どんな姿でも、あなたのことを
羊丸
どんな姿でも、あなたのことを
「はぁ、暑すぎる」
高校生の
「そうだね、小春」
隣にいた同じ歳の
小春が今いる場所は、コンビニや娯楽が少ないが自然豊かな田舎に来ている。理由は母親の親戚の集まり。
夏休みには必ず集まる日があるため、1週間お泊まりという形になっている。
5歳の頃に匠と出会い、今は来たら必ずと言っても最初に挨拶をして、遊ぶぐらいの仲になっている。
2人は今、廃神社の方で腰掛けて匠が買ってくれたラムネを飲んでいた。
「そういえば、小春の親戚の集まりの理由って何?」
「えっ。話したことってないけっ?」
「うん」
「…正直、本当に信じているのってあなた、思うかもしれないだと思うけどさ、いい」
小春は少し話すのが嫌そうな表情を浮かべつつも、匠は真剣な表情で見つめてきた。
「実はさ、なんか山の神様を祭る儀式があるらしくてさ。それの手伝い、というよりも私の祖先と他の祖先が山神の暴走を止めて、それを受け継いている感じなの」
「へぇ、山神のね。でもなんで暴走なんかしたんだろ」
「なんでも、楚々を犯した奴がいるらしくて。それで暴走しちゃったんだってさ」
小春は言いながらラムネを喉越しに流した。
「へぇ。でも俺は信じるよ。その話」
「えっ? 嘘っぽくない?」
「他の人が聞いたらおかしいって感じる人もいるかもしれないけどさ、毎年来るでしょ小春は。だったら信じるよ」
匠はいつものように無邪気な笑みを見せて言った。
「ありがとう。でも、私、親戚の集まりは全然いいんだけど」
「ん? どうしたの?」
突如小春は顔を暗くさせた。
「実は最近、お母さんが浮気をしているところを発見しちゃったんだ」
あまりの発言に匠は「えっ?」と驚きの声を出した。
「どっ、どうゆうこと?」
「…実はこの前、塾の帰りにお母さんが知らない男性と腕を組んで楽しそうに話している」
「うわぁ、悲惨なところを見ちゃったね。お父さんはそれには」
「気づいていない。というか、ほとんど仕事仕事で家にいないのよ。小学校の頃からこんな感じ。話したりあったりすのは、この集まりと少しばかりなんだ。あれ? 浮気以外の話を言わなかったけ?」
「初めてだよ。その話」
匠はそういうと、小春は「そっか」と言うとそのまま残りのラムネを飲み込んだ。
「確かにそんなのを見たら家にも帰りたくないって思うのは確かだね」
「そうでしょー。本当に家に帰るのが苦痛よ。本当に」
小春は「はぁ」と大きくため息を漏らすと、同時に遠くから祖母の呼ぶ声が聞こえた。
「おばあちゃんの声だ。呼ばれているから、また明日ね。ラムネありがとう!!」
「どういたしまして。また明日」
小春は匠にお礼を言いつつ、祖母の方に向かった。
走りつつ、駆け足で祖母の方に向かった。
「おばあちゃーん」
小春が声をかけると、いつもの祖母とは違う顔色に少し驚いた。
「どっ、どうした」
「あんた!!! 今どこに行っていたんだ!!!」
「えっ。ここの廃神社で友人と一緒にいたけど、どうしたの? すごく顔色が悪いよ」
息を荒くし、顔色を悪くしている祖母に心配の声をかけた。
「ほっ、ほんまか。ほんまに友人と一緒にいたのか」
「そうだよ。でもなんでそんな」
「山神様の気配を感じ取った。それに今も現在、お前の体からそれを感じ取るのじゃからよ!!」
その言葉に心臓の鼓動が速くなった。自身はいつの間にか山神様に何か起こるような行動をしたのか。
自身の行動を振り返っても何も思い出さない。ただ匠と一緒に飲み、そのあとはゴミはしっかりと持って帰っている。
その考えを振り返っている間に、祖母は小春の手首を掴んで駆け足で家に向かった。
家に着くと、祖母は祖父や他の親戚を集めた。祖父も何か感じ取ったのか同じく顔色を悪くさせ、他の親戚数人もわかったのか顔色を変えた。
「なんで小春ちゃんの体から山神の気配が」
「何か怒りに触れることはしなかったかい?」
「変なことをしていないだろうな」
「いやいや。小春ちゃんは決してそんな馬鹿げた行為はするはずがない」
それぞれの質問に小春は首を横に振った。母と父は緊張気味の顔をさせた。
