第2通:氷封のラストメッセージ_遺跡で生まれた少女

 ルミナス・ステップと同じように山頂付近につくられた、水道付きタンク職人の町として有名なレガシア・タウン。ルミナス・ステップの規模には届かないが、職人と行商が行き来する活発な町だった。その地下には住民ぐるみで秘密にされた、旧世界の遺跡が存在する。


 その遺跡は、表向きにはただの廃墟のように見えるが、実はルーリーたちが探している日本人の男性のみが眠るコールドスリープ施設だった。住民たちはその存在を固く秘密にし、外部に知られないよう守り続けているのだ。


 コールドスリープ施設の仮眠室は、もともと研究者たちの休憩用に作られた簡素な空間だった。しかし、少女はその一角を強引に改装し、段ボールや古い机をかき集めて自分だけの小さな部屋を作り上げていた。ベッド代わりの段ボールの上に薄い毛布が敷かれているだけで、年頃の少女の部屋とは到底言えない質素さだ。


 その中で眠るオウカは、17歳にしては小柄な体格をしている。彼女はレガシーハーフという、旧人類の遺伝子を部分的に受け継ぐ半人工的な存在であり、その種族特有の小さな体は新世界での過酷な環境に適応した結果だった。


「おっはー! オウカちゃん、起きる時間だぜ! (・ω・)ノ」


 スマホの画面に表示されたアスキーアートの顔が、にぎやかに話しかけてくる。トウシロウ、通称「スマホおやじ」は旧世界の高度な技術で作られたスマホ型AIであり、オウカにとってはまるで携帯型のお父さんのような存在だ。


 オウカは目をこすりながらも、トウシロウの明るい声に少しだけ笑みを浮かべた。


「うん、わかったよお父さん。今日も一日、頑張らなきゃね」


 まだ眠気の残る静かな闇の中、時間の感覚も曖昧なまま、2人の小さな部屋には穏やかな空気が漂っていた。


 大きくゆったりとした白いTシャツだけを身にまとい、オウカはゆっくりと起き上がった。彼女の細く華奢な体が、Tシャツの裾からちらりと覗く。脱ぎ捨てたそのTシャツは、丁寧に壁のハンガーへと掛けられた。


 衣装ケース代わりの段ボールから、いつものセーラー服を取り出す。正式な学生服とは似ても似つかぬ、コスプレ用に大胆に魔改造された一着だ。上半身のトップスは胸の下あたりで切り詰められ、へそがちらりと見えるほど短い丈。スカートは足の付け根をかろうじて隠すだけのミニマムな長さで、薄手の生地が彼女の小柄な体にぴったりと寄り添う。


 着替えのためにTシャツを脱ぎ捨てた瞬間、オウカの肌は一瞬、何も遮るものなく冷たい空気に触れた。言葉にはしないが、その一瞬の無防備さが、彼女が何も身にまとっていないことを静かに告げている。だが、彼女はすぐに魔改造セーラー服の薄く繊細な生地に包まれ、いつもの自分に戻った。


「エリスさんのお店、空いてるかな?」


 ショルダーストラップにつけたスマホを見ると、トウシロウのアスキーアートから、この世界に対応した時間表示に切り替わる。


 この世界の時間は、旧世界のような午前・午後の区別はなく、星の動きや月の周期を基にした「奇数廻」「偶数廻」という12時間区切りの独自の単位で計測されている。さらに、人々はそれぞれ異なる「活動サイクル」を持ち、同じ時間帯でも起きている者と眠っている者が混在しているため、時間の感覚は非常に柔軟で曖昧だ。こうした時間の概念は、生活リズムや社会の営みに大きな影響を与えている。


「ん……たぶん、もう起きて準備しているサイクルかな?」


 ランドセルの機能美を活かしつつ、革製で薄く仕立てられた、若々しくも落ち着いた印象のアイテム鞄を背負い、部屋を出ると向かったのは、同じフロアにある別の部屋だった。


 オウカは静かな部屋の扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。壁一面に刻まれた名前たちが、まるで彼女を見守るかのように並んでいる。


 その部屋の一角には、まるで巨大なガシャポンのカプセルを大きくしたような装置が置かれていた。複雑に絡み合う配線が無数に伸びている。これは人工子宮の装置であり、レガシーハーフたちの命を繋ぐために作られた、かつての技術の結晶だった。


「お姉ちゃんたち、行ってきます」


 小さな声でそう呟きながら、オウカは指先で一つ一つの名前をなぞった。ここに刻まれたのは、もう増えることのないレガシーハーフたちの歴史。彼女たちは自然には子孫を残せず、寿命もわずか50年ほどと短い。


