『ティーリア』ー2

 ―若い夫婦は最初は近隣の国々を周りました。 色々な国が、世界には存在していました。そこかしこで見る景色はどれも新しく、新鮮で、自分達の故郷の村より余程煌めいて見えるものばかりでした。村の人々は余計な心配をしていたのです。 娘を育てながらの馬車を使っての旅路は楽なものではありませんでしたが、訪れた国々で滞在期間中は喫茶店を開き、愛娘のお世話をしながら、自分達のコーヒーを売っていきました。順風満帆でした。コーヒーは売れて娘も赤子にしては珍しくあまり泣く事が無く、とても健やかに育っていました。自分達の夢の為、過酷な旅路を歩む夫婦には娘の存在は癒しそのものだったのです。


 ―村を出て、そんな旅路を半年程こなした頃。 夫婦は旅の道中で出会った商人さんから喫茶店を開くなら物凄く最適な国がある と教えて貰いました。

 商人さんが口にしたその国の名は『癒しのブレスカント』。 森の中に切り開かれた大きな国で、自然豊かな上に喫茶店が盛んだという話に夫婦は直ぐにその国を目指しました。



 ―そこで自分達の旅路が終わるとは知らないままに。


△▼△▼


 「どうしよう、リルが消えた」

 私、旅人のティゼルは『癒しのブレスカント』入国早々で途方に暮れていた。国の中央広場?みたいな場所にある円形のベンチに座って、ついさっき国の喫茶店で購入した抹茶ラテをストローを使って飲んでため息を吐く。

 背後の巨木を見上げた。円形のベンチの中央に恐らくずっと昔に国の人々が植えたのだろう樹齢何年なんだろう と感じる雄大な自然の一片が堂々とそびえ立っている。


 「嬢ちゃん、その木が気になるかい?」

 私が余りにも物珍しそうな感じで見ていたからだろうか。その場を偶然通り掛かったお爺さんが笑顔で私に近付いてきた。そして"よっこらせ"と呟いてベンチに座ると私が頼んでいないのに「この木はな?―」 と勝手に説明を始めてしまった。


 お爺さんのお話によれば、この木は今よりずっとずっと遠い昔、この『癒しのブレスカント』という国が建国されたばかりの頃、その当時の国のお偉いさん達が"自然と共生する国ならば、国の中にも自然はあって然るべし" みたいな話をして、何か国を象徴する、シンボルになるものを植えようって感じにまとまったらしい。

 その結果、当時はまだ広い土地だったこの場所に国民の憩いの場となるように後に中央広場と名付けられる円形で木材の良い匂いがするベンチが出来てその先、国で何百年も国民に愛される巨木シンボルが生まれた との事。


 とても良い話だ。―だけど今の私はお爺さんに「そんな歴史があったんですね!」なんて言っている暇は無いのだ。だって、今リルが居ないから。


 「ほら、木々の枝をよく見てごらん。一本一本の長さは違っても懸命にその枝先を伸ばして葉を芽吹かせ、大空へ向かってその命を輝かせているのさ」

 「自然って、人が見習う所沢山ありますよね」

 「おお、そうだよ。いやー、ほっとしたよ 旅人さんが自然の良さを理解している人で」

 「あ、ありがとう―

 「全くね、最近の若者ときたら。外には出ないで家の中で遊ぶ子供が多くなったと思うよ。時代が変わったなあと思っていてね、私が若い頃は―、」


 あれ?良い感じに話していたと思ったら、今度はお説教と愚痴? これってよくある、面倒な人に絡まれたパターンなの?

 私はかなりげんなりとした顔をしてたと思う。国の人と話すのは全然良いんだけど、ここまで話が長引く人に絡まれるとこちらから話を切り上げる事が出来ない。ましてやこのお爺さんは完全な善意だからそれを「はいはい」等とけなすのも私は違うと思った。

 まあその結果、私は何故かその後30分もお爺さんの愚痴とお説教に付き合う羽目になってしまったんだけどね。


 「いやー、旅人の嬢ちゃんありがとうね。こんな老いぼれの話に付き合ってくれて。私は家に帰るから、是非この国を楽しんで行ってくれ」

 お爺さんは一方的に話した事に満足したのか、"よっこらせ"と呟いて立ち上がると私のげんなりとした顔には終ぞ気付くことなく笑顔で立ち去っていった。


 ふぅ、疲れた。 私は遠い目をして飲みかけだった抹茶ラテをストローを使って飲みながら国も色々な人が居て成り立っているんだなあ と自分でもよく分からない感傷に浸った。