「どっ、どうするの。お母さん、お父さん」
母親は助けて欲しいと2人に顔を向けた。
「ともかくだ。今は住職を誰かが呼んでいる。その間、ここで待つんだ」
祖父は険しい顔を見せながら言った。その間に小春は両親と一緒にいたが心の中では不満を感じていた。
散々一緒にいなかった両親が今はこうして肌身離さず自分のそばにいる。
(散々娘をほったらかし状態だったくせにこれって、ふざけてんの? 私の両親)
少しだけイラつきを感じた。
「小春。大丈夫だから。おばあちゃんたちがなんとかしてくれるからね」
母の優しい言葉が聞こえるたびに、心のざわつきとイラつきが増していく。
「おい、大丈夫か小春。どこか具合でも悪いか」
「…別に」
小春は父に顔を向けないで答えた。
「なんだその態度は。まさか、何か」
「なんでもないって言っているでしょ!!!!」
突然の小春の叫びに、その場にいた親族は驚きつつ小春たちを見た。
「私が危険な時に今更それ?? 今まで家族の時間をほったからしにしたくせにそんな優しい言葉、今の私に響くと思う? 響くわけないよ。私の学校の行事に一度でも一緒にいた?」
小春の嘆きに父は何も言えなかった。
「お母さんもよ。この時の集まりだけは必死になってさ、他のことは、全部全部私のことなんてちゃんと見てくれないじゃない」
「そんな話は」
「じゃあ私がこの前、絵のコンコールを入賞したこと、テストで高い点をとった事。友達との話! 聞いていたなら半分はわかるはずよね! その内容言ってみてよ!!!」
小春の言葉に母親も父と同様に何も言えないままでいた。
「2人とも、その話は後でこれが終わったらじっくりと話させてもらうわ。ともかく小春ちゃん、こっちにいらっしゃい」
祖母の声に小春は早々とそばにいき、別の部屋で住職を持った。
「おばあちゃん、ごめんね」
「いいんだよ。むしろ今更の心配だなんて誰にでも怒鳴るほどだ」
祖母は先ほどの話を聞いてなのか、不満げになっていた。
「それよりも、今日も誰かにあっていたのかい?」
「えっ。うん、匠くんと会っていたよ。ずっと、小さい頃からいた」
小春がそういうと、祖母は疑問の顔を見せた。
十分後、祖父は住職を引き連れてきた。住職も小春を見た途端に同じ反応を見せた。
「小春さんは決して山を汚すような行為をする人ではないと私も十分に承知を得てます」
「はい。私らも。ならなぜ」
「これは怒りではございません」
住職の言葉に全員は驚いた。
「それでは、今感じるのはなんの」
「これは初めてです。先祖も一度もこれは見えたことがないでしょう。彼女から山神様が、小春さんを欲しがっていることが見えるんです」
住職の言葉に親族たちは驚きの声を出していた。小春もだった。自分がいつの間にか、山神に欲しがるほどの存在になっていることに言葉が出なかった。
「おそらくですが、徐々に自分の印のようなものを刻み込んでいたのでしょう。それが今、完全に私らも感じるほどになったんです」
「こっ、このまま孫はどうなるんですか?」
「小春ちゃんはどうなるんです」
親族と祖父の言葉に住職は、「このままでは連れていかれます」と口にした。
両親は絶望の表情を浮かべたへたり込んだ。
「そっ、そんな」
「なんとかならないんですか!!!」
父が切羽詰まった表情で住職に問いただした。
「完全な立ち切りをさせます。小春さんはこれから1キロ先にあるある建物にこもってください。それで朝までその部屋を出ないでください。お札も肌身離さずにです」
住職は厳しい表情をさせて小春に言った。
小春はその言葉にただ黙って頷くしかなかった。すぐさま離れの部屋に案内をされた。
中に入ると畳が6畳ぐらいの大きさであり、奥には障子。そこに住職が札を何枚か貼り付けた。
「これでいいでしょう。それでは朝まで耐え忍んでください。いいですね。決して誰も声をかけませんから出ないでくださいね」
小春は住職の言葉に再び頷くと、襖は閉じられた。
一瞬にしてシンと当たりが静かになった。明かりもない、ただあるのは月の明かりだけ。
