『旅の小話:とある喫茶店の話』
―朝、自室で目覚める時。 希望と幸福に満ち溢れた明るい陽射しがカーテンの隙間から漏れ出て、ベッドでお布団を被る私へ覚醒を促します。
「う、うーん……」
温かいお布団の中で
私のまつ毛が震えます。 早く起きろと諭されているようです。
「うーん……だからあ、あと5分くらい良いじゃないですかあ」
一体誰と会話しているのか。私は阿呆極まりない寝言を一人ごちます。うーん……眠いなあ⋯⋯
しかし、ここで、"しっかり者"の私が私を説得します。
『駄目ですよ私。お仕事の時間です。起きて下さい』
えー……? お仕事、ですか⋯⋯?そんなの、ベッドでお休みする以上に大事なんで⋯⋯ん?お仕事⋯⋯?
「―そうですっ、私は喫茶店員!」
覚醒完了。 自分では起きれないので、頭の中の私に起こして貰うという荒業(阿呆)を見事に遂行してみせた私はベッドの上で軽く伸びをすると、両の手で間近にあったカーテンを"しゃっ"と開きました。 私のお部屋全体に朝の眩くも清々しい陽射しが入ります。
鍵を外して窓を開けると、国のほんの一部の光景が見えてきます。 木造の住居が立ち並ぶ国の大通り。落ち着いたデザインの家々が左右に連なる石畳の上をお散歩やお仕事に向かう方々が往来していきます。 少し視線を上に向ければ電柱に止まる小鳥さん達が楽しそうに合唱を奏でていました。
「ふふっ、おはようございます」
私はそれが楽しい光景に思えて、小鳥さん達に微笑んで挨拶をしました。
そして、ベッドからゆっくりと降りてフローリングの床に足を付けた私はもう1度軽く伸びをしました。 それから洗面台で顔を洗い、鏡で自分の顔を見ました。15になりましたがそれでもまだあどけなさが残る私の顔がそこにはあります。
「うーん、まだ大人っぽさが全然無いですね」
年齢的には半成人は超えた頃。ですが、私というものはいつまで経っても顔が幼く、お客さんからも『子供っぽくて可愛いね』 等と言われる始末。(まだ子供ですけどね) 大人のかっこいい女性を目指しているのにざまあない私です。
「―」
とまあ、それは余談で。 私は鏡を見ながら何度か口を開けたり閉じたり、笑顔の練習を行います。 そして「よしっ!」と自分に気合を入れるとベッドへ戻り、寝る前枕元に置いた黒色のヘアゴムを手に取りました。
再び鏡の前に立つと腰辺りまで伸びているベージュ色の髪を私のトレードマークたるポニーテールに纏め上げます。
次にクローゼットへ向かうと、そこから制服を取り出しました。私用のブラウスとタイトスカートです。昨日洗濯したばかりのそれはとても良い匂いがしました。
私はそれに着替えると、ハンガーに掛かっていた"黄色いリボン"を頭の天辺に付けました。 それは私がまだ今より幼かった頃、お店のお手伝いを始めた時に貰った、大切なもの。 私がいつまでも元気で明るくいられるように そういった意味が込められているそうです。
「それじゃあ⋯⋯」
服装の準備が整った私はくるりと振り返りました。私の視線の先には白い壁―と観葉植物。鉢から伸びる緑の太い茎は大きな葉を纏い付かせ私と同じ程の背丈でした。 私の相棒―のような子です。お仕事で疲れた時は必ずと言って良い程この観葉植物さんとお話をして、(決して私は危ない人とかじゃないです)しっかりと今まで育ててきたのです。
「今日も行って来ますね!」
だから私はいつもやっている通り、お仕事前の一通りのルーティンを済ませ―、
「おっ、ティーリアちゃん おはよ!」
「はい!今日も宜しくお願いします!」
「ティーリアちゃん、今日も明るい接客お願いね!」
「お任せ下さい!今日も張り切りますよ!」
「今日も笑顔が素敵ね!ティーリアさん」
「えへへ!ありがとうございます!」
私は1階―お店へ降りて行き、従業員さん達と挨拶を交わしていきます。
そしてカウンターの方へ向かい、このお店の店長さん―私のお父さんへ声を掛けました。
「お父さん!おはようございます!」
「おはよう、ティーリア。―今日も頑張ろう」
「はいっ!来て下さるお客さんを笑顔に!」
だから私も笑顔でそう返しました。
お店の扉を開き、掛かっていたプレートを『閉店』から『開店』へと切り替えて私はお仕事の始まりを告げたのでした。
「喫茶フルーデイ―本日も開店ですっ!」
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