大声で声援を送る女性の姿が二つ映っている。広いライブ会場の中でも、その女性たちは誰の目にもつくほど熱狂していて、言い換えれば悪目立ちしていた。


 私の眼前につきつけられた映像は、月裏が右手に持つスマホの中だった。しかし、撮影者は彼女ではない。匿名で投稿されたSNS動画だった。かなりのリポスト数を稼いでいて、ご丁寧に『私島の強火ファンwww』という文言も添えられていた。


 月裏が動画を停止したあとで、神妙な表情を浮かべて言う。


「帯船。これは俗にいう、ちょっおま有名人じゃん、というやつではなかろうか」


 あまりにも身に覚えのある映像に、冷汗をダラダラと垂らした。


 私の現バイト先で、月裏の元バイト先の書店。その雑誌コーナーの前で、私たちは目を見合わせて、揃って苦笑いを浮かべた。


 先日バイトを退職した月裏だが、今日は私のシフトに合わせて書店に来てくれていた。制服を返却するため、という正式な用事もあったのだが、まさかこんな凶報まで同時に届けてくれると思わなかった。


 映像のなかで熱狂する女性二人の正体は、言うまでもない。


「なんてものをバイト中に見せてくれるんじゃ、われ」

「直前に見つけてしまったんだから、仕方ないだろう」


 仕方なくなんかない。私とは大学もサークルも一緒なんだし、見せるタイミングならいつでもあるだろう。今じゃなくていい。てか、なんなら一生見せなくてもよい。


 友人ならば、それぐらいの配慮をしてほしいものだ。


 とはいえ、いまさらの話だ、とも思った。月裏に一般庶民的感性を求める方が無理ってもんだ。


 私は心を落ち着かせるため、手元にある雑誌の抜き取りリストに視線を落とす。それから、仕事仕事、と呪文のように唱えて、リストに上がっている女性誌を、什器から一部抜き取った。


 そのあとで、あの日に飲み込んだ質問を投げることにした。


「ねぇ、月裏。ほんとによかったの?」

「なにがだ」

「これじゃあ、『推し活三原則』違反しまくりじゃんか。同担と群れて、衆目の的になって、挙句の果てにこんなバズっちゃったら、私島の認知不可避でしょ」


 月裏は深呼吸してから、腕組みをして唸った。


 しかし、数秒後には腕組みを解き、口を開いた。


「結論から言えば、よくないな。ただ、感情が抑えきれない時もある。アンチばかりの空間、熱狂が足りない会場で歌う推しを前にしてなにもしないというのも、ファンとしてどうなんだ、という想いがあった。不可抗力といえばそれまでだ」

「月裏にしちゃ一貫性に乏しい、都合のいい言い分だ」

「言ってくれるな」


 そう言った後で、月裏の表情は和らいだ。


「『推し活三原則』以上に、大切にしたいものがあっただけだ。優先順位が入れ替わったのだから、しょうがないだろう」


 まるで、観念したかのような笑みだった。その笑顔があまりにも優しかったから、気が緩んでしまった。たぶんそういうことになろう。


「じゃあさ、」気づけば私は、「実は私、中学から私島を推しているんだけど。つまり、同担なんだけど。それでも月裏は、私と仲良くしてくれるのかな?」


 大胆な質問をしてしまったと後から気づく。しかし、取り消すには間に合わない。


 月裏は考えこむ素振りも見せなかった。私に笑顔をくれたまま、


「そうだな。それに関して言えば、」


 人差し指を突き出して、


「以下同文だ」





 月裏が女性誌コーナーの向こう側、アニメ誌コーナーへと移動していく。私は心のなかで、「それ、なにデレ?」と尋ねた。ぶっきらぼうな言葉使いで愛を伝えるその感じ、ツンデレっぽくはあるけど、そもそもツンを見せたことは一度もない。だったらなにデレかなって。そう訊いてみたいけど仕事中だし、また今度にすることにした。


 雑誌の抜き取りリストから顔を上げて、視線を前へ向ける。


 女性誌の什器越しに見えた顔に、私の心臓は跳ねた。

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客席より愛をこめて 永原はる @_u_lala_

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