褒め上手ですねって廃屋が笑う夜

少し前の話。


夜中、スマホの小さな光だけを頼りに、彼女は話していた。

「こんばんは〜。今日はちょっと短めにするね」


親に夜更かしを注意された。隣の部屋に声が漏れていたらしい。


「静かにしろって言われちゃった」

くぐもった声。布団の中で話しているようだ。笑いながら、目は笑っていなかった。


だから、廃屋で配信するようになった。親が相続して放置している家。

昔は遊びに行った記憶がある。いつからか結婚子供ってうるさいから行かなくなった。

今ここは、誰も使わないから、誰も文句を言わない。

そこは、声を出しても怒られない唯一の場所だった。


――――――


そして、廃屋は取り壊された。

ブルーシートが剥がれ、骨組みがなくなり、茶色い更地に変わった。


「もう、あそこには行けないや」

彼女は、路地裏に停めた軽自動車の中で小さく呟いた。

座席に置かれたスマホの画面に、コメントが二つだけ並んでいる。


――今日も声かわいい

「褒め上手ですね〜」

――結婚してほしい

「えーw モテモテですね今日も」


親の会社で働いていたけど辞めた。

地元は知ってる人が多すぎる。知らない人がいるところで働きたくて、車を買った。

それから、夜は車の中で同じようにしゃべっている。


窓の外は暗く、スマホの光だけが彼女の顔を浮かび上がらせる。

その顔は、誰にも見られなくても笑っていた。

廃屋の声は消えたけど、彼女の声はまだ夜に漂っていた。

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