 今まで相棒で精霊なリルと色々な国を巡って来て。言い方は嫌なものになるけど繁栄している国、人の温かさと活気で賑わっている国っていうのは入国して日をまたがなくても何となく"良い国"なんだろうなって事が分かる。勿論この国、『癒しのブレスカント』も。

  その最たる例とも言えるのが、ここ、中央広場。(お爺さんがそう言ってたから多分間違い無い) 私以外にも様々な人々がこの場所を訪れていて、平和を肌で感じる光景で賑わっていた。 サラリーマンらしき人が仕事で使うような資料を一生懸命読み込んでいたり、仲の良さそうな男女のカップルが談笑し合いながらお弁当を食べていたり、子連れの家族が楽しそうに鬼ごっこをしていたり。 私はそれを見てつい微笑んでしまった。 やっぱりこういった風景って物凄く和むよねえ。抹茶ラテをすする。―ああ、いつ飲んだって美味しいなあ。甘過ぎず、渋いっていうのがね。もう最高なんだよ。 ふう と一息つく私。さて、これからどうしよう?そういえば何か足りない気がするんだよね。何だっけ?


 「うーん……」 腕を組んで考える私。駄目だ、答えが出てこない。

 「ねえ、リル、今足りないものって何だと―


 私に分からない事はリルに聞いて然るべき。そう思ってリルへそう声を掛けて―、



 「―今、リル居ないじゃん!」

 勢い良く立ち上がった。私はリルと逸れていたんだった。私はお馬鹿過ぎる。いつの間にかリルの事が頭から抜け落ちる程この国の雰囲気に呑まれていたのだ。くっ、マイペースも考え物だね⋯⋯!(恐らく一生直らない性格)


 「っていうか、リルどこで居なくなったっけ⋯⋯」

いざ探そうって思ったけれど、そんな私の前に根本的問題が立ちはだかった。

 一緒にこの『癒しのブレスカント』へ入国したのは確か。入国して暫くは一緒に行動していたけど、気が付いたらいつの間にか居なくなっていて。 くっ、私はとんだ馬鹿である。こんな事なら抹茶ラテは喫茶店で普通に注文して飲んだ方が良かったかな。


 ま、考え続けてても仕方無いか。 私は、どうせだったらリルを探すついでに観光しよう―そう考えてどこか適当に歩き出そうとして―、



 「―わぷっ」

 直後に、女の子とぶつかった。緑色の肩ぐらいまで掛かった髪をした私よりちょっと背の低い女の子と。服装は白のワンピース⋯⋯だけれど、何だか変な既視感が。

 いや、そんな事よりもまずは私はこの子に謝らないと。今のはよそ見をしてた私が悪いのだ。

 「あっ、ごめんね。大丈夫?」

 だから私は、女の子に目線を合わせようと少し膝を曲げようとして―


 「うっ!〜わあああっ!?」

 「⋯⋯え?」

 その瞬間、女の子は何故か私を見て慌て始めて、そのまま走り去ってしまった。


 ⋯⋯うん、何で?


 急な出来事に、私は暫くの間呆気に取られたのだった。


△▼△▼


 「うーん、結局、リル見つからなかったな⋯⋯」


 それから数十分後。私はこの国の大通りを凄い景色だなと思いながら歩いていた。

 石畳で覆われていた真っ直ぐな通りの左右は木の良い匂いくすぐる住宅街が挟んでいて仕事とか散歩とかで通りを闊歩する人々が沢山。少し斜め上を見上げれば立っている電柱に小鳥さん達が羽を休めている光景が目に入った。いいなーと思う。私もリル探しで結構疲れた。私もそろそろ羽を伸ばしたい。居心地の良い喫茶店に入って陽の当たる席に座って一眠りしたい。


