【短編】明日の冷蔵庫で会いましょう。

鷹仁(たかひとし)

明日の冷蔵庫で会いましょう 

 二十時に帰宅して冷蔵庫を開けると、作り置きのタッパーに“卵焼き焦がさなかったよ!”と書かれた付箋がついている。

 シェアハウスで同居人の美里さんの手料理だ。とはいっても、僕が彼女と顔を合わせることはほとんどない。彼女は夜職で日曜祝日以外は仕事だ。それに、僕はシフト勤務で朝早くから保育士をしている。だから、僕と彼女の接点は、毎晩作り置いてくれるこの弁当だけだった。


 交換日記ならぬ交換弁当のきっかけは、以前僕が体調を崩して寝込んでいた時。

 知り合いの伝手で紹介してもらった郊外のシェアハウスに来て間もない僕に、美里さんが野菜たっぷりのおじやを作ってくれたのだ。忙しいのにわざわざ気にかけてくれた美里さんに何かお返しをしようと、僕は夜勤明けの彼女に弁当としじみの味噌汁を作った。

 意外にも、僕の弁当に彼女は思いの外喜び、義理堅い彼女は僕の真似をして仕事終わりの僕に作り置きのおかずを冷蔵庫に入れてくれるようになった。

 それから、相手の仕事終わりに食べられるよう、お互いに作り置きを送りあうようになり、今に至る。


 美里さんに作ってもらった弁当は、真ん中に焼き鮭とから揚げ、きんぴらごぼうの茶色があり、その周りをグリーンリーフやミニトマト、卵焼きで彩っていた。

 何だか、お母さんが子どもの運動会に作る弁当みたいだなと思いながら、僕はレンジでおかずを温める。


 温めたおかずと、有り合わせの材料で作った豚汁をよそって食卓に並べた。

「いただきます」

 僕は手を合わせる。一人で食べるのに、何だか心強い夕食だ。付箋どおりに綺麗に焼かれた卵焼きを口に運ぶ。少し甘めに味つけられた優しい味で、美里さんの得意げな顔が頭に浮かんだ。

「美味しい……」

 思わず、言葉が漏れる。仕事で張り詰めた心が一口ごとに解けていくような気がした。

 

 焼き鮭も唐揚げも、少し濃いめの味付けがしてある。多分、汗をかくからしょっぱくしたんだな。おかずだけで、予備にとっておいた冷凍のご飯がみるみるうちに無くなる。

「ごちそうさま」

 手を合わせ、台所でタッパーを洗う。お互いの生活に過度に干渉しないのがこのシェアハウスでのルールだ。だから、僕たちは連絡先を交換していない。その代わり、この洗い上がりのタッパーにつける付箋に、僕たちは毎回一言コメントを書いている。


“卵焼き美味しかったです”


 ご飯を食べて元気が出たので、明日の朝ごはんの仕込みと一緒に美里さんの弁当も作る。冷蔵庫の中を見ると、弁当が置かれていた横に付箋が剥がれて一枚落ちていた。


“ベランダのきゅうりが食べごろです”


 美里さんの趣味で、シェアハウスのベランダにはプランター栽培の夏野菜が育っていた。もしかしたら、今日の弁当に入っていたミニトマトはベランダ産かもしれない。

 折角だから、僕もきゅうりを使って料理を作ろう。収穫の許可は彼女に取ってあるし……。

 だったら今日のお弁当は昨日仕込んでおいたサンマの梅煮ときゅうりの昆布和えだ。韓国料理が好きだといっていたので、もやしとほうれん草のナムルも付け合わせにする。


 昨日、僕が作り置きしたタッパーは綺麗に洗われて、“美味しかった”の付箋がついていた。思わず顔がほころぶ。

 彼女は仕事で酒を飲むし、鉄分も足りなくなるだろうから、必ず一品は鉄分が多い食材を入れるようにしている。

 また、美味しいと言ってもらえるだろうか。僕はタッパーに隙間が出来ないように、作った料理を端からゆっくり詰めていく。

 詰め終えた弁当は、我ながらいい出来だ。写真を撮って、スマホの専用フォルダに入れる。美里さんへの弁当作りは、仕事の他に趣味のない僕が安らげる、唯一の癒しだった。


「明日の冷蔵庫で会いましょう」

 冷蔵庫を開けて、所定の右隅に弁当をそっと置く。どうか、美味しいと言ってもらえますように。僕は手を合わせる。

 時間は一時を過ぎている。今頃、美里さんは店の客と酒でも飲んでいるのだろうか。

「早く寝よう。明日もあるしね」

 ちょっとだけ寂しさを覚えながら、僕は冷蔵庫を閉めた。

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