第4話



「――陸遜りくそん?」



 びく、と陸遜は肩を震わせて顔を上げた。

 甘寧かんねいが覗き込んでいる。

 淩統りょうとうも甘寧の肩越しに心配そうに陸遜を見下ろしていた。

「あ……」

 陸遜がきょろきょろと辺りを見回す。

「お前今一瞬寝落ちしなかったか?」

「ね、寝てませんよ……」

 慌てて陸遜が立ち上がった。

 一瞬間を置き、甘寧が盛大に吹き出した。


「お前、段々と大物になって来たな~~。俺も戦場で寝たことは無いぜ」


「ね、ねてません!」


 陸遜が赤面し慌てて首を振る。


「大丈夫ですか? 陸遜様……」


 陸遜が戦場で気など抜かない性格だと知っている淩統は心配顔だ。

「はい。まだ大丈夫です」

 陸遜は笑みを浮かべてみせた。

「こいつが休めるくらいならまだまだからす野郎も全然陸遜の相手になんねえな」

 甘寧が立ち上がる。


「おーし! 行くぞォ! 

 思いの外サクサク進んでるから山頂は近い! 

 上手く行けば明け方には決着がつくかもしんねぇぜ!」


 オオッ!


 兵達が声を返し、立ち上がる。

「油断するな! 山頂付近で一度体勢を整える!」

 淩統の声が響き、遠ざかっていく。

 陸遜は歩き出した一団の側で空を見上げた。

 風に揺れた葉の影から遠く、月が見える。



『お迎えしよう』



「……伏龍ふくりゅうの城……」



 一瞬の白昼夢のようだった。

 一体何だったのだろう。


 虞翻ぐほんが側に立った。

「大丈夫です。虞翻殿も平気ですか」

「はい。ご心配なく」

「行きましょう!」


 陸遜は歩き出す。



◇   ◇   ◇


 篝火が揺れる。


 山頂は寝静まったように静かな空気に包まれている。




 龐統ほうとうは一人そこに立って、目を閉じていた。

 切り崩した山頂は拓けて、月の光を真上から感じる。


 天には満天の星……。


 だが龐統はもう空は見上げなかった。

 閉じた瞼の裏にぽつぽつと光が浮かび上がる。

 琥珀の星が燦然と輝く。


 心を定めれば、己の内側からその光は湧き上がってくる。



(いついかなる時でも、私が呼び覚ませば)








【お迎えしよう 未知なる可能性を駆る【異能の星】よ。

 これは『伏龍ふくりゅうの城』。

 いずれ招かれるべき魂に 行く道をお教えしよう】








【あなたは私に 人の世の信じたるを教えた】

【さすれば私は 人の世の恩義をお返ししよう】




天轍てんてつに棄てられた星が 行く道をお教えしよう】

【いずれ凶兆の赤い輝きに飲まれる運命の貴方に その躱し方を】





【天の轍に願って来た私が初めて人の運命に祈る】


【あなたに返すこと】


【貴方がわたしに与えたものを あなたに返そう】




【これは私が たった一つ出来ること】



【あなたに対する敬意の証】



【たったひとつ】






【終】 

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花天月地【第8話 ひとつ星】 七海ポルカ @reeeeeen13

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