濃縮還元

不知ヶ浜蝶夜

インターネットで得た情報を鵜呑みにするのはやめましょう

 


 使い古された木のまな板で、キノコを切っている。

 市販されているしめじやエリンギ等と違い、初めて見るキノコは形も色も様々だ。近くの山で適当に採ってきたのだから当然である。

 切り終えたきのこはまな板の上に置いておいて、ホワイトソースの準備をする。

 スーパーで買ってきておいたホワイトソースの缶詰を開け、中身を皿の上に取り出す。賞味期限切れ間近で安売りしていた雑多な商品たちのコーナーから発掘したものだが、ほんの少し粘性に違和感を感じる程度で、賞味期限が十分にある新品のホワイトソースと目立った違いはないように思えた。

 ホワイトソースを掻き出したスプーンで、そのままピンク色のつぶつぶとした卵塊をホワイトソースに入れてよく混ぜる。色だけはまるで明太子ソースのようだ。

 そうしているうちに炊飯器から電子音がして、ご飯が炊き上がったことを知らせる。蓋を開けてみると、ツンと鼻にくる匂いがマスク越しからでも十分感じられたので、すぐに反射的に蓋を閉めてしまった。

 しかし、米がなくては始まらない。

 もう一度炊飯器の蓋を開け、なるべく鼻呼吸をしないようにしながら、ドリア皿に炊き上がったご飯を盛り付ける。

 ご飯は茶色い。頑張ればサフランライスに見えないこともないかもしれない。いや、小さな黒い粒があちこちに見えるので、いっそ雑穀米だと言い張った方がまだ説得力があるだろうか。


 ドリアの具材として、先ほど一口サイズに切ったキノコ類を乗せる。それから、さっき近くの田んぼの水路でピンク色の卵と一緒に採ってきたジャンボタニシの中身を乗せる。竹串で軽くほじくれば、案外あっさり取ることができた。

 後は、この冷蔵庫下に仕掛けておいたゴキブリホイホイの中身をどうするか。

 何せ本当に食べたことがない。食べようと思ったことすらない。

 悩んだ末、素揚げしてからジップロックに入れて、上から棍棒で砕いてみることにした。ジップロックの内側にくっ付いてしまった内臓らしき部分は無視することにして、上下逆さまにしてサラサラと出てきた黒い外殻……羽根らしき部分を、ふりかけのようにドリア皿のご飯の上に落とす。

 ついでに戸棚の奥に残されていたミックスナッツも多少混ぜて振りかけた。食感のアクセントになることを祈る。


 後は先ほどのホワイトソースをご飯の上に敷くようにたっぷりと乗せ、上からピザ用チーズをパラパラと振りかける。香ばしさを出すために、冷蔵庫と壁の細い隙間からピンセットで採取した埃をパラパラと乗せる。

 後はオーブンに入れて加熱するだけだ。

 ピザ用チーズが溶けてきつね色になるのを、オーブンの前でじっと見つめていた。


 焼き上がったできたてのドリアをトレイに乗せ、強盗犯の男を監禁している部屋へ運ぶ。


 畳がすべて剥がされた部屋の中央で、男は死んだように横になっていた。部屋の隅には空になったペットボトル等が散乱している。

 この男を監禁してから三日間、OS-1しか与えていないので、水分で騙し騙し凌いでいた空腹もさすがに限界なのかもしれない。

 男は扉が開いた音でビクリと体を動かして、気怠げに首を動かしてこちらを見る。私が床に置いたトレイの上に乗ったドリアを見て、それからまた私の顔を見た。私はトレイを置くとさっさと部屋を出て、また南京錠を施錠する。

