澄んだ宙

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澄んだ宙

世界の終わりが訪れるその日、ナナは町の外れにある、誰も使わなくなった観測塔に向かった。地上は騒がしく、誰もが逃げる準備に追われていたけれど、ナナだけはその喧騒を抜け、ひとり高台に登っていった。


「宙が、澄んでいる……」


塔のてっぺんから見上げた空は、雲ひとつなく、青でも黒でもない、どこまでも透明な”何か”に満ちていた。星たちが昼にもかかわらず瞬いていた。


彼女の隣に、音もなく現れたのは、見知らぬ男だった。白いローブに、目だけがとても深い。


「ここまで来たのは、君だけだったね」と彼は言った。


ナナは頷いた。理由はなかった。ただ、何かに呼ばれたような気がしただけだった。


男は空を見上げて続けた。


「この“宙”は、終わりではなく始まりの器(うつわ)だ。澄んでいるのは、まだ何も染まっていないから。君が最初の色になる」


ナナは目を閉じた。そして、その澄んだ宙に静かに手を伸ばした。


その瞬間、風も光も音もすべて止まり、世界が一度だけ、息を吸った。


新しい世界が生まれるとき、誰もその最初の光景を知らない。ただ、遠い記憶のように人々は語り継ぐ。


——「澄んだ宙」からすべてが始まった、と。

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澄んだ宙 sui @uni003

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