「私たちは、もう創れない。でも、最後の1人として……誇りをもって生きるよ」


 そう呟くと、オウカはゆっくりと部屋の扉を開けた。視線の先には、フロアの中心に広がる大きな吹き抜けがあった。


 施設の天井を見上げる彼女の表情はどこか凛としていて、悲しみを振り切ろうとする強さが感じられた。



***



 朝の空気はまだひんやりとしている。レガシア・タウンの外れ、小さな工場の前に立つ木製の引き戸は、すでに大きく開け放たれていた。引き戸の表面には長年の風雨でできた細かな傷や、手の触れる部分だけが艶やかに磨かれている。


 中からは、金属同士がぶつかる乾いた音や、工具を扱う低い唸りが漏れてくる。工場の内装は、古びていて所々に継ぎはぎの修繕跡が目立つ。壁には錬金術で生産された、鈍い銀色の金属――現代でいうステンレスに似た、錆びにくい素材の板やパイプ、工具が無造作に立てかけられている。床には木屑や金属片が散らばり、作業台の上には水道付きタンクの部品が雑然と並んでいた。


 バリーは、油染みのついた作業着にタオルを肩から下げ、無骨な手で金属のパーツを組み立てている。彼の動きは力強く、しかしどこか丁寧さも感じさせた。


 無骨で少し野性的な顔立ちをしており、やや無精ひげが生え、鋭い目つきの奥にどこか温かみが感じられた。短く乱れた髪と、長年の過酷な環境に鍛えられた肌の質感が、昔ながらの職人の気骨を漂わせていた。


 そのとき、外を通りかかったオウカが、工場の中から響く音に足を止めた。小柄な体を引き戸の影からそっと覗かせる。


「おはよう、バリーさん」


 バリーは手を止め、顔を上げる。鋭い目つきの奥に、どこか優しさがにじむ。


「おう、オウカ。このサイクルの時間だと、配達か?」


「うん。今日の分の配達だね」


 背中のアイテム鞄を背負いなおすと、オウカは工場の壁の向こう側を指さした。壁の向こうからは、誰かが準備を進める静かな気配と、淡い魔力の灯りが漏れている。


「エリスさんのお店、空いてる?」


「ああ、ちょっと前に睡眠のサイクルから起きたとこだ。もう店の準備してたぞ」


 肩のタオルで額の汗を拭い、バリーは少しだけ目を細めて微笑んだ。


「エリスも待ってるだろうよ。行ってやりな」



***



 レガシア・タウンの小さなカフェ「エリス」の正面入口へと向かった。入口の木製の扉は、長年の風雨にさらされて味わい深い色合いを帯びている。扉の上には手作り感あふれる看板が掲げられ、そこには「エリスのカフェ」と優しい筆致で書かれていた。扉の横には小さな花壇があり、季節の花が色鮮やかに咲き誇っている。朝の柔らかな光が店先を照らし、静かな町の一角に温かみを添えていた。


 オウカは元気よく扉を開けながら、明るい声で挨拶した。


「エリスさん、氷もってきたよ!」


 背中のアイテム鞄からトートバッグを取り出し、中の氷を見せる。この氷は魔力の帯びる熱の影響を受けない特別な部屋で作られた完全な氷だ。


 カウンターの向こう側に立つワンショルダートップス姿の女性はエリス。左肩から胸元にかけて大胆に露出したその服装は、アニマである証の識別コードが刻まれた左胸の肌をさりげなく見せている。


 アニマ特有の低めの身長でありながらも、豊かな曲線が彼女の強気な態度にどこか柔らかな印象を添えていた。


 オウカが差し出した氷を受け取りながら、口元にわずかに笑みを浮かべた。


「今日の分、待ってたっす」


 エリスは氷を丁寧に断熱容器に入れ終えると、少し目を輝かせて言った。この錬金術性の断熱容器は膝くらいまでのミニドラム缶のような見た目だが、一晩くらいでは溶けないくらい高性能だ。


「配達終わったら広場いってみるといいッすよ? 今日は露天商が集まる日っすから」


 オウカはその言葉に興味を引かれ、軽く頷いた。


 「うん、そうだった。楽しみだね!」


 こうして、オウカはエリスのカフェの温かな雰囲気の中で、今日の配達を終えた後の広場の賑わいを思い描きながら、残りの配達へ向かった。

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バニーウォーカー_不老不死の郵便配達員 〜永遠の夜の伝言者〜 @K_Tairou

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