「食事の時間ですよ」

 男はドリアを凝視したまま手を付けようとしないので、仕方なく私は声をかける。

 この部屋のドアは、このためだけに覗き穴を付けたのだ。素人のDIYなので、覗き穴と呼べるような慎ましい大きさではなくなってしまったが。

「……テメェ、クソアマ! 何が目的だ!」

 それでも男は覗き穴からこちらを睨んでばかりなので、私は男から姿が見えない位置に引っ込んだ。

「だから、食事です。食べないなら没収しましょうか? 次に食事を作るのはいつになるか分かりませんけど」

 そう煽ってやると、男は慌てたようにトレイを自分の元へ引き寄せたようだった。

 湯気の出ているドリアを凝視して耐えきれなくなったのだろう、一口目は恐る恐るといった風に少しだけ口の中に入れたが、二口目からはガツガツと食べ始めた。

 味付けは塩コショウなので大丈夫だろう。賞味期限切れで放置されていたものをそのまま使ったので、味見は一切していないが。


 私が監禁しているこの男は、五年前にこの家で二人暮らしの夫婦を殺して金品を奪った強盗殺人犯である。

 殺された夫婦の一人娘だった私は――この家を相続することになったが、上京して親元から離れて暮らしていたこともあり、実家には戻らなかった。

 そう、相続はしたが、あえてそのまま五年間放っておいた。掃除のひとつすらせずに、である。


 すべての準備を整えた私は一週間前に実家に戻り、監禁部屋と自分が寝泊まりする部屋だけ整えた。カーテンだけは全て新しく付け替えた。外から見えないようにするためでもあり、新生活感を出すためでもある。

 そしてこの家の周囲に、『家を相続した娘が大金を持って実家に帰ってくる』という噂を流した。

 一度強盗に入って逃げ果せた家に、娘一人が大金を持って帰ってくる――強盗犯はさぞかし、新しいカモだと思っただろう。

 その結果がこれだ。強盗犯は私が用意していたスタンガンであっさりと捕まって、監禁部屋に収容されてしまった。


 ところで、『生物濃縮』という言葉をご存知だろうか。

 一般家庭によく出るクロゴキブリあるいはチャバネゴキブリは、有害物質を溜め込んで毒を蓄積している危険性がある。生物濃縮で汚染が進んだゴキブリなんて、見るのも不快だし、触るのも嫌だ。動画やSNSなどのインターネットではよく共有されている知識ではないだろうか。

 外来種であるジャンボタニシは、稲を食い荒らす厄介な巻貝である。毒々しいピンク色の卵塊には神経毒が含まれているため、ほとんどの生物は食べない。

 更に本体には広東住血線虫という寄生虫が寄生している場合もあるので、素手で触ってはいけない。これもインターネットでは有名な話だ。

 素人が採取したキノコを食べてはいけないのも、インターネットでは当たり前。ちなみに私は、スマホを片手に死亡例も出ているキノコの画像となるべく似たものを探した。途中から面倒になって片っ端から生えていたキノコと、たぶんキノコっぽい菌類を適当に採取したが。

 炊いた米は、五年間もの間米びつで放置されていた白米だ。市販の防虫剤はとっくに期限切れで、黒い粒のような小さい虫が湧いていたがそのまま炊いた。米の食中毒で有名なセレウス菌は、芽胞ができてしまうと百度の温度で三十分加熱しても死なないらしい。これもインターネットで知った話だ。

 最後に乗せた埃はオマケのようなものだが、これはインターネットに頼らずとも汚いのは見て分かる通りだろう。採取した冷蔵庫と壁の隙間は、ゴキブリたちも通っていた道だろうし。

 以上が、今回作ったドリアの中身である。

 ――さて、この男は何が原因で死ぬだろう?


 ドリアはオーブンで十分に加熱しているので、ほとんどの毒性は消えてしまったかもしれないが、それでも残っている毒素はあるはずだ。

 このドリアを与えた後は、また数日間OS-1だけ与える生活に戻す。死ななくても酷い下痢と嘔吐くらいは出るだろうから、監禁部屋には最初からいくつか災害時用の簡易トイレを入れているが、これ以上の補充はしないつもりだ。それもいつまで持つだろう。監禁部屋と私が寝泊まりする部屋は十分離しているが、あまりに汚臭がしてくるようならファブリーズの中身でも覗き穴からぶちまけてみようか。


 絶対に、餓死なんてつまらない死に方だけはさせない。もっと残酷に、ジワジワと、ありとあらゆる汚染物質で少しずつ命を削ってやる。

 この男が弱りきったあたりで、あえて解放して病院に駆け込ませたいと思う。しかしその頃にはあらゆる汚染物質に体を蝕まれ、医師に手遅れと告げられればいい。それが理想形だ。


 元はと言えば――この男が強盗して両親を殺さなければ、この家は五年間も放置されることもなく、この家のゴキブリの毒素で死ぬこともなかっただろうに。

 だからこれは還元なのだ。この男が最初にもたらした因果という毒性を、この男に還元しているだけ。

 何も知らずに汚染物質だらけのドリアを汚らしくガツガツと頬張る男を眺めながら、次は中が生焼けの鶏唐揚げでも作ろうかな、と新しいメニューを考え始めていた。





〈了〉

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濃縮還元 不知ヶ浜蝶夜 @chiyo_yo

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