第6話



 向かう方向へと星が流れる。


 一直線に馬を駆らせながら、陸議りくぎは星が瞬く夜空を見上げていた。


 不思議な気持ちだった。

 曹魏の軍を追っている。

 たった一人で。


 何もかも自由なのに、このままに行ってしまえなどという気持ちが少しも湧いてこない。


 大切なものを失っても尚、生きていかなければならないこと。

 理不尽なこと。


 だけどその必然があるからこそ、不意に心が何かに触れた時、生きるしかないと覚悟が定まり、自分の中に強さが宿る。


 それが何かは分からないし、人によっても違う。


 陸議の場合は、あの穏やかな母子の遣り取りに、陸康りくこうと過ごした少年時代を思い出した時、そして母子を再会させたいと思った時に、それを叶えるまでは生きなければと思えた。


 彼らと親しいかどうかは、さして関わりないのだ。


(多分過去が今もここに繋がっていて、

 過去に強く想ったことが、

 苦しいときに、

 心が闇に染まった時、星のように瞬く。

 勿論いつもそのことで自分を支えられるとは限らないことも、確かだが)


 今の自分の姿を周瑜しゅうゆが見たら、どう考えるだろう。

 お前が呉を捨てるとはと、驚くのだろうか。


 憎しみ、裏切り者を打ち倒せと命じるのか。



(それとも)



 お前がそれを選んだのであればと頷くのかもしれない。

 

 敵となる定めだったのだろうと、静かに頷き、

 次に戦場で会った時は戦うのみだと。


剄門山けいもんさん】の戦い前夜、闇星やみぼしの纏いで現れた龐士元ほうしげんに、

 陸議自身が静かな心でそう思ったように。


 答えは出ない。


 語りかける相手がいないなら、呼びかけに答えはない。


 あの流れる星のように、

 自分自身の心だけで、

 信じ抜くこと。



(ただそれだけしか出来ないこともある)



 今は動き出した自分を、信じ抜くことしか出来ない。








【終】

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花天月地【第39話 夜螢】 七海ポルカ @reeeeeen13

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