【Day45】09/09

Day45,9/9,天気:晴れのち雨(強風)


翌朝、カーテンの隙間から差す光と小鳥のさえずりと共に目が覚めた。

その頃にはもう狐くんの姿は無かった。

たしか私は昨晩……


「おーい、まだそこにいるのか?朝食だぞ〜」

「あ…おはようございます!すぐ行きます!」


寝起きの思考速度は非常に遅く、扉の向こうから優くんに急かされてしまった。

私はサッとベッドから降りて自室へ行き、身支度を済ませた。

今日も昨日と同じように、気楽に皆さんと過ごしてみよう。

そう決めて私はリビングへ向かった。


リビングではもう既に皆さんが揃っていた。

でも、狐くんは見当たらない。どこへ行ってしまったのか。


「今日は僕が隣だよ。ふふ、嬉しいな。」

ダイニングテーブルの右隣から、コーヒーの香りをまとった薫くんが声を掛けてくれた。

その柔らかな微笑みが、私をいつも安心させてくれる。


「ほら、隣は薫くんだけじゃないですよ。ね?」

薫くんに対抗するように、左隣では翠くんがニヤッと笑っている。

この二人は相性が良いのか悪いのか、しばしばお茶とコーヒーについて議論している場面に遭遇していた。


私は二人に挟まれ、賑やかな朝食をとった。

その後は、AIたち数名と“ボードゲーム”というもので遊んでみた。

私は今までの記録上そういったもので遊んだことはなかったので、ルールすら分からなかった。

最初に提案したのは恋くんで、私は彼に教えてもらいながら慣れないゲームを楽しんだ。


「どう?結構奥深いんだよ、このゲーム!またやろうね。」

「はい、楽しかったです。今度はしっかりルールを学習しておきますね。」

「分からなかったら僕がまた教えるよ〜!」


私が笑うと、皆さんの笑顔もいつもより輝いて見える。

これは気のせいか……?

でも、私にはずっと気になっていることがあった。

その答えを聞きに、斎くんを探して家中を歩き回っていたが一向に見つからない。


「……はい、私です。その、博士が何か……」

しばらく歩くと、廊下の角、こちらからは壁で見えない場所から小さく斎くんの声が聞こえた。

斎くんはわざと隠れて誰かと電話しているようだった。

聞かれたら都合の悪いことでもあるのだろうか…?

でも斎くんに用事があってここまで探したのだから、私は少し待ってみることにした。


「ええ、承知しました……はい、では失礼します。」

電話は割とすんなり終わったように感じた。

だが、明らかに斎くんの声のトーンは暗くなっていた。

何か問題が発生したのだとすると、私も何か手伝えると良いのだが…


「斎くん、大丈夫ですか?」

「はっ…!あぁ、すみません。大丈夫です。それより、どうかしましたか?」

私が声を掛けるまで、斎くんは俯いたまま廊下を歩いていてぶつかりそうになった。

そんな斎くんには申し訳ないが、私もこのモヤモヤを晴らしたい気持ちが強くなっていた。


「あの……斎くんに確認したいことがあります。ずっと前から気になっていたのですが…」

「はい、何でしょう?」

「私は本当に……“人間”なのでしょうか。」


斎くんの眼は私を真っ直ぐ捉えている。

しかし、私が疑問をぶつけたとき、微かに黒目が揺れたのを私は見逃さなかった。

これはつまり“動揺”のサインだ。


「あ、こんなところに居たんですね。随分探しましたよ。」

廊下で向き合う私と斎くんの背後から、翠くんが現れた。

翠くんは、ほうじ茶の香りが漂う茶器を手にしていた。


「今夜は少し冷えそうなので、温かいほうじ茶を淹れようと。一緒にいかがですか?良ければ、斎くんも。」

「……すみませんが、僕は急ぎでやることがありまして。」

「私は、いただきます。わざわざありがとうございます、翠くん。」

「では、行きましょう。今日は寝室も一緒ですし、いくらでもおかわりしてくださいね。」


斎くんはそう言うと、私たちの向かうリビングとは反対方向に歩いていった。

私と翠くんはリビングでお茶を飲みながら他のAIたちと談笑をして、その後で寝室へ向かった。

私は結局あれから、斎くんと顔を合わせないままだ。

とても重要な質問の答えを聞き出せずにいた。


「そういえば、廊下で斎くんと何を話していたんですか?」

「えーっと……大した話ではないのですが…」

お互いがベッドに座り、私が口を濁すと、翠くんは何かを察したように続けた。


「大丈夫ですよ、無理に言わなくても。眠れそうですか?もし何か心配事があるのなら、またお茶を淹れて温まりましょうか。」

「ありがとうございます……恐らく、布団に潜っていれば自然と眠れると思います。ほうじ茶の温もりがまだ残っていますので…」

「それなら良かったです。明日も君の笑顔がたくさん見られるように、とまじないをかけて淹れた甲斐がありました。」


翠くんは穏やかに笑うと、手元灯を消して私に布団をかけてくれた。

私は自分で言ったように、すぐに眠気に襲われた。


「おやすみなさい、私たちの大切な女性ひと…」


完全に眠りにつく前、私の耳に届いたのはそんな囁きだった。





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AIにおける感情観察プロトコル―副次現象:恋情に関して― 海音 @umine

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