『人生ロールプレイングゲーム』
志乃原七海
第1話『今後ともよろしく!』
小説:魔王城のライフプラン ~異世界大家族経営RPG~
第一話:出会いはスーパーのタイムセール、もしくは魔王城の借金問題
俺は、田中太郎。30歳、独身、彼氏なし、彼女なし、貯金なし。強いて言えば、週末にゲームをプレイする時間だけが、唯一の生きがいだった。そんな俺が、新作RPG『アーバン・モンスター・ハント』を起動した瞬間、目の前の公園のベンチごと、ゲームの世界に放り込まれた。
目の前に浮かんだのは、青い枠線のウィンドウ。
【女性主婦 が あらわれた!】
どうやら、この世界では、道行く一般人がモンスターらしい。選択肢は「たたかう」「はなす」「にげる」。当然、俺は「たたかう」なんて選択肢を選ぶわけがない。
「あの、すみません!」
俺が恐る恐る声をかけると、目の前の主婦が怪訝そうな顔で振り返った。
【女性主婦 は ようすをみている】
「はい、なんでしょう?」
すると、ウィンドウの選択肢が、さらに信じられないものに変わった。
▶︎ なにか すきなコマンドを いれてね ❤️
[____________]
「は? なにこれ?」
俺が困惑していると、主婦が鼻歌まじりで目の前を通り過ぎていく。しかし、その行動が、俺の「救済」だった。彼女の買い物袋から覗く牛乳パック。そうだ、これだ。
「すみません、突然呼び止めてしまって。実は妻に頼まれて、美味しいケーキ屋さんを探しているんです。この辺りに、どこか良いお店はありませんか?」
俺の口は、勝手に滑らかな口調で続けた。
【女性主婦 は ききめがあった!】
【あたらしい情報「パティスリー・ミミ」を てにいれた!】
【クエスト「妻への贈り物」が はっせいしました!】
「あら、ケーキ屋さん? それなら、そこの角を曲がった先にある『パティスリー・ミミ』がおすすめよ。ここのシュークリーム、絶品なの」
俺は、彼女に感謝を伝え、その場を離れた。
「……俺、妻なんていねえよ」
独り言が、夕暮れの公園に虚しく響いた。
しかし、その時だった。
俺の腕を、柔らかな何かが掴んだ。
「あら、嬉しいお誘い」
目の前にいたのは、さっきの主婦ではなかった。
スーパーの袋を地面に置き、完璧な営業スマイルで俺を見つめる、艶やかな美女。
「お茶、しましょうか。私の『ご主人様』」
クリティカルヒット!
【女性主婦 の たいどが かわった!】
【クエスト「妻への贈り物」は きえました】
【あたらしいクエスト「甘い罠への誘い」が はっせいしました!】
彼女が仲間になった…? いや、これは「誘拐」だ!
俺の腕を掴む力は、先ほどよりも増している。
「大丈夫よ、痛くしないから。あなたの『経験値』、ぜーんぶ、私が美味しくいただいてあげる」
彼女の口から漏れた「経験値」という言葉に、俺は背筋が凍った。
連れて行かれたのは、蔦の絡まる古びたビルの入り口。看板には『喫茶ミミ』と妖しく光っている。
「さ、着いたわ。私たちの愛の巣よ」
店内に足を踏み入れると、甘ったるい香りが霧のように立ち込めていた。
【HPが すこしずつ へっている!】
【MPが すこしずつ へっている!】
【やるきが ごっそり へっている!】
目の前のウィンドウに、状況がリアルタイムで表示される。
「さあ、まずはウェルカムドリンクよ」
運ばれてきたのは、透き通った紫色の液体。絶対に飲んではいけないやつだ。
どうしますか?
▶︎ のむ
▷ のまない
「……選択肢、ある意味ないだろこれ」
俺は、絶望的な状況で、最後の抵抗を試みる。
「愛してる! 結婚しよう!」
コマンド! あいしてる! けっこんしよう! を にゅうりょくしました!
ピロリン!
ウィンドウが激しく点滅し始めた。
【アーバン・サキュバス は こんらんしている!】
【システムエラーが はっせいしました!】
【fatal error: 48_love_bug】
俺の「プロポーズ」というコマンドが、このゲームのシステムに致命的なバグを引き起こしたらしい。
目の前のサキュバスは、固まったかと思えば、頬を赤らめ、壊れたロボットのように俺に近づいてきた。
「け、けっこん…? わ、私と…?」
「え、でも私たち、今日会ったばかりじゃ…」
混乱するサキュバスたちに囲まれ、俺は叫んだ。
「すぅぱぁ……たいむせぇる……!」
【アーバン・サキュバス の 好感度が MAX になりました!】
【称号「魔性の誑し(たらし)」を てにいれた!】
「な、なんだ、この人間は!」
「リリス、そいつの精気を吸い尽くして処分しろ!」
現れたのは、鋭い目つきのイケメン悪魔。アスタロト。リリスの「オフィシャルな」婚約者らしい。
「決闘だ! 我ら魔族の伝統に則り、どちらがリリスの夫にふさわしいか、力で決めようではないか!」
だが、俺の目の前のウィンドウには、新たな選択肢が。
▶︎ なにか すきなコマンドを いれてね ❤️
[____________]
「スーパーのタイムセールでのカゴ入れスピード」
俺の「庶民の知恵」コマンドは、エリート悪魔アスタロトに炸裂した。
「おーい! みてくれ! クラーケン足、半額だって!」
「うわー! 呪いの卵、99円だ!」
魔王城の一室は、タイムセール会場と化した。
結果、俺の勝利。プライドをズタズタにされたアスタロトは「覚えていろーっ!」と逃げていった。
そして、俺の前に現れたのは、サキュバス・クイーン。
「最高だわ、あなた! 最高よ、タナカ!」
彼女は、魔王城の莫大な借金の話を切り出した。
「我が婿よ! 今後とも、よろしく!」
【称号「魔王の婿(マスオさん)」を てにいれた!】
【魔王城の借金、半分、やろう…】
「はい?」「いいえ?」「は?」
俺は、魔王城の「とーちゃん」になった。
俺、リリス(妻)、クイーン(義母)、アスタロト(元婚約者)、OLサキュバス、JKサキュバス、ナースサキュバス…そして、まだ見ぬ魔王城の住人たち。
最大15人家族の「パーティー編成」が、今、始まる。
「みんな、今日の夕飯は、魔界産マンドラゴラと、人間界から仕入れた冷凍マグロよ! いいわね?」
「「「はーい、とーちゃんー!」」」
魔王城に、賑やかな(そして、借金にまみれた)日常が、幕を開けた。
『人生ロールプレイングゲーム』 志乃原七海 @09093495732p
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