 そういえば、この国の大通りには有名な喫茶店があるって入国審査の時に衛兵さんが言ってなかった?えーと、お店の名前は確か―、


 「あの、すいません。この辺に喫茶フルーデイというお店があるって聞いたんですけど⋯⋯」

 「お、旅人さんかい。うん、喫茶フルーデイならこの大通りをもう少し進んだら右の方に看板が見えるはずだよ」

 「そうなんですね!ありがとうございます」

 分からない事は国の人に聞くべし。これは旅における鉄則である。

 という訳で私は丁度通り掛かった男性を捕まえてお店の場所を見事に聞きだしたのだった。 ふふっ、私だってリルが居なくても出来る事はあるのだ。


 もしかしてリルは、私より先に喫茶店を訪れているのだろうか。一瞬、いや無いかなと思ったけどこの国ならやっぱり分からない。リルは入る前からウキウキしてたし、普段は私の付き添いだけであまり興味を示さない場所も訪れるかもしれないからだ。



 そして、そんな私の予想はどうやら当たっていたらしい。


 「あっ、リル」

 「げっ、ティゼル様!?」

 国の男性から聞いた通りに大通りを進んでいくと、やがて視界の右斜めくらいに袖看板そでかんばんが見えた。

 壁から突き出すようにお店の存在を主張するそれに私は良かった と安堵する。と同時に喫茶店の入り口らしき所で何やらくるくる回転しながら暇潰ししてるのかな、わあ可愛い―って、それは私の相棒で精霊なリルさんだった。一体何をやってるの?私はそう思って声を掛けた。なのに。


 「え?」

 「お、遅かったですね!私、待ちくたびれました!」

 当の相棒精霊たるリルさんは私に声を掛けられると何故か途端にしどろもどろになり始めた。


 ⋯⋯んー?

 何か怪しくない?


 「ねえ、リルはどこで何してたの?」

 「(ぎくっ)」

 試しに私が聞いてみるとリルは物凄く分かりやすい反応を見せた。私はジト目になる。


 「リール?相棒に隠し事は無し、なんでしょ?」

 「うっ⋯⋯ですね」

 何だか最近あった出来事を思い出せば、私とリルが逆の立場になったみたい。

 リルはやっぱり、というか案の定、この国へ入って少ししてから魔力補給をしてたらしい。普段は全然そんな事無いけれど、この国はリルにとっては楽園なのだと。物凄い誇張表現だと思ったけど、人と精霊は感じ方が違って当然なのだ。お互いを認め合ってないと旅人としてやっていけないのである。


 ⋯⋯で、まあ。そこは良いんだけど。


 「何かそれだけじゃなさそう」

 「何でこんな国へ来た時に限って頭が冴えるんですか?」

 「何かね、私の勘」

 「ティゼル様って絶対能ある鷹は爪を隠すってタイプですよね」

 「どんなタイプなの、それ」


 今回のリルは特別怪しい、絶対私に対して何か隠し事してる。私の頭はこんな時に限って冴えている。

 いつもと立場逆転、中々お目に掛かれない光景。


 でも1つだけ忘れちゃいけなかったのは、ここが私達が容赦なく軽口を叩き合える宿屋の一室じゃなくて『癒しのブレスカント』大通りの有名喫茶店、喫茶フルーデイの扉の目の前だったという事。



 「あ、お客様ですか?」

 ―喫茶フルーデイの扉が開いて、店員らしき女の子がそう声を掛けて来て―、


 「あっ、はい。1人と―

 「1匹の精霊でお願いします!」

 私とリルはほぼ反射的にそう答えていた。何だか凄く変なお客さんだと思われてない?私達。絶対お店の前で入ろうかどうか迷ってた人だと思われたよね。それと、リルは何事も無かったかのように振る舞うスキルが高過ぎるよね。

 ―なんていう私の胸中は恐らく、女の子には通じてなかっただろう。


 女の子 と表現したけれど。 よく見てみたら私より少し年下?くらいの少女だ。

 あどけなさを残した可愛らしい顔に、ポニーテールに纏められたベージュ色の髪。喫茶店の制服なのかブラウスとタイトスカート、その上にエプロン姿の少女は一度私を見てから次にリルを見て驚いたような表情になったけれど直ぐに接客をしないと と気を引き締めたのか、こう言ったのだった。



 「喫茶フルーデイへようこそ!お席、空いてますよ!」


 少女は、お店の中を右の掌で示しながら心からの笑顔で私とリルを歓迎してくれたのだった。

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黙示録のケモノミチ 黒野白登 @ut3559

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