小春は恐怖を覚えつつも、深呼吸を繰り返しつつ朝を待とうと考えた。
用意してくれた布団の中に入ろうとすると、外から異様な気配を感じた。
(まさか、山神様)
小春は布団の中に潜り、目を瞑った。
「小春。俺、匠だよ」
匠の声に小春は顔を上げた。外から聞いている優しい匠の声が聞こえてくる。
「小春。開けて。大丈夫、僕だからさ」
匠は優しい声で小春に襖を開けてもらうように懇願した。だが小春は疑問に思い、考えた。
考えて考えてた真相が辿りついた。いや、むしろ今考えれば疑問なことが沢山ある。なんでそれに気づかなかったのか自分はなぜ今更とさえ思った。
「匠、あんた、なんで私の家の場所を知っているの」
小春の質問に匠は答えない。
なぜこの質問をしたかというと、匠は家が厳しいせいで小春の家には一度も行ったことがない。それなのになぜわかったんだ。
「そもそも、いつもくれるラムネはどこで買ったの? 別の場所で買っても、匠が買ってくれるラムネとはとても違う味だった。聞いても、ラムネに味が違うのはせいぜい果物類のみだって。おまけにお菓子だって、検索してもそんなのはなかった」
続いての質問にも答えない。小春はそこでわかった。
「さっき、おばあちゃんに聞いたの。匠くんのことを話したら、誰の子って、そもそも、この村にそんな子供はいないって言ってたんだ」
小春は先ほど祖母に言われたことを口にした。
『匠くん? 誰だいその子』
『えっ。この村に昔から住んでいる子だよ。いくら親戚じゃなくても色々とわかるでしょ。長く住んでいるなら』
『いや、確かにそうだけど、その名前をした子はこの村にはおらんよ。それに、見たこともないからねぇ。本当にその名前なのかい』
祖母は疑問に思いつつ、小春に話していたことを思い返す。
「…ねぇ、匠くん。本当のことを言って。君は……山神様なのか?」
小春がそう言った瞬間、外から匠の鳴き声が聞こえてくる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ハジメテ、初めて会った時に話しかけてきてくれた時の表情の君がとても綺麗で美しくて、ジブンのものにしたいと考えた。ダカラ、ダカラ怪しまれないように、アノラムネをツクッタ。君の、髪も目もユビも足も爪も全て、自分のものに自分のものにジブンノモノにジブンのモノにジブンノものに」
匠の声から徐々にノイズが掛かったような声が混じり始めた。
そして影が人から何かに変化していった。とても大きく、大きな手からは鋭い爪のようなものが伸びていった。
小春はそれをみても、聞いてもなぜが恐怖というものが湧かなかった。むしろ、そこまで自分のことを愛してくれるなんて思いもしなかった。
両親以上に、自分のことをここまで思ってくれるだなんて思いもしなかった。
「…私のこと、本当に好き?」
「アァ、スキ、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きスキスキスキ好き好き好き。傷だらけになろうが、目が見えなかろうがどんな君も愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる愛している愛している愛している」
永遠と言葉を繰り返しながら襖を鋭い爪で掻き続ける音が響く。
「ダケド、こんなことを、してはいけない、君は人間、俺は神様、カミサマだろうが君を永遠に自分のモノにトジコメテしまう」
匠、山神は嗚咽をしながら言った。
小春は布団から起き上がり、そばにあったノートに何かを書き終えると、ゆっくりと近づいた。
襖に手を置くと、深呼吸をし、開けた。
そこには、全身が黒く、背が高い。手は影の通り大きく鋭い爪を生やし、顔には黄色の四つの目、口はまるでサメのように鋭い牙がずらりと並んでいた。
山神は小春が自分の前に現れたことに目を見開いた。
「コ、ハル。どうし、て」
「…あなたのものになるために出たんだよ。それがおかしい」
小春は涼しげに山神に言った。
山神は大粒の涙を流しながら頬に触れた。
