその言葉に、自分でも驚いた。
何年も耳にしていなかったはずなのに、まるで染みついていたように、すらすらと出てきたのだ。
そして櫓に火をつけた。
周りから歓声が上がり、炎は激しく燃え上がる。
役目も終えてすぐにでも帰りたかったが、火付け役は朝まで火の番をする決まりだと言われた。
どのみち、大人も子供も関係なく輪になって踊る村人に囲まれいて、逃げ出せそうにもなかった。
⸻
どのくらい時間が経っただろうか。スマホをちらりと見ると、すでに0時を回っていた。
子供たちの姿は消え、大人たちは焚き火を囲みながら、酒を飲んだり、話し込んだりと思い思いに盛り上がっている。
「……こっちは薪運びで腕パンパンなのに。ずいぶん楽しそうだな。」
小さく文句を吐きながら、火の番を続けていた。
騒いでいた大人たちの声が、いつの間にか静かになっていた。
やがてあたりは、まるで息をひそめたように静まり返る。
スマホの画面を見ると、午前3時。
「……こんな遅い時間まで、よく騒いでいたものだ。」
地面に転がる大人たちを眺めて、ぽつりと呟いた。
火はまだ勢いを失うことなく、煌々と燃え続けていた。
しばらくして、空が朝に染まり始めた。
山間から差し込む光に、思わず目を伏せる。
何度か瞬きをして目を慣らし、再び前を見た。
まだ燃えている櫓の炎が、不意に――青く揺らめいた。
その瞬間。
揺らぎの“間”から、何かがこちらを見ていた。
形容することもできないモノ――
その“眼”と、目が合った気がした。
朝日が昇った午前7時。
大人たちがゆっくりと、眠気を引きずるように目を覚まし始める。
「お父さん、今年の火付け役と火の番、ありがとうございましたね。お疲れ様です。」
「えっ? ワシは……何もしてないぞ?」
「あら、そう? じゃあ、隣の旦那さんだったかしら。
朝ごはんできてますし、帰りましょう。」
大人たちは誰も疑問を口にせず、それぞれの家へと散っていった。
火は、消えていた。
しばらく――火を熾す必要も、きっと無いのだろう。
「焔に消える影」 人一 @hitoHito93
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます