川と海が出会う場所

九月ソナタ

石狩の海とカピバラ

 私は札幌に帰ると必ず行く場所が石狩浜いしかりはま

 テレビ塔のところからバスが出ていて、約一時間十五分。


 石狩浜は広い砂浜と夕陽の名所で、はまなすの丘公園があり、おいしいケーキを出す眺めのよい喫茶店がある。


 でも、そこが目的で行くわけではない。バスを終点のいくつか前で降りて、石狩川に沿って土手を歩く。

 このやり方は、ひとり歩きが好きな妹から教えてもらった。


「ここはね、川と海が出会う場所。ぶつかり合いがすごいの」

 

 ある夏の終わり、私はひとりで行ってみた。

 石狩川は日本で三番目に長い川。北海道の真ん中を流れてきて、さいごは石狩湾にはいり、そこから日本海へと続き、世界の海へと流れていく。

 想像するだけで、わくわくした。


 でも、バスを降りて土手に行くと、「ええっ、こんなに小さい川だったの」かというのが正直な印象。


 いよいよ川と海、つまり淡水と海水が衝突する現場にきた。


 えっ、どこどこ?

 想像と違い、衝突していない。

 色も違わない。

 あのあたりだろうと思う箇所は、なんか、こんもりしている感じはするが。


 でも、たぶん、水面下では、川は入ろうとし、海は受け入れまいと争っているはずだ。

 表面だけを見れば、そんな平和な交渉のようだが、水の下では、力と力をぶつけ合っている。海は大きいけれど、川のほうは後押しがあるから、海はやがて受け入れなければならないのだろう。


 浜を歩いていたら、痩せた北キツネが私を見ていた。キツネって、海辺にいるものなのだろうか。


 もしかして。あることを思って、「番屋の湯」という温泉に行った。

 ここも妹のお薦めで、ここは天然温泉で、敷地が広い。「番屋」というのは、漁師が漁の合間に休憩したりする小屋のことだが、ここの「番屋」は大きく、モダンで、レストランもあるという。


「番屋を建築している時、お父さんがあそこに温泉ができたら、釣りの帰りに入って帰りたいと楽しみにしていたけれど、間に合わなかった」

 と妹が言っていた。


 今日は、石狩川と海を見て、『番屋』でランチを食べて、父の入りたかった温泉にはいろう、というのが私の計画だった。


 ところが、番屋の横にあるレストランは閉鎖していた。でも、温泉のほうはやっているようだ。では、何か食べてから温泉に行こうと近くを歩いたら、一時は客でにぎわったような飲食店があったが、どこも閉まっていて、たった一軒のぱっとしないラーメン屋だけが営業をしていた。

でも、こういう店っておいしいのかも、と期待をもってはいったのだが、店のお兄さんにまったくやる気が見られず、味も、インスタントのほうが上というひどい代物だった。


 そして、番屋に行った。父が行きたかった「番屋」へ。

 受付で料金を払う時、デスクの上のお知らせの紙に目が行った。

「○○日から、閉店します」と書かれていた。

 その○○日、というのが今日なのだった。


「温泉を閉めるのですか」

「はい」

「臨時ですか」

「いいえ」

「また再開しますか」

「わかりませんが、今のところ、その予定はありません」


 でも、私は最後の日に、番屋に来られた。

 私は霊とか信じる人ではないが、お父さんがそれほど入りたかったということね。そう思い、浴室の大浴場の窓から、赤い夕陽が見えるまで湯につかり、私はふらふらになって、赤い顔をして帰宅した。


 それから何年が過ぎて、「番屋」の経営が再開されたといううれしいニュースを聞いた。その頃には、グーグルサーチができたから、さっそく調べてみると、「2014年にリニューアルオープンし、カピバラが入浴することで話題となり、訪れる人々に癒しのひとときを提供しています」と書いてあった。


 カピバラって、なに?

 巨大ハムスターが、温泉にのんびりと入っている写真が載っていた。


 私はそんな動物、見たことも、聞いたこともない。北海道にいたの?

 そう思って調べてみると、「生育するのは南米のブラジルやアルゼンチンで、北海道にはいません」、という説明。


 では、なぜカピバラが「番屋」へ。

 これは宣伝・集客のためで、「硬派な漁師の詰所」だった番屋を、「観光客向けのカフェ・温泉・食堂」へ変えようといとう新経営者のアイデアなのだろう。


 このカピバラという見たことのない動物が、番屋温泉の湯につかっているところを見たら、父はなんというのだろうか。あちらに行ってからはすっかり丸くなり、意外と「かわいい」なんて言うかもしれない。

 いや、それはないかな。


            

              了



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