ただいま到着した電車は、、、

吉田朝美

第1話 再会

いちゃつくカップル、ギャル、酔っ払い。

最終電車がもうあと数分で到着しようかとしている都会の駅のホームは、週末でもないのに立っているだけでめまいがするほど人であふれている。


せっかく仕事が定時で終わったのに、部長が飲みに行くぞって張り切って結局こんな時間になってしまった。仕事が一段落したところだったから息抜きでもしたかったのだろう。部長も会社のみんなも嫌いじゃないけど、やっぱりなんだか手放しで楽しかったとは言えない。


帰ったらまずメイク落としてお風呂に入って、明日の準備をして早く寝ないと。

遅くまで飲んでいようと何をしていようと明日は朝から仕事に行かなきゃいけない。社会人って本当にしんどい。有給でも使ってやろうかしら。


地元を遠く離れて都会で就職した私は、味気ない毎日をただ繰り返していた。

最初は慣れなかった営業の仕事も、今では後輩の教育をするようにまでなった。毎日スーツはちょっとしんどいけど。


さすがに二日酔いで休んだらだめだろうなあ。

でもただでさえ日々の労働の疲れもたまっているというのに、アルコールが指先の血管一本一本にまでいきわたって、全身が心臓になっているように脈打っている。

今からでも改札を逆戻りして、ビジネスホテルとかは…高いな。

もうカラオケとかネカフェとかでもいいや。


テテテテン

「まもなく二番線に電車がまいります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください。」


だらだらと頭の中で思考を巡らせているとアナウンスが流れて、最終電車がホームに滑り込んできた。その突風で隣のギャルのスカートがめくりあがる。


視線を前に戻すと自分の姿が電車の窓に薄く反射していて、次にドアの向こうの乗客とがっつり目が合ってしまい、気まずさに目線を横にずらす。

まだ人目を気にせずいちゃいちゃしているカップルを横目に、人前でよくやるよというイライラとちょっとだけうらやましいという感情に支配される。


扉が開いた瞬間我先にと乗車していた人たちが溢れ出してくる。降りる数秒の時間すら惜しい人ばかりのようだ。

乗り込む側も我先にと電車に飛び込もうとするから、みんな何かに追われているように見える。電車は逃げないのに。


それを見るといつも、なんだか自分より余裕のない人たちがいてよかったなあ、と思える。私もくだらないことばっかり考えていないであきらめて早く家に帰って明日の準備しようっと。


人が降りきってから乗り込もうと一歩踏み出した時、後ろがなんだかすごく気になった。振り返らなければいけない。何となくそんな気持ちがした。


振り返ってみると、流れる人に逆らうようにこっちを向いて私を見つめる男がいた。


私の後ろに並んでいたサラリーマンが進まない私にしびれを切らして抜かしていっても、さっきまでホームの端っこで酔っぱらって眠っていたおじさんが勢いよく走ってきて肩にぶつかられても、少しもその男から目が離せなくなった。

男もじっと、確実に私を見つめている。


「まもなく最終電車が発車いたします。お乗り遅れのないようご注意ください」


早く乗らなきゃいけないのに。

見なくてもわかる、きっと私の後ろで車掌さんが乗るのか乗らないのかどっちなんだという顔で私を見ている。


「お前、夏菜…だよな」


テテテテン


「最終電車、最終電車、発車いたします」


とうとう私は体が固まったまま電車に乗れなかった。

間違いない、あの男は…





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ただいま到着した電車は、、、 吉田朝美 @assami_yoshida

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