「イイノ? こんな、醜い、恐ろしい僕でもイイノ??? 身勝手なジブンで、イイノ?」
「…醜くなんてない。恐ろしくもない、自分勝手でもないよ。どんな姿でも、山神でも私の知っている匠だよ」
小春は抱きしめた。とても冷たい感触が全身に伝わる。
「あぁぁぁぁぁ、小春小春小春小春小春小春小春。大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」
匠は繰り返しながら小春のことを強く抱きしめる。黒い液体のようなものが自分の体を包み込んでいく。
背中から彼の涙の感触がした。
「私もだよ匠。これから、よろしくね」
「はっ! はっ! まさか」
住職と両親は駆け足で建物に向かった
理由は先ほどまで感じていた山神の気配が綺麗に消えたからだ。一瞬に消えたことによって嫌な予感を感じた。
すぐさま離れの家に駆け出したのだった。
「気配が消えたってことは、まさか」
「いや! 朝まで約束をしました。先ほどまで感じていた気配が消えたということは、何かあったに違いありません!!!!」
住職の言葉に両親の顔は先ほどよりも悪くなった。
祖母の話が頭の中に過ぎる。
「あんたらが自分ばっか考えているって手紙をよこしているんだよ。どうすれば自分のことをよく見てくれるのだろう。どうやったら、もっと沢山話せるのだろう。今回もみてくれなかったなどね」
祖母が悲しく、呆れの表情を浮かべていた。
「だけど一番嫌なのは、子供の一番傷つくことをしていることね」
「え」
「手紙で、あんたが男と浮気をしているって手紙で教えてくれたのよ!」
「はぁ!!! お前、浮気をしていたのか??」
父親は怒りの表情を浮かべて叫んだが、祖母は「お黙り!!!」と一喝を入れた。
「この子も悪いが、あんたも浮気ではなくても子供を傷つけさせたのも同じ同類だよ。だから、こいつを怒ることも、あんたにも怒る資格なんてないんだ。あの子がどれだけの数の傷を負っていたのか、おまえらにもわからんだろう」
そう言いながら祖母は2人に小春のこれまでの手紙を見せた。そこには沢山の小春が今まで抱えていた心の傷の文章が並べられていた。
そこで自分たちがどれだけ小春に重いものを背負わせていたのかがはっきりとした。
そして娘がそれほどの気持ちを抱えていたことなんて思いもしなかった。この件が終わったら真っ先に謝ろう。謝って、彼女が望んだことをなんでも叶えてやろう。
小春にとっては今更と思われてもいい。ただ、今は安全なのかを確認したい。
離れに着くと、住職は声をかけながら部屋に入った。
だが、空っぽの部屋が目の前に叩きつけられた。
「そんな」
住職はその場に座り込んだ。
「えっ? えっ? ねぇ住職さん!! 娘は、娘はどこに行ったの!!!!」
「小春はなんでここにいないんだ!!! あんたここに娘にいるように言ったんだろ!!!」
両親は住職にそう叫ぶ。
だが住職は目の前にある紙を見て、「そうなのですか」と小さい声で呟いた。
「娘さんは、小春さんは山神様の元へ行きました。自分の意思で」
その言葉に、両親はその場に崩れ、母親は泣き叫んだ。
住職はもう一度手紙を見た。
"私は、自分のことを深く愛し、深く思いがある山神様の元へに行きます。どうか、恨まず、寿命が尽きるまで生きてください。"
その文章に、住職は何も言えないまま閉じた。
その後、毎年小春は一度も姿を見せることがなかった。
親族、両親は毎年決まった時間と日にちで山神のお供物と小春の好きだったものを置いて行った。
そのお供えをすると、必ず消えている。それを見て両親は癒された。それは、彼女は毎日山神と共に時を過ごしていることを実感するからだった。
▲
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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どんな姿でも、あなたのことを 羊丸 @hitsuji29
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