『ティーリア』ー1

 ―ある辺境の村に、若い夫婦が暮らしていました。若い夫婦には夢がありました。 それは自分達の子供を産んで、世界を旅しながら子育てと夫婦共通の趣味だった移動喫茶店を開く事。しかしそれは現実的に考えて、単純に無茶。実現不可能。 村の人々は口々に言いました。"やめておけ、必ず後悔するぞ― と。 ですが若い夫婦はそれらの忠告は気に留めませんでした。自分達は夢を実現させるんだ、この村の人々には無いポテンシャルが自分達にはあるんだと言い張っていました。 村の人々は言い返せませんでした。若い夫婦にはそういった発言に見合う技術と行動力と実行力があったから。     ―数年が、経ちました。


 ―若い夫婦の間に子供が出来ました。女の子でした。村の人々は夫婦を祝福しましたが、心の底からは喜べませんでした。 ―夫婦が、直ぐにでも村を出て行く事が、分かっていたから。


 そして、やはり、案の定。若い夫婦はとりあえず近くの国まで行き、そこで試しに自分達のコーヒーを売る為に喫茶店を開くんだ と村の人々に告げて馬車で村を出て行ったのでした。


 しかし、この時の若い2人は若さ故の勢いだけで村の外へ出てしまったのです。世界の現実を知るのは、旅に出て少し経った後でした―。


△▼△▼


 「旅人さん 癒しのブレスカントへようこそ!」


 その国―癒しのブレスカントという国に到着して城門前の詰所つめしょで入国審査を受ける際、私は審査官を務める国の衛兵さんからそう歓迎の挨拶を受けた。

  「こんにちは。森の中に国があるって本当だったんですね」

 私は歓迎ムードの衛兵さんに負けないように自分の感想を率直に漏らしてみた。ちなみに私の隣で宙に浮いている相棒で精霊なリルさんもどこかご機嫌な様子で。

 「もう入る前から星5ですね」 なんて意味の分かるような、分からないような事を言っていた。


 「驚かれるのも当然かと思います。何せ、我が国はこの広大な森の中に国民の皆様が十分暮らしていけるだけの面積と領土を持っているのです。自然の中に存在している国―この最大のキャッチコピーを活かし、遠路遥々訪れる旅人さんや商人さんも多いのです!」

 身振り手振りを交えての力説。 自分の国に余程関心と誇りがあるんだろうなあ。 私はこういう人って良いなと思う。訪れた国で一番最初に出会うのはそこの入国審査官である国の衛兵さんだから。衛兵さんの印象が良さげならその国は大抵良い国だったりするのだ。まあ、それが全てじゃないけどね。 とはいえ、この国―癒しのブレスカントの噂は本当だった。森の中に広大な国があるって。 商人さんの話だと国の中は街と自然が共生しているような感じになっているとか。私はそんな話を聞いてとても心躍らせていた。リルには負けるけれど。

 『自然の中にある国なんて精霊にとってはロマンですよティゼル様!分かりませんかこのロマン!いやー、分かりませんか!ティゼル様もまだまだですね!』

 この国へ来る前から既に興奮状態だったリルに何故かまだまだですね なんて言われたけれど、それは一旦置いておく。


 「あ、すみません。ついつい力説してしまって」

 旅人である私達に恥ずかしい所を見せてしまったと思ったのか、衛兵さんが少し照れながらそう言った。

  私は衛兵さんの気持ち分かるなあと思いながら

 「あはは、大丈夫ですよ。―入国審査、良いですか?」

 そう聞いた。 衛兵さんは私の言葉にはっと我に返ると

 「そうですね!―では、入国の手続きを致します!」


 と、少し慌てた様子で言ったのだった。



『入国手配状』

西暦■年◯月✕日△曜日 天候:晴天


国を訪れた目的:休息、観光、滞在の為

我が国を知った切っ掛けはありますか?:旅の途中、出会った人々との情報交換の中で


我が国の名物は御存知ですか?:知りません


何日間の滞在をご希望ですか?:7日程でお願いします


旅人様、または商人様(必須記入欄)

代表者のお名前をお願い致します: ティゼル


※最後に:我が国の法律にのっとり、常識ある行動を取る事に同意出来ますか?:出来ます


入国審査官記入欄: 旅人様の入国→了承致します。



 「入国審査は終了です。ありがとうございました!―門をお開け致します!」

 紙面での入国審査が終わる。終わって、私とリルの入国を了承してくれた衛兵さんは笑顔でそう言って詰所の奥にあった大きめのレバーを"ガコン!"と降ろした。 森を切り開いて造られたのだろう鈍重そうな城門がゆっくりと開いていく。 いつかの国を訪れた時もこんな感じの事あったよね。精霊のリルをも唸らせる人の技術。ましてや今回は自然の中にある国だから、リルの人間に対する評価は爆上がりになるんだろうなと思う。


 「門、お開けしました。どうぞ、お通り下さい!」

 そんな事を考えていたら、衛兵さんが入国を告げた。 門の先に見える光景は綺麗な石畳の地面が続いていて、左右には森の木々よりかは背が低いけれどそれでも見ているだけで気持ちが穏やかになりそうな木々のトンネルが出来上がっているのが見えた。


 「ティゼル様、ここに移住しません?」

 「あはは、毒されてる⋯⋯」


 いつもとテンションが違う相棒に少し引きながらも私はまあ良いかと思う。 リルにはいつもお世話になってるから。ついこの間の夜の森で起こった事件の時もリルは私の為に色々頑張ってくれた。

  今回は1週間滞在するんだし、私はリルの主人としてたまには相棒を労うべきなのだ。


 「あ、そうだ!旅人さん、1つだけ良いですか?」

 詰所から衛兵さんが声を掛けてくる。

 「何ですか?」 私が聞き返すと衛兵さんは楽しそうにこう告げてきたのだった。



 「この国は他国と比べて喫茶店が盛んですから是非訪れてみて下さい。中でも大通りにある"喫茶フルーデイ"という場所は私個人もお勧めです。金髪で男前なマスターさんと明るい看板娘さんがお店の名物で国内でもかなり人気なんです。 確か頼み放題のサービスもあった気がするので旅人さんは訪れないと損!です!」


 「そんなお店があるんですね!分かりました!」

 「飲み過ぎでお腹壊すのは止めて下さいねー」


 一瞬にしてテンションの差が逆転した私とリル。うっ、リルは私の事になるとオンオフが激しいね⋯⋯。 まあ、とはいえ。


 衛兵さんの"行ってらっしゃい!"の一言が合図で私とリルは国―癒しのブレスカントへ脚を踏み入れたのだった。



△▼△▼


 同時刻。 とある喫茶店の前にて。

 道行く人々に大きな声で明るく挨拶をしながらほうきで掃き掃除をしていた少女は、快晴の空を見上げると"うーっ!"と伸びをしながら、言った。


 「―何か良い事が起こりそうな予感ですっ